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サリウスさん

「サリウスだ。私に用があるというのは君か?」


 イケメンは私が『辞書登録』した名前を名乗った。


「はい、ハルカといいます」


「ほう、外界人か」


 柔らかく波打った茶色い髪が首の後ろで束ねられている。服は地味な色合いだが仕立てがよく、細かい刺繍が入っていた。この人、どう見ても貴族なんだけど。こんな人が図書館でボランティア?


「ほんとにサリウスさんですか?」


 海外では留学生を狙う輩が図書館を出会いの場として利用することが多かったので、私はもう一度確認した。


「なぜ疑う? ああ、私のようなものが来るとは思っていなかったのだな」


「まあ、そういうことです」


「見ての通り、貴族の息子が暇を持て余しているだけだ。このような場所で女性を漁る趣味はない。君は何を知りたいのかな?」


「知りたいことは色々あるんです」


 私は英語で書かれた歴史の本を取り出した。


「これには『門』が閉じられる前までの歴史について書かれているんですが、抜けてることも多いんです。『壁』が出現してからの歴史も知りたいんですし」


「外界の本か。ずいぶんと簡単な装丁なのだな」


「ペーパーバックっていうんですよ」


「ふむ、持ち運びにはよさそうだ」


 エルスメイアの本は美しく装丁されたものばかりだ。遠い昔、ドイツから印刷機が入ってきて、装丁技術も輸入された。それ以降、たいした進歩もなく同じ技術が使われている。ただし魔法を応用するので量産が効き、本は貴重品ではなくなっている。


 紙がまた素晴らしい。ほとんどの紙はメルベリ村近辺で栽培されているバサの茎を原料としているのだけど、手触りがよくて生き物に触れているような気分になる。日光に当たると紙が艶を取り戻すというから、本当に生きているのかもしれない。


 サリウスさんは私を図書館の一角に案内し、分厚い本を棚から引き抜いた。


「エレスメイアの歴史は長い。概要が知りたければこの本を薦める。さらに詳しく知りたければ、そこのシリーズがよいな。最近の事なら十二巻以降から読めばよいだろう」


「ええと、私、エレスメイア語が読めないんです」


「そうか、君は外界人であったな」


「ケロが読んでくれるんですけど、すぐに飽きてしまうので」


「確かにその猫には荷が重いだろう」


 彼が笑ったので、ケロが不満げにシャーと音をたてた。


「ならば、私が講義をして差し上げようか?」


「はい。お願いできますか?」


 私はサリウスさんと向かい合って静かな窓際の席に着き、机の上に広げられた図版を眺めながらエレスメイアの成り立ちについての話を聞いた。彼は本棚から抜き取った本を手元に広げはしたものの、たまに視線を落とすだけ。内容をすべてそらんじているかのように、淀みなく語って聞かせてくれた。


 図版の上に置かれた彼の右手には大きな銀の指輪が鈍い光を放っている。ヤギか馬のような生き物の頭が浮き彫りにされているが、古い物らしくすり減っていてよくわからない。この大きさならかなりの魔力にも耐えられそうだ。貴族と言うからにはすごい魔法を使うんだろうな。


 彼の話はわかりやすい上に面白く、いつまでも聞いていられそうな気がした。エルビィも言っていたように、エレスメイアの初期の記録はどこまでが伝説なのか判断するのが難しい。歴史の授業というよりは、誰かの書いた物語を聞いているようだった。


 彼は私が理解しているのか確認するように、時折ちらりとこちらを見た。彼の瞳は深い緑色。レイデンの翡翠のような瞳によく似ている。


「……今のところは分かりにくかったかな?」


 私の視線に彼が尋ねた。


「いえ、続けてください」


 何かにつけてレイデンの事を考えてしまう自分が嫌になる。私は彼の深く柔らかな声に意識を集中させた。 



「またお願いできますか?」


 講義が終わるとすぐに私は頼んだ。


「ああ、もちろんだ。来週の水曜日でもよいだろうか?」


「はい。あの、何かお礼をしたいのですが……」


「いや、気など遣わなくてもよい。これは私の趣味なのでな、君が生徒になってくれると私もとても嬉しいのだよ」


 彼は本当に嬉しそうに見えた。そういうことなら遠慮なく教えてもらおう。


「ありがとうございました。では、また来週」


 私は彼にお礼を言って、図書館を後にした。



        *****************************************



「また会うんだ」


 帰りの馬車の中、ケロが責めるように言った。


「まだまだ聞きたいことがあるからね」


「僕はあいつは嫌いだよ。馬鹿にしやがってさ」


「だってケロはすぐに疲れたって言うじゃない」


「そうだけどさあ。ハルカはあいつが気に入ったの?」


「すごくわかりやすかったからね」


「でもハルカのタイプだろう?」


「ああ、そういう意味か。ううん、それはないよ」


 確かに格好いいとは思ったし、失恋直後でなければ惹かれていたかもしれない。でも今はもう二度と誰も好きにはなれない気がしていた。レイデンに穿たれた心の穴は簡単に塞がるものじゃない。



        *****************************************



「ハルカ、図書館の人、気に入ったみたいだよ」


 事務所に戻ると、ケロがレイデンにいさかか誤解を招きそうな報告をした。


「それはよかったです。若い方なのにずいぶんと博識でしょう?」


「ねえ、あの人、いい人?」


 あんな身分の高そうなイケメンがボランティアしてるなんてやっぱり胡散臭い。レイデンの『ミョニルンの目』で彼がどう見えたのかが気になった。


「物凄いイケメンでしたよ。モジョリさんほどではありませんが」


 陽気な仕出し屋のモジョリさんは、未だに彼のイケメン最高峰に君臨している。


 彼にイケメンに見えたってことは、内面もいい人なんだ。でもイケメンだと思ってる男性を憚ることなく私に紹介したと思うと胸が痛む。本当にただの友達に成り下がってしまったのだと再確認させられて、その日もまた落ち込んだ。


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