魔法学校の真実
部門は違えど同じ代理店で働いているのだから、エレスメイア留学については一般人よりはくわしいつもりだ。選抜は半年ごとに二か月かけて行われ、合格者は四か月間エレスメイアの魔法学校でみっちり勉強、コースの履修者には終了証明と『魔法使い』の称号が与えられる。
誰にでも参加できるものじゃないし、魅力的でないといえば嘘になる。でも……
「私、この国に生活の基盤があるんですよ。仕事はどうなるんですか?」
「君んとこの社長は全面的にサポートするって言ってくれてる。あちらに行って何が起こるかわからないが、無事に留学期間が終了すればエレスメイア留学部門にポストを用意してくれるそうだ。給料も弾むってさ」
「無事にって?」
給料よりもそっちが気になる。
「今までに事故や不明者は出ていないが、なにせタニファの予言だ。何が待ってるかわからないだろ?」
「冗談じゃないです。危ない目に遭うのはいやですよ」
「危ない目に遭うとは言ってないよ。どんな運命が待ち受けてるかわからないって言ってるだけだ」
「永住権も申請したとこなのに……」
「そっちは間違いなく下りるから心配するな」
「だって、下りてからも一定期間この国にいないと取り消されちゃんですよ。こんな仕事を受けたらいつ戻って来られるかわからないじゃないですか」
「留学を認められるほどの魔力の持ち主は、どこの国でも即市民権が認められる。誰だって自国に『魔法使い』が欲しいからな」
「こっちにいちゃ魔法は使えないのに?」
「『魔法使い』ってだけでいいのさ。使い魔さえ協力してくれれば、この部屋のような環境だって作り出せるわけだし、いずれは『魔素』をこちらに持ち込む方法だって発見されるかもしれないだろう?」
「それってなんだか怖いですね」
「まあな。そんな日が来ないでくれるといいが」
どこの国でも『遭遇』事件が軍の管轄になっている理由がなんとなく分かった気がした。
「でもジョナサン達は『ICCEE』の職員なんでしょう?」
「そうだよ。魔法と縁を切りたくないばかりに『ICCEE』で働いてるんだ」
「ハルカはエレスメイアに行けるのか。羨ましいなあ」
そう言ったフイアの夢見るような表情が気になった。
「どうしてですか? お二人とも『魔法使い』なんでしょう? エレスメイアなんていつでも訪問できるんじゃないんですか?
「いや、私たちには彼らの欲しがる能力がなかったからね。滞在許可は下りなかった」
彼女が肩をすくめた。
「欲しがる能力って?」
「あれれ、それ、部外者に話しちゃっていいのかな?」
ケロが目玉をくるりと回した。
「ハルカは部外者なんかじゃないよ。『タニファ』からの使命を担っているんだ。知っていてもらっていた方がいいだろうな」
ジョナサンは打って変わった真面目な表情で私に向き直った。
「まず、魔法学校だが……」
「はい」
「あそこでは別に魔法を教えてくれるわけじゃない」
「はい?」
「魔法は習うものじゃない。生まれつき持って生まれた能力なんだ。学校とは名前ばかりだな。留学生がどのような能力を持っているのかをひたすら観察するのが本当の目的だ。もちろん呪文や杖の振り方なんかを教えてくれるから、生徒たちは魔法を習ってるつもりでいるけどな」
「それならやっぱり学校じゃないですか」
「いくら呪文を習っても、本人にその呪文を使う能力が備わっていなければ意味がないんだよ。魔法は習ったからって使えるようになるものじゃないんだ」
「そうなんですか?」
「そうだよ」
ニッキが肯定した。
「学校では、四か月間、ひたすら新しい呪文や身振りを教科書に沿って実践する。魔法の数には限りがないとは言われているが、それでほぼ一通りの主要な魔法を試したことになる。魔法学校は留学生が持つ能力を把握するわけだ」
「そんなことしてどうするんですか?」
「エレスメイアは『魔法使い』が欲しいからさ」
「魔法の国なのに?」
「減ってるんだよ。強い魔力の持ち主がな。最近は魔力を持たない子供さえ生まれているらしい」
「気の毒なことだな」
そう言ったニッキはさほど気の毒そうにも見えない。
「そこで、彼らはこちらの世界に目を付けた。過去にも大魔法使いが外界から来た人間だったという記録があるらしい。こちら側は魔法や『魔素』の研究をしたくてたまらないからな、国交を維持してやる代わりに、ポテンシャルのある人間をよこせと言ってきたわけだ。留学生の中に魔力の強い者や特殊な力を持ったものがいれば、スカウトしようって魂胆なのさ。彼らに認められれば滞在許可が下りるんだ。だが僕みたいな平凡な奴は出国したらそれで終わり。二度と入国は許されない」
「ええ? そんなの詐欺じゃないですか」
「そうかい? 行けないよりはずっとましさ。僕にとっちゃ宝物のような経験だったよ。結局魔法に関係した仕事についてる。この仕事に就くまではそんなカラクリがあったとは夢にも思わなかったけどね」
ジョナサンは手の平を上にむけ、小さな声で何かをつぶやいた。小さな青い炎が宙に現れゆらゆらと揺れる。
「凄い」
「ケロがいるこの部屋でしかできないんだけどね。きれいだろ。僕は百種類以上の魔法が使えるんだ。でも彼らの欲しがる能力は一つもなかった」
冷たく揺れる炎を見つめて彼はふうとため息をついた。
「『魔法使い』ってだけじゃダメなんだよ」