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『主従の契約』

 ニッキの声は震えていた。慌ててタオルで身体を隠したけど、私の裸などどうでもいいぐらいのショックを受けているようだ。


「さっさと出てってよ。服を着ないと落ち着かないから」


 二人を追い出してドアを閉めた。どうして『スレイヤー』だってバレたの? どうしてニッキが謝るの? それよりも、風呂場に乱入したことを謝るべきじゃないの? 急な展開に頭の中がぐちゃぐちゃだ。


 パジャマを着て居間に戻ると、ニッキがカウチに座っていた。私の方をちらりと見たけど、視線を合わせようとしない。どうしちゃったんだろ? ガチャガチャと酒の瓶を腕いっぱいに抱えてジャニスが入って来た。


「あたしもシャワーに入りたいけど、先にハルカの話を聞くわ」


 そう言ってぶくぶくと激しく泡立つお酒をグラスに注いでくれる。


「そのお酒、変な作用、ないよね?」


 院長と飲んだ『自白したくなる虫入りワイン』を思い出して心配になった。仲が良くなったとは言え、ジャニスもニッキもアメリカの代理店の従業員なのだ。エレスメイアで機密になっていることを漏らすわけにはいかない。


「大丈夫、ここにあるのは確認済みよ」


 ジャニスの表情が彼女にも苦い経験があると物語っていた。


「『ドラゴンスレイヤー』だって、どうしてわかったの?」


「あんたの杖を見たのよ」


 彼女の指さした先を見れば、テーブルに置かれた杖のカバーがはずされ、青い石が露出していた。なるほど、これではバレるわけだ。


「なんで取っちゃったの?」


「泥でベタベタだったから服と一緒に洗ってあげようと思ったのよ。きれいな杖なのに趣味の悪いカバーを付けてると思ったらこういうことだったのね」


 親切心からだったようだけど、外せないカバーを考案しないとまずいな。


 それより気になるのは豹変したニッキの方だ。


「ねえ、ニッキ。なんで謝るの?」


「ハルカが……お、俺の態度が悪いって言ってたからです」


「それは前から言ってる事でしょ? どうして急に謝るわけ? しゃべり方もおかしいよ」


 翻訳魔法がバグってしまったんだろうか?


「ええと、『スレイヤー』は敬えって、ガキの頃から言われてるから……です」


 ジャニスの方をちらりと見たら彼女の顔もひきつっていた。魔法の不具合ではないようだ。


「ねえ、ニッキ。普通にしゃべってよ。これからずっとそんな態度をとるつもりなの?」

 

「『スレイヤー』に無礼を働くわけには……いきませんから」


 彼も相当無理してるみたい。でも、ふざけているわけではないのは表情を見ればわかる。


「あなたに気なんて使われたくないよ。今までさんざん偉そうにしてたのに、急に態度を変えられたら悲しくなるでしょ?」


 そう言ったとたんに、最近緩みまくりの涙腺から涙が溢れ出た。


「お、おい、わかった。わかったから泣くな、馬鹿」


「あーあ、また泣かした」


 慌てて立ち上がったニッキに、ジャニスが蔑ずむような視線を向ける。


「こいつが勝手に泣いたんだろ?」


「あんたが気持ちの悪いしゃべり方するからでしょう?」


「ちゃんとしねえとうちのババアに怒られるんだよ」


「あら、あんた、おばあちゃんが怖いの?」


「ババアだけじゃねえ。俺にも色々あるんだよ」


「色々って何よ? 説明しなさいよ」


 ジャニスに食い下がられて顔をしかめたけれど、ニッキは姿勢を正して座り直した。素直に話してくれるつもりらしい。


「俺の一族のことは知ってるよな」


「『東の森の民』でしょ? なんとなく特別扱いされてるみたいよね。美形ばっかりだからかしら?」


「ほんと、お前はうわべしか見ねえな。俺の一族には自治権が認められてるんだぜ。まあ、エレスメイアって国ができる前から森に住んでたわけだから、当然と言えば当然だけどな」


