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出国

 翌日の朝、生徒さんたちは大きな荷物を持って村の広場に集合した。ホストファミリーや村人の顔も見える。毎週のようにこの広場に集まってツアーに出かけたものだけど、今回待ち受けているのは『門』へと向う片道の旅だ。


 『門』の近辺には許可のあるものしか立ち入れないので、ファミリーや友達とは広場でお別れしてもらう。


 ゼッダが涙目のシホちゃんを抱きしめている。戻って来るとわかっていても別れは辛い。


「シホ、言いにくい事なんだが……」


 彼が本当に言いにくそうにもじもじしたので、シホちゃんが不安に顔を曇らせた。


「……俺は犬じゃなくて狼なんだ」


「え?」


「ま、まあ、どうでもいい事なんだが、誤解は今のうちに解いておいたほうがいいかと思ってな」


「ごめんなさい」


「気にするな。シホが犬だと思いたければ犬でも全然かまわない」


 赤くなって謝るシホちゃんを、再びゼッダが抱き寄せた。


「待ってるぞ」


「うん、すぐに戻ってくるからね」


 生徒さん達もそれぞれの相手に別れを告げて、馬車に乗り込んだ。いつもは陽気なジャンマーも今日は黙ったまま走り出した。沈んだ顔をしている彼らを外界へと連れ帰るのは気分のいいものではないのだろう。


「もう二度とここには来れないんだね」


 小さくなっていくメルベリ村を振り返ってシスカがぽつりと言った。それからはみんな『門』に着くまで無口だった。出国時にも入国審査を受けた小屋で荷物の検査を受けなくてはならない。荷物が増えた分、入国の時よりも時間がかかるので、生徒さんは小屋の外に出て待った。


「なあ、同窓会はいつにする?」


 ダニエルが口を開いた。


「一回目はオーストラリアに来いよ。俺んち、広いから全員泊れるぜ」


 自国に戻ってしまえば、それぞれの日常が待っている。全員が予定を合わせて集まるのは難しいのも誰もが知っていた。それでもみんな少しは気分が明るくなったようだ。


「帰ったら僕たちは『魔法使い』なんですよ」


 エドウィンがわざとはしゃいだ声を出す。


「魔法は使えないけどね」


 記念に作った杖を持ち上げてシスカも笑う。動画サイトの魔法使いアイドルと同じ杖が欲しいとあれほど言っていたのに、結局は全く違うデザインを選んだのだそうだ。


「 俺、『ICCEE(アイシー)』に就職しようかな」


 ダニエルが言った。


「そしたら『魔素』探査の仕事が来るかもしれないだろ? 新しい『門』だって見つけちゃうかも」


「派遣されてくるエレスメイアの人とも会えるんだよ」


 魔法の使えない外界に戻るのは辛いことだ。せっかく手に入れた能力をすべて手放さなくてはならないのだから。特に感覚を拡張するタイプの能力の持ち主だと、突然に視力を失うような衝撃を受けることもある。元の生活に戻るためにリハビリが必要な場合さえあるのだ。


 精神的に弱そうな人間は最初から選ばれない。けれども、実際には戻ってみるまでどうなるのかは分からない。


「あの……」


 小屋の中から職員が顔を出した。


「荷物の中にこの子が紛れ込んでいたんですが……」


 彼女は猫ぐらいの大きさの黄緑色のトカゲを抱きかかえており、それを見たエドウィンが驚いた声を上げた。


「そいつ、いつも布団に乗ってくるトカゲなんです。お別れを言いたかったのに、見つからないと思ってたら……」


 彼は駆け寄って、トカゲを抱き上げた。


「お前、ついてきたらダメじゃないか。あっちに行ったら死んじゃうんだぞ」


 トカゲは無邪気に首を傾げて目をパチパチさせた。この種のトカゲは外界のどの爬虫類よりも知能は高いが、人の言葉を完全に理解するほどではない。


「ハルカさん、この子を村に連れ帰ってもらえますか」


 そう言うと、彼女はまた建物の中に戻った。外界への生き物の持ち出しは重罪だが、この場合はエドウィンの過失ではないと判断したのだろう。


 エドウィンはトカゲを抱きしめてぽろぽろと涙を流していた。今まで我慢していたのに、仲良しのトカゲがくっついてきたのを見て堪え切れなくなったらしい。


「心配いりませんよ。エレスメイアのトカゲは長生きなんでしょ。またきっと会えますよ」


 山田さんが励ますようにエドウィンの背中を叩いた。


 彼が言うと実現しそうに思えてくるから不思議なものだ。エドウィンも涙をふいて、寂しそうに鳴くトカゲを私に手渡した。



        *****************************************



『門』の柱の脇で 『ICCEE(アイシー)』の職員が待っていた。帰りは私は付き添わない。『門』の前でお別れだ。一人ひとり私に礼を言って『門』をくぐった。彼らの姿が消えていくのを見るのは辛い。


「ほんと楽しかったですよ。ハルカさん、お世話になりましたね」


 最後に一人残った山田さんは、まったく寂しそうな様子も見せずに微笑んでいる。


「お別れを言うのはやめときます。またすぐに会えますからね」


「え?」


「いえね。そんな気がするんですよ。じゃあね。ハルカさんも元気を出さなきゃだめですよ」


 彼は笑顔を崩さぬまま『門』に足を踏み入れ、姿を消した。



 私はしばらくの間、五本の柱に囲まれた小さな空間を見つめていた。腕に抱えたトカゲが悲し気に「きゅ」と鳴いた。


「行っちゃったね」


「きゅ」


 トカゲが答える。


 今頃彼らは『魔素』のない外界に足を踏み入れて、失ったものの大きさをひしひしと感じているはずだ。それを見るのが辛いから、私はいつも『門』のこちら側に留まる。

 

 どれほどエレスメイアに残りたかったことだろう。滞在許可なんて簡単には下りないことは誰でも知っている。けれども渡航したからにはもしかしたらって、希望を抱くのは当然のことだ。


 努力したからって滞在許可が下りるわけじゃない。留学生たちを見送るたびにやりきれない気持ちに襲われる。

 

 あなたを求めているのは魔法世界(ここ)じゃなかったんだよ。あなたを待っている場所がきっとどこかに存在しているはず。だから諦めないで探し続けてほしい。毎回そう言って励ましてあげたくなる。


 そういう私はどうなんだろう? 自分はこの世界に求められてるんだと思ってた。でもレイデンとの未来を描けなくなった今、ここに留まるのが正しいことなのか確信がなくなった。手遅れになる前に外界に戻って、別の生き方を探すべきなのかも。


 『ドラゴンスレイヤー』としての能力を使う機会なんて一生なさそうだし、代理店の仕事も私じゃなくても務まることだ。エレスメイアを去れば後悔するのは分かってる。私はこの国が大好きだから。でもこの国は本当に私を必要としているの?



        *****************************************



「していないはずはないでしょう?」


 院長がのんびりとした口調で言った。


「ハルカのいるべき場所はここなんですよ。『タニファ』があなたをここに送ったことをお忘れですか?」


「でも何も起こらないじゃないですか?」


「竜が王都を舞っているというのに? あなたはエレスメイアに大きな変化をもたらしたのですよ」


 この日は院長の家に遊びに来ていた。元気のない私を見かけて気になっていたのだろう。久しぶりに『実家』に戻れと呼び出されたのだ。私はレイデンとの間に起こったことを、『目玉』に攻撃されたくだり以外はすべて話した。


「『ミョニルンの目』が何かを見たというのですね」


「別れる以外、どうしようもないって言うんです」


「それなら彼に従うのがよいでしょう。『目』が見た未来は必ず現実になるのですから」


「諦めれば彼と私の幸せにつながるって……でも毎日が辛くって……」


 恋愛に関してはさっさと諦めるのが吉だというのも頭では分かっている。忘れる努力だって惜んだつもりはない。けれども、彼とは二年以上もの間、夫婦同然で過ごしてきたのだ。彼という存在が私の心に張り巡らせた根っこは、そうそう簡単に枯れてはくれなかった。


「私には人同士の縁を見る力はありませんが、あなた方の間には強い繋がりがあるように見受けられますね。あなたが彼への想いを断ち切れないのもそのせいでしょう」


「『繋がり』ですか?」


「ええ。けれどもそれは伴侶としての繋がりではなかったようです。意味はわかりますね」


「……はい」


「レイデン君が仕事を辞めないのにも理由があるのでしょう。気の毒ですが、ハルカが耐えるしかないのです」


「はい、頑張ります」


「あなたがいなくなれば私も寂しくなります。ドレイクだって悲しみますよ。自分が必要とされていないだなんて、二度と考えないでくださいね。彼の予言通り、きっと良い事が待ち受けているはずですから」



 その『良い事』はいつ私の前に現れてくれるんだろう?


 何でもいい、誰でもいいから、今すぐ私を救いに来てよ。


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