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竜に乗る

 今週末で今期の留学期間が終了する。金曜日には修了式が行われ、日曜日になれば留学生は全員『門』をくぐって外界へ帰ってしまう。


 最後の週と言っても、特に私たちの業務が忙しくなるわけでもない。この日も朝から『魔法院』へ行き、ルーディと無駄話をしてから帰途に就いた。事務所に戻ってレイデンの顔を見るのも憂鬱だ。だらだらと歩いていると、ドレイクが舞い降りて来た。


「元気がないな。乗せてってやろうか。村までひとっ飛びだ」


「結構です」


「かどわかしたりはせんぞ」


「違うの。高いところが苦手なの」


「なんだと? 高所恐怖症なのか?」


「そこまでじゃないけど、体がムズムズするのが嫌なんだ」


「そうか。じゃあ、飛ばないから乗ってみろ」


 私の行く先をふさぐように軽自動車ほどもある頭が下りて来た。


「首の上に登れ」


 なにがなんでも乗せたいようだ。仕方ないな。


「どうやって登るの? 届かないよ」


「お前は小さいからな。俺の鼻を登ったらどうだ?」


「え? いいの?」


 鼻面なら手が届く。私はごつごつした竜の顔面を四つん這いでよじ登った。


「よし、角につかまって首まで行けるか?」


「持っちゃってもいいのかな?」


 竜の角なんてとても神聖な感じがするので念のため確認する。


「持ってはいかん理由はないだろう?」


 じゃ、遠慮なく触らせてもらおう。


 ドレイクの角は身体のほかの部分と同じで金色だ。近くで見ると先の方までぐるぐると螺旋状に模様が入っている。


「きれいだね」


「そうだろう」


 正直な感想を口にすると、竜が嬉しそうに鼻から息を吹き出した。


 頭の周りにはぎざぎざしたうろこが幾重にもフリルのように張り出している。乗り越えようとして掴んだら、縁が刃物のように鋭かった。


「いてて、痛いんだけど」


「怪我をするなよ」


「もう遅いよ」


 手のひらに大きなひっかき傷が出来てしまった。


「首まで行くのは無理そうだよ。角の間に座ってもいい?」


「俺は構わんが」


 ドレイクの頭は博物館で見たティラノサウルスの頭骨より遥かに大きい。内側の二本の角もずいぶんと離れているので、腕を伸ばして角を持ち、太い角の付け根に足を突っ張って座った。


「よし、乗ったな」


 ドレイクは首を低く下げたまま歩き始めた。


「ちょっと、動かないで。やっぱり怖い」


「歩かないと村に帰れないぞ。馬には乗れるんだろう? 上半身を起こしてバランスを取れ。落とさないようにゆっくり歩いてやる」


 しばらく進むと、バサの畑に差し掛かった。畑には一面に紫色の花が咲き乱れている。バサの花はハスの花によく似ているけれど、直径は三十センチほどもある。


 メルベリ村は三方をバサの畑に囲まれている。いたずらするエルフがいなくなったおかげで今年は生育もよいそうだ。ドレイクの頭の上から見渡すと紫色の絨毯がどこまでも広がっているように見えた。