 そうなんだ。それは知らなかった。

 

「だが竜は俺たちよりも先にこの地の空を舞っていた。竜が一族を森に導いたって話もある。俺たちにとって竜は特別な存在なんだ。真偽はわからねえが、竜の血を継いでるって言い伝えもあるぐらいだ。この金の髪は竜から受け継いだものだってな」


「誰にとっても竜は特別じゃないの? 王様よりえらいんだからさ」


「いいや、俺たち以外、誰も分かっちゃいないさ。みんな竜の本質を忘れちまってる。空飛んでるのを指さして大騒ぎしてさ。珍獣の扱いだ」


 うろこでガチガチなくせに表情豊かなドレイクの顔を思い出した。珍獣なのは確かだけどな。


「とにかくだ、俺たちは『ドラゴンスレイヤー』には敬意を示せとガキのころから教えられてるんだ。偉大な竜を撃ち落とす力を持ってるんだからな」


「攻撃魔法で吹っ飛ばすだけだよ。竜より偉いわけじゃないでしょ?」


 私は反論した。強ければ偉いなんて理屈が通れば、武器を持った人が偉いことになってしまう。


「いや、強いからじゃねえんだ。『天』からそれほどの力を与えられてるってのが、すげえ事なんだよ」


 それほどの力って言われても、害獣退治にしか使えないんだけどな。今日はお役に立てたようだけど。


「でな、ハルカに頼みがある」


「なに?」


「俺と『主従の契約』を結んでくれ」


「『主従の契約』? あなたの家来になれって言うの?」


「違うよ。ハルカが俺の主人になるんだ」


「それ、本気で言ってる?」


「ああ。ババアに『スレイヤー』に出会ったら必ず契約を結べと言われてんだよ」


「絶対に嫌だから。第一、『主従の契約』なんて違法だよ」


 破ろうと思えば破れる外界の契約のように甘いものではない。一旦『主従の契約』を結べば、死ぬまで主人の意志には逆らえなくなってしまう。捕縛用の縄と同様、生き物を魔法で従わせるのは法に反する。『使い魔』との契約が許されないのも同じ法律によるものだ。


「なんてったってババアの予言だからな。『魔法院』からも例外として扱ってもらえるんだ」


「ニッキのおばあちゃん、そんなに凄い予言者なの?」


「ああ、俺の里の長なんだ。『天』の声が聞こえるんだよ」


 里の長にババアはないと思うんだけど、口調から判断すると尊敬はしているらしい。


「『スレイヤー』はあと二人いるから、私の事じゃないと思うよ。『壁』の向こうにもいるかもしれないし」


「そうよね、どう考えてもアミッドの方が格好いいもの」


 理由はともあれジャニスも同意してくれた。


「いいや、二人とも会ってはみたんだが、しっくりこなかった。ババアはいつか俺の前に『スレイヤー』が現れるって言ったんだ。出会った状況から考えても、お前に間違いない」


「でも、ニッキだって嫌でしょ?」


 猫みたいに自由な彼が、おとなしく誰かの(しもべ)に甘んずるとは思えない。


「ババアの予言が出たときには、ふざけんなって思ったけどな。お前なら納得できるんだよ。色々繋がって来てるのがわかんねえか?」


「わからないよ。こじれすぎてるって言ったくせに」


「俺もすでに巻き込まれてたってことだ」


「とにかく、そんな契約は結ばないから、その話は終わりね」


「なんとかならないか?」


「ならない。予言とか未来予知とか、そういうのは嫌いなの」


 憎っくき『ミョニルンの目』のお陰でこんなに苦しんでるっていうのに、誰かの見た未来に振り回されるのはたくさんだ。


「お前がそう言うんだったら仕方ねえ。無理強いできることでもないしな」


 二ッキはふうと息を吐いて肩をすくめて見せた。


 そうそう、無理なものは無理なんだから、さっさと諦めちゃってよね。


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