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ジャニスとニッキ

 翌日の午後遅く、北アメリカ地区担当事務所のジャニスが、勢いよくドアを開けて入ってきた。


「なによ。散らかってるわね」


 腰に手を当てて、さらに数を増やした村人からのプレゼントを胡乱げに眺め回す。開口一番これだから、この人は苦手なんだよな。


「村の人が持ってきてくれたの。ええと、ご用件は?」


 彼女がうちに顔を出すことなんて滅多にないので、裏があるんじゃないかとつい勘ぐってしまう。


「あんたたちが別れたって聞いて、慰めに来てやったんでしょ? ありがたく思いなさいよね」


「え? 誰に聞いたの?」


「ブバよ。先週寄ったら、ハルカが死にそうな顔してたって言うからさ」


「そんなことないと思うけどなあ」


 ブバはアフリカ地区の代理店から派遣されているノリのいい男性だ。事務所は隣の村なのでちょくちょく会って世間話をするんだけど、そんなに酷い顔してたのかなあ?


「ほんとだ。すっげえ不細工になってる」


 ジャニスの後ろからニッキがひょっこり顔を出した。


「どうしてニッキがいるのよ!?」


 相も変わらず外面だけは麗しいが、長かったプラチナブロンドの髪は脇のあたりで切りそろえられ、前回会った時と雰囲気が変わっている。


「うちの新しい従業員なの。あんたの知り合いなんだって?」


「従業員って?」


「『魔法院』に求人を出したら、こいつが来たのよ。本社で勝手に決めてくれちゃってさあ。私の意見も聞けよって思わない?」


「俺はハルカんとこで働きたかったんだよ。こんな馬鹿女がいるとこじゃなくってな」


 顎をつんと上げて琥珀色の瞳でジャニスを睨む。なんでニッキなんて採用しちゃったんだろ? この二人、最低最悪の組み合わせだと思うんだけど。


「ねえ、ニッキ。どうして代理店事務所で働こうなんて思ったの? あなた、外界人を馬鹿にしてなかったっけ?」


「だって馬鹿だからな。まあ、そこがいいっちゃいいんだけどな」


 彼は偉そうに胸を張った。何がいいんだかわからない。


「こいつはほっといて、あなたの話をしましょうよ」


 ジャニスは来客用のソファにどっかりと腰を下ろして、長い足を組んだ。居座る気満々だな。


「で、気分はどうなの? ぜんっぜん立ち直ってるようには見えないんだけど」


「そんなことないよ。もう大丈夫」


 レイデンの前でこんな質問されても困るし。


「そうかしら? 気分がいいはずないわよね。だって、あんなにハルカにべったりだった男に捨てられて、その上そいつはまだずうずうしく居座ってるんでしょう? こんなに残酷な話ってないわよねえ」


「お茶、いれてきます」


 レイデンがガタンと立ち上がり、キッチンに逃げ込んだ。


「ちょっと、本人の前でそこまで言う事ないでしょう?」


「だって、ほんとの事でしょ? 式挙げるっていうから服まで買ったのに、あんな派手なの、どこに来て行けっていうのよ? あ、ごめん、ハルカ」


 式というNGワードを出したのに気づいてジャニスが慌てて謝った。彼女のことだからフリーになったレイデンを狙いに来たのかと疑ったんだけど、理由はともかく腹を立てているのは本当のようだ。


「なあ、あいつは辞めねえのか? あっちが捨てたんだから、自分が出てくのが筋だよな?」


 ニッキまでこの態度だ。レイデン、針のムシロだな。


「辞めるつもりはないんだって」


「お前が首にすればいいだろ?」


「代理店との契約もあるからね。そうはいかないんだ」


 『目玉』の予知能力については話せないので、その辺はごまかしておく。


「ちょっと、レイデン、早くお茶持ってきてよ」


 ジャニスの声に気まずそうなレイデンが現れた。湯気の上がるカップとラウラおばさんの焼き菓子が乗ったトレイを彼女の前に置くと、逃げるように自分の机に戻った。


「なあ、こいつが辞めたらすぐに知らせてくれよ。俺、こっちの事務所がいいんだ」

 

