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村人たちの気遣い

「おう、ハルカはいるか?」


 事務所のドアが勢いよく開き、鍛冶屋の若大将オルレイロが入ってきた。


「これ、持