「きれいだなあ。ここ、大好きなんだ」


「お前は花が好きなのか?」


「きれいなものはみんな好きだよ」


「じゃあ俺も好きだな?」


「なんで?」


「さっききれいだって言ったじゃないか」


「それは角の話だよ」


「好きなのは角だけか?」


「心配しなくても他のところも好きだから」


「俺を馬鹿にしているのか? 今に見ていろ。愛してると言わせてやるからな」


「はいはい」


 大きな頭の上に乗っかってるのにも慣れてきた。身体の両側には太い角があるし、うろこはザラザラしているのでよっぽどの事がなければ滑り落ちる心配はない。


「どうだ。楽しいか?」


「うん、いつもと違う景色も悪くないね」


「よし、もっと高いところから見せてやろう」


「ダメだってば」


 ドレイクが長い首を持ち上げようとしたので、私は焦って彼の頭を足で蹴っ飛ばした。


「おいおい、分かったから暴れるんじゃない。落っこちるぞ」


 そんなこんなで私たちは村の集落から百メートルほど手前までやってきた。


「ここでいいよ」


「今日は家まで送らせろ」


「村が壊れるからダメだって言ったでしょ?」


「家に当たらないように気を付ける」


「どう見てもあなたの方が道幅より広いでしょ? ここで降ろしてってば」


 竜はしぶしぶと歩みを止めて私を降ろしてくれた。


「そろそろ恋人らしいことをさせてくれてもいいだろう?」


「恋人でもないのに?」


「目玉の小僧とは別れたのではないのか? 義理立てすることはないじゃないか」


「うるさいなあ。失恋の痛手から立ち直ろうとしてるとこなの。そっとしておいてくれる?」


「ふん、そんな顔をするな。手を見せてみろ。切ったんだろう?」


 傷から血が流れ出している。かすり傷だと思ってたのに一か所ざっくりと深く切れていた。


「腕を伸ばせ」


「こう?」


 ドレイクは口を開けるといきなり私の手をぱくりと咥えた。


「うわ!」


「いたた、お前の魔法は痛い」


 思わず指輪で鼻面を殴ったら竜が呻いた。


「やっぱり油断させて食べる気だったんだ」


「唾を付けてやっただけだ」


「ええ? 汚いなあ」


「竜の血ほどではないが、傷に効くのだぞ」


 そう言われてみればもう痛みが消えている。


「しばらくそのままにしておけ。傷の治りが早くなる」


「うん……ありがとう」


「じゃあな。明日は五時にここまで迎えに来てやる」


「なんで明日?」


「デートの約束だ。外界人のようにまずは交際から始めればいいのだろう? 寿命が短いくせにまどろっこしいことをする」


「お互い同意の上でね。私とあなたの間には同意はないから。いつも通りまた来週ね」


「相変わらずつれない女だな。まあ、その方が落とし甲斐があるのだがな」


 竜とは思えないセリフを残し、ドレイクは大きく羽ばたいて空へと舞い上がった。



 村の入り口ではいつものように村人たちがドレイクを見に集まっていた。けれども今日はずいぶんと人数が多い。普段ならおかえりと声をかけてくれるのに、みんな神妙な顔をして遠巻きに私を見ているだけだ。村人の中に事務所にいるはずのレイデンの姿も見える。何か事件でもあったんだろうか?


「事務所はどうしたの?」


「村の人が呼びに来たんです」


「どうして?」


「だって、ドレイクに乗っていたでしょう? 村中大さわぎですよ」


「頭の上に登っただけだよ?」


「竜が人を乗せるなんて、とても珍しいことですからね」


「へえ、そうなんだ」


 だからわざわざ私たちを見にやってきたのか。その割にはみんなあまり嬉しそうには見えないのはどうしてだろう?

 


        *****************************************



 事務所に戻って一時間ほどすると、王宮から使者がやって来て、有無を言わさず連行された。


 案内された城の会議室には、以前私がドレイクをぶっ飛ばしたときに集まった面々が、再び顔を揃えていた。おまけに今日はエルビィまでいる。彼らが村人と同じく妙にかしこまった表情をしているのを見て私は不安になった。


「ハルカ殿。竜に乗る者が現れたと、あなたの村の村長より報告を受けました」


 最初に口を開いたのは王陛下だった。


「それ、私です。すみませんでした」


 私はいそいで謝った。きっと王様より偉いとされる竜をタクシー代わりに利用したのがいけなかったのだ。そんなに乗り心地のいいものではなかったけれど。


「ハルカ、謝る必要はありませんよ。『竜に乗る者』というのは、竜の背に乗ることを許された者に対する敬称なんです」


 院長が説明してくれた。ほかの人たちと違って、彼だけ愉快そうな顔をしている。叱られているわけではなかったらしい。


「あの、そんな大層なものじゃありませんよ。頭の上に登っただけですし」


「記録によれば、最後に『竜に乗る者』が現われたのは、初代エレスメイア王の治世の頃だ」


 エルビィが知識を披露してくれたけれど、歴史には詳しくないので、いつのことだかも分からない。彼は竜の専門家として呼び出されたようだ。


「伝説の中に出てくる話なので、真偽はわからないんだがな。巨大な竜が人を乗せて空を飛んだのだそうだ。エレスメイアでは竜が人と飛ぶと風が変わると伝えられてきた。国によい運気をもたらすと言われているのだ」


「ドレイクは歩いただけですよ。高いところは苦手なんで飛ばれたら困ります」


 私はおろおろと周りを見回した。軽い気持ちでしたことが、大事(おおごと)になってしまったようだ。伝説上の人物と一緒にされてしまうなんて、おこがましいにもほどがある。みんながおかしな表情をしている理由がやっとわかった。彼らは伝説の再来を目の当たりにして畏怖の念に打たれていたのだ。


「ハルカ殿」


 穏やかな口調で王が言った。


「このことはまだあなたの村の者しか知りませんが、私はエレスメイア全体にこの事実を広めたいと思っているのです。これからはあなたにその名を背負っていただきたい」


「背負うとどうなるんですか?」


「国民が喜びます」


「はあ」


 私の困惑した顔が面白かったのか、王はやっと笑顔を見せた。


「『壁』により周囲の世界より切り離され、エレスメイアには刺激が足りません。このような喜ばしいニュースは民に歓迎されることでしょう」


 『ドラゴンスレイヤー』の私は、エンターテイナーとしての役割も果たさなければならないらしい。通勤の途中に運んでもらっただけなのに、こんなことになるなんて。ドレイクといるときには人には見られないよう注意した方がいいのかもしれない。


 村に戻ると、今度はみんなが声をかけてくれた。畏怖の念には打たれ終わったってことらしい。いつもならストリートパーティが始まるところだけど、前回のパーティが私の婚約祝いだったものだから、遠慮してくれているようだ。


 それでも次のパーティはもうすぐだ。三日後の晩には、村を上げての留学生送別会が開かれることになっているのだから。


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