 目立たないよう小さくなっているレイデンに、追い打ちのようにニッキが指を突き付けた。


 「ちょっとニッキ、あんたはうちの従業員でしょ? 雇ってやったんだから諦めておとなしく働きなさいよ。この馬鹿エルフ」


「俺はエルフじゃねえって言ってるだろが!」


「あんたの根性の悪さはエルフ並だってば」


「留学生も俺を見るとエルフだって騒ぎやがるんだ。クソ共が」


「それは誉め言葉なの! いい加減に覚えなさいって。頭、空っぽなの?」


 人の事務所で口論はやめてほしい。ニッキはまさに外界人のイメージするエルフそのものだ。違うのは耳が尖ってないことぐらい。気品にあふれた顔立ちをしているのに、どうしてこんなに口が悪いんだろう?


「そうだ、キュウタは最近来たか?」


 いきなりニッキが話題を変えた。


「矢島さん? 彼なら二週間ほど前に顔を出したけどね」


 顔を出したのはいいものの事務所の空気にいたたまれなくなったらしく、さっさと退散してしまった。「なんだ、別れたのか。まあ元気だせよ」ぐらいのことは言ってくれるかと思ったんだけど、それさえ難しい雰囲気だったんだろうか。


「一次選考会の手伝いに行ってジョナサンに会うつもりだったのに、この女がメキシコに行けって言うんだぜ」


「フィリピンはうちの代理店の管轄じゃないでしょう? わがまま言わないで」


「で、直談判してやろうと『本部』に行ったら、キュウタの奴、居留守を使いやがってよ。今度会ったら文句言ってやる」


 確かに矢島さんはニッキが苦手そうだったけど、そこまで避けられてたとはね。


 

 仕事はレイデンに任せて、しばらくジャニスとおしゃべりを続けた。彼女とこんな風に向かい合って話すのは初めてだ。意外なことにこの人は私のことを友達だと思ってくれていたらしい。いつも嫌味しか言わないものだから、嫌われてるとばかり思ってたのに。


 彼女の話の中に、一つ気になるニュースがあった。さんざん彼女が愚痴をこぼしていた、あの態度の悪い中年男性に滞在許可が下りたというのだ。


「あの人、会社をたくさん抱えてる実業家なんだって。外界の仕事も忙しいから、行ったり来たりするつもりらしいよ」


「こっちでは何の仕事するの?」


 滞在許可を貰ったからと言ってぶらぶら遊んで過ごせるわけではなくて、国から与えられた職務をこなさなくてはならない。私は表向きは代理店の仕事をしているが、本来は『ドラゴンスレイヤー』がエレスメイアから与えられた役割だ。ジャニスも治水工事や洪水があれば呼び出されて働かされる。


「さあ、それは聞いてないな。なんだかぱっとしない能力なのよね。それを言えばあなたの害獣退治もよくわかんないけどさあ」


 私は苦笑いして聞き流した。ジャニスは私が『ドラゴンスレイヤー』であることも『上級魔法使い』に任命されていることも知らない。


 本来なら彼女の能力も『上級魔法使い』の名に値するんじゃないかと思うのだけど、外界人で『魔法院』公認の資格を持っているのは私だけだという。タニファの使命を担っているので特別扱いなんだろうけど。


「あら、もう行かないと馬車が出ちゃうわ」


 窓から差しこむ夕陽に気づいたジャニスが立ち上がった。


「ええ? 次の馬車でもいいだろ? ハルカがまだ落ち込んでるじゃねえか」


 エリムム入りのクッキーを頬張りながら、ニッキが異議を唱える。口から寄生生物の脚が突き出ていると超美形も台無しだ。


「うちの村への直通便は次ので終わりなのよ。王都経由だと乗り換えが面倒でしょ?」


「しかたねえなあ。よし、ハルカ、今夜俺んとこに来いよ。おれが慰めてやるからさ。な、いいだろ?」


 そう言って、彼はまばゆいばかりの笑顔を私に向けた。


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