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エクヴァムイジャブル

「おかしなこと言わないでください。酔ってなんかいません。昨日の晩に少し飲んだだけです」


 酔っ払い扱いして自分の悪企みを誤魔化そうするなんて。腹が立ってサリウスさんを睨みつけた。


「酒ではない。どこかで青い果実を口にしなかったか?」


 そんなの食べてない、と言おうとしてニッキに青い色をした飴を貰ったことを思い出した。


「……青い飴玉なら食べました。友達がくれたんです」


「エクヴァムイジャブルの実から作ったものだな。深い森に生える珍しい植物なのだが、その汁には、何というか、色々と増幅してしまう作用がある」


「増幅……ですか?」


「分かりやすく言えば、喜びや悲しみなどの感情が大袈裟に感じられるようになるのだ。感覚も鋭敏になるというからな。私に触れられてショックを感じたのもそのせいだろう」


 彼はそこで言葉を切り、探るように私を見つめた。


「……なんのことやらわからぬが、君は妄想に駆られているようだな」


 妄想?


「私が君にエレスメイアの不利益になることをさせようとしている。そう思っているのだろう?」


「え、あ、あの……だって、クーデターに私が必要なんでしょ?」


「クーデターだと?」


「違うんですか?」


「それはすべて君の思い込みだ。エクヴァムイジャブルにはそういう作用がある。不安や猜疑心を増幅してしまうのだな」


「でも……」


「今の状態では話をしても埒が明かぬだろう。効果はそう長くはないと聞いている。私は外に出ているから酔いを醒ますとよい」


 彼は厳しい表情で私から顔を背けると、ドアを開けて出て行った。 


 すべてが私の妄想? 違う。彼は油断させようと思って出て行っただけだ。信頼を取り戻したところで意識を失わせて連れ去るつもりなんだ。


 それならどうしてこの部屋に入ってすぐに実行しなかったの? 今さら油断させてなんの意味があるの?


 頭の中で二つの声がせめぎ合う。落ち着け、落ち着いて考えるんだ。肺の奥まで深く息を吸いこんで、心の中で十まで数える。サリウスさんがこの場にいないせいか、驚くほど簡単に気を静めることができた。


 冷静になって考えてみれば、おかしなことだらけじゃないか。本気で誘拐したければ人目のある公園で攻撃したりしないだろう。第一、最初に図書館に会いに行ったのは私の方だ。彼が私を狙って近づいて来たわけじゃない。


 家を出る時に青い飴を食べたことだって、彼が知っていたはずがない。私は本当にエクヴァ……なんとかで酔っぱらってるんだ。何もかもが私の妄想だったんだ。


 サリウスさんには酷い事を言ってしまった。怒らせちゃったよね。酔っぱらってデートに来る女なんて誰だって願い下げだ。きっと誘ったことを後悔してるはずだ。


 もう家に帰ろう。楽しみにしてたのに、なんでこんなことになっちゃったんだろう。ニッキの馬鹿。なんてもの食べさせるのよ。恥ずかしくて消えてしまいたい。


 エクヴァのせいで悲しい気持ちも増幅されたらしく、涙が溢れて来た。抑えようとしても止まらないどころか、嗚咽が込み上げてくる。


 ドアが開いて、サリウスさんが入ってきた。


「どうした? 苦しいのか?」


「すみません。もう帰ります」


「だが、気分が悪いのだろう?」


「いえ、平気です」


 私は寝台に手をついて上体を起こした。


「途中で倒れたらどうするのだ」


「倒れません」


 また涙が溢れて来て、手の甲で顔をぬぐった。


「ハルカ、意地を張らずにもうしばらく寝ておれ。そんな状態で外に出ては危険だ」


「私の事は気にしないでサリウスさんも帰ってください」


「なぜそんなことを言う? 無理に決まっておろう」


「だって、気を悪くしたんでしょ? あんな失礼な事を言われたら、誰だって怒りますよね」


「君のせいではない。気を悪くしてなどおらぬ」


「でも、怒って出て行ったように見えましたよ」


「そ、それはだな……」


 なぜか急に顔を赤らめ、彼は言い淀んだ。


「……その方が君がゆっくり休めると思ったのだ。私の事は気にせずともよい。酔いが醒めるまで横になっておれ」


「本当に怒ってないんですか?」


「ああ、本当だ」


 よかった。ほっとしたらまた涙が出て来た。


「ハルカ、もう泣くな」


 彼がかがみこんで私の顔を覗き込む。また心臓が締め付けられて、私は胸に手をやった。


「どうした?」


「わかりません。でも、サリウスさんの顔を見ると苦しくなるんです」


「それほどまでに私の顔は酷いのだろうか?」


「いえ、そんなことないです。でも見るたびに動悸が激しくなっちゃって……。これもエクヴァのせいなんですか?」


「ふむ、どういうことであろうな?」


 彼が再び顔を近づけたので、また身体が熱くなってきた。顔が火照って心臓が暴走を始める。……だめだ、深呼吸、深呼吸しないと。大きく息を吸い込むとようやく心臓が落ち着きを取り戻した。


 近づいただけで心臓がバクバクしちゃうなんて、どういうことなんだろう? こんなのレイデンに恋したとき以来なんだけどな。


 ……あれ?


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