『魔法世界』とエレスメイア
19世紀までは世界のあちこちで確認されていた『異世界』への『門』が、第一次世界大戦中にすべて閉じられてしまったことは歴史の授業で習った通りだ。
公式の記録には残ってはいないが、複数の国がエレスメイア及び周辺国に同盟を打診したことが原因ではないかと考えられている。激化する戦況に恐れをなしたのか、それとも単にあきれ果てたのか、開戦一年半後にエレスメイア王国への『門』は姿を消した。
それに続くように世界の他の地域の『門』も次々と閉じられ、『異世界』との接点は完全に失われたと信じられていた。今から二十年前に再びエルスメイアへ繋がる『門』が出現するまでは。
エレスメイア王国が存在するこの世界は、昔から世界中でありとあらゆる名前で知られてきた。異界、常世、フェアリーランド、ヨツンヘイム、桃源郷……挙げればキリがない。私たちの世界のいわゆる並行世界だというのが通説だが、科学的に証明された訳ではない。
二十世紀に入ってからは研究者たちは『other world』つまりは『異世界』と呼ぶようになったが、どちらの世界からもお互いが『異世界』になるわけで、よく混乱の元になった。
『異世界』と私たちの世界の最も大きな違いは『魔素』が存在するという事だ。そこで『魔法世界』という名称が公式に採用された。ひねりも何もないどこかのテーマパークみたいな呼び方だが、これなら誤解を招く心配はない。
『魔法世界』なんて声に出すのは照れくさいのか、ほとんどの人は単に『エレスメイア』と呼ぶ。エレスメイア王国は『魔法世界』のほんの一部分でしかないが、『壁』に阻まれて他の地域には行けない以上、『エレスメイア』が異世界の代名詞として使われても特に問題はない。
ここエレスメイアでは私たちの世界は単に『外』だとか『外側』と呼ばれている。「ああ、『外』じゃどんな物を食べてるんだい?」みたいな感じで使われる。そのため『ICCEE』の職員は、連絡時には『外界』という言葉を使うように指導されている。いつの間にかこれが外部にも広まって、自分たちの世界を『外界』と呼ぶのが流行してしまった。
『魔法世界』が並行世界上の地球だと考えられている理由の一つが、お互いの地形の類似点が非常に多いことだ。
現在のエレスメイアの国土は位置的には『外界』のドイツ南西部とフランス南東部にあたるのだが、いくつかの河川や湖の位置がずれていることを除いてはほぼ同じと言ってもよい。『壁』ができる以前は南側に大きな山岳地帯があったといい、それはアルプス山脈の位置と一致する。
ただ、『黒い森』のエレスメイア側には鬱蒼とした森はなく、そこここに林が点在する緩やかな丘が続いているだけだ。