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送別会の夜

 金曜日の『魔法学校』の修了式の後は、留学生と講師、そして留学代理店のスタッフだけでのお別れ会が開かれた。帰りはグループごとに時間をずらして出国するので、留学生達が全員で集うのはこの日が最後になる。


 講師のジェドはグラスを片手に留学生一人一人と話をして回っている。毎回、寂しさに耐えきれずに酔いつぶれた彼を、誰かが家に送っていくのが恒例行事になっている。


 彼は『魔法院』での外界研究の一環として講師を始めたのだが、今ではこちらが本業のようだ。私がここの生徒だった頃にも、ひたすら呪文を習うだけの授業を少しでも楽しくしようと心を砕いてくれた。生徒思いの優しい先生なのだ。


「ハルカ、あれから元気にしてるの?」


 私の姿を認めてジャニスが話しかけてきた。代理店スタッフは朝から生徒さんたちに付きっ切りで、今まで話す暇もなかったのだ。そうは言ってもニッキは僅かな時間を見つけては、俺と一緒に暮らしてくれと直談判に現われたので、周りから好奇の目で見られて困った。


「ニッキの奴、あんたにくっついてないからって、ばあさんに叱られたらしいわよ」


「でも、押しかけて来られたら困るよ」


「家政婦代わりに使ってやったら? せっかくの(しもべ)なんだから」


「あんな口の悪い家政婦さんはいらないけど」


「そうね。まあ、私も従業員がいなくなったら困るけどさ。ニッキが辞めるんだったら、次を探さなきゃいけないし」


「ずっとそこで働けって言ってやるから大丈夫」


「おい、ハルカ。それ、本気で言ってんのか?」


 いきなりニッキが割り込んできた。


「俺はなあ、人生をお前に預けたんだぞ。そんな扱いでいいはずねえだろ?」


「勝手に人生なんて押し付けられちゃ迷惑だよ。あんな『魔具』まで使ってさ」


「お前が協力しねえからだろ?」


「協力しなければ無理強いしてもいいの? あの縄の跡、あれからしばらく残ってたんだよね」


「そ、それは謝る。すまなかった」


 『魔具』のことを持ち出されると弱いようで、彼は顔を赤くして小さくなった。


「あの、どうかしましたか?」


 訝しげな表情を浮かべてレイデンが近づいてきた。私たちが喧嘩口調で話していたのが聞こえたのだろう。


「恋人同士の痴話喧嘩だからほっといてあげてよ。喧嘩するほど仲がいいってこっちでも言うんでしょ?」


 冷ややかな口調で、ジャニスがさらりと嘘をついた。


「まあ、態度に問題はあるけど、あなたに負けないイケメンだし、『東の森』の長の孫らしいし、スペック的には問題ないわよね。ハルカもなかなかいいのに乗り換えたんじゃないの?」


 先日のレイデンの態度にまだ腹を立てている彼女が、嫌味を言う機会を逃すはずがない。私もあえて訂正はしなかった。私にだって多少のプライドはある。あなたなんていなくても楽しくやってるんですからね、ってとこを見せつけてやりたかったのだ。


「そ、そうですか……なんでもないのならよかったです」


 レイデンは彼女の高圧的な態度が苦手なようで、水でもかけられてはまずいと思ったのか慌てて退散した。


「情けねえなあ。なんであんなのに未練があんだよ?」


 呆れた顔でニッキが彼の背中を見送る。


「もうあの男の話はやめましょうよ。それよりさあ、あの親父、ニヤニヤしちゃって憎たらしいったらありゃしない」


 例の滞在許可が出たという横柄なアメリカ人男性を、ジャニスがこっそりと指さした。


「あの人、どんな魔法で許可をもらったの?」


「火を消すのよ」


「火を消す? それって消防団員の使う魔法?」


「そんな感じの奴よ。珍しいもんじゃないと思うんだけどな。戻って来てうちの村に住むような真似はやめてほしいわね」


 なにか裏がありそうだな。私の『ドラゴンスレイヤー』の呪文のように、 本当は別の魔法で許可を貰ったのかもしれない。今度院長に聞いてみよう。



 帰り道はレイデンと一緒に乗合馬車に乗った。違う便に乗りたかったのだけど、一時間以上待たなくてはならないと言われて諦めたのだ。離れて座るのも不自然なので、仕方なく隣に座った。


「ねえ、ハルカ」


 馬車が動き出すとすぐにレイデンが話しかけてきた。


「ニッキのことですが……」


「彼がどうしたの?」


 ニッキが気になるんだ。もしかして妬いてるってことはないよね? 期待してしまう自分が腹立たしい。


「彼とハルカの間に契約が見えました。かなり古い魔法のようですが、あれはなんですか?」


「そうか。『目玉』で見えたんだね」


「はい。深い階層に隠されていたので、すぐには気づかなかったのです。危険なものではないのですね?」


「どうして気にするの?」


「恐ろしく強い魔法だからです。あれは禁じられた契約ではないのですか? 儀式を……血を使った儀式を行いませんでしたか?」


「あなたには関係ないでしょう?」


 別れてからずっと私に興味なんてないって顔してたくせに、今になってプライベートに踏み込んで来られると気分が悪い。


「ハルカ。関係ないなんて言わないでください」


 レイデンがいきなり身を乗り出したので、胸がドキリとした。


「別れはしましたが、今でもハルカのことは大切な友達だと思っているんです。心配するのは当然のことでしょう?」


「そ、そうだね。ごめん」


「あれが何なのか話してもらますか?」


「……ニッキと私は主従の契約を結んだの。『東の森』の長のニッキのおばあちゃんの言いつけなんだって。『魔法院』の許可もあるから大丈夫だよ」


 彼は真剣な表情で聞いていたが、私が話し終えると表情を緩めて頷いた。


「そうですか。それなら心配ありませんね」


 それっきり彼は村に着くまで黙って景色を眺めているだけだった。



 ーー大切な友達か。


 いっそ嫌いだと言ってもらった方がまだましだ。馬車を降りてレイデンと別れ、事務所に向かって歩きながら私はまた泣いた。



        *****************************************



 次の晩には事務所前の広場で村を挙げての送別会。送別会と言っても留学生がお礼のスピーチをする以外はいつものパーティとたいして変わらない。飲んで食べて大騒ぎのお決まりのパターンだ。


 山田さんは早速村人たちにせがまれて、炎を振り撒いたり宙を舞ったりと、お得意の技を披露している。エドウィンは村人に勧められるまま虫の入った料理を平気で掻っ込んでいた。最初は事あるごとに事務所に相談に来ていたのに、今回一番たくましくなったのは彼かもしれない。


 他の生徒さんたちも、めいめい仲良くなった村人やホストファミリーの一員と会話を楽しんでいた。もちろんシホちゃんの隣には、ゼッダがぴったりとくっついている。人の姿をしていても、飼い主に寄り添う忠犬のように思えてしまうのはなぜだろう。


 シホちゃんに滞在許可が下りたことは他の生徒さんたちには伝えていない。もし誰かが選ばれてもそういう規則なのだと全員が了承済みだ。


 留学制度が始まって最初の数年は、滞在許可が下りた生徒さんの名前が公表されていたのだが、あまりにも騒ぎが大きくなりすぎたため、非公開となったのだ。


 ベンチに座って焼き菓子をかじっているとシスカが近寄ってきた。話したいことがあるのに、切り出せないのか黙ったままもじもじしている。


「どうかしたの?」


「あの……シホは戻ってくるんですね」


「シホちゃんに聞いたの?」


「ええ。私たちは友達だからって話してくれたんです」


「もしかして全員に?」


「はい」


 あらら、話しちゃったのか。今回は留学生同士も仲がよかったし、シホちゃんの性格だと隠し通すのも難しかったんだろう。


「もやもやしてるんだね」


「ええ、喜んであげるべきだとわかってるんですけど、ちょっと悔しいんです」


「そうだね。恋愛は禁止だって散々注意されてるのに恋人を作っちゃったし、またこっちに戻ってこれるんだもんね」


 シスカは本心を明かしてしまったことを恥じるように下を向いたけど、聖人君子でもない限りそう感じるは当然のことだ。


「あのね、魔法世界では『繋がる』って言葉をよく使うんだ。聞いたことある?」


「はい。ホストマザーもよく使ってました」


「最初は全然理解できなかったんだけど、少しずつ分かってきた気がするの。『繋がる』ってね、人や出来事が運命の糸みたいなもので繋がってるって意味なんだと思う」


「運命……ですか?」


「たまたまシホちゃんのホームステイ先が変わったのも、たまたまゼッダが怪物に襲われたのも、たまたま彼女がとても珍しい力を持ってたのも、すべて彼女の運命だったんだよ。あり得ない偶然が重なって、彼女はエレスメイアに残ることになったの」


 あの時、『たまたま』私が近くにいなければゼッダの命もなかったはずだ。思えば私もシホちゃんとゼッダと『繋がって』いたという事なんだろうな。


「シスカにはシスカの運命があるんだよ。たとえ外界に戻ることになっても、こちらに来たことには意味があるんだって『魔法院』の院長さんは言ってたよ」


「シスカ、こっちに来られただけで運がよかったんだと思わないと」


 私たちの後ろから、唐突にトゥポが口を挟んだ。


「聞いてたの?」


「いいや。でもシホの事、話してたんだろ?」


「うん」


 シスカはまた居心地悪そうにうつむいた。


「俺は二度と戻ってこれなくても、ここに来られてよかったと思ってるよ。シスカにも会えたしな」


 そう言ってトゥポは照れくさそうに頭を掻いた。


「あっちに戻ってからも会えるかな?」


「同窓会しようって言ってたでしょ」


「じゃなくて、二人で会えないかな?」


「私と?」


「ダメか?」


「ううん、ダメじゃないけどデートみたいになっちゃうよ」


「デートじゃ嫌なのか?」


「え……」


 ようやくトゥポの言わんとしていることを理解した彼女は、頬を赤く染めて首を振った。


「う、ううん。嫌じゃないけど……」


 サモアから来たトゥポはラグビー選手にでもなれそうな、がっしりとした大きな身体をしているが、温和で物静かな性格で、小っちゃくて何にでも首を突っ込みたがるシスカとは何もかも正反対だ。


「あっちじゃ翻訳魔法は使えないからな。英語を真面目に勉強しとくよ」


「もっと早く言ってくれればいいのに」


「どうして? 帰ってからでも時間はたくさんあるだろ?」


「でも、そしたらもっと話せたでしょ?」


「シスカとはずいぶん話したつもりだったんだが……」


「あれで?」


「トゥポはいつも無口だからね」


 本気で驚いているらしいシスカの表情に、私は笑った。


「ほら、言葉が通じるうちに二人でもっと話しておいでよ」


 私は二人をベンチに残して山田さんの見物に行った。これでシスカも少しは明るい気分で外界に戻ってくれるかな。


 生徒さんは村人たちから送られたプレゼントを抱えて、ホストファミリーとの最後の一夜を過ごしに帰っていった。


 今回は素敵な生徒さんばかりだったな。誰もが心からエレスメイアでの生活を楽しんでくれた。明日からは彼らと事務所で面談することもなくなるし、質問や相談に来てくれることもない。


 寂しくなるのは嫌だな。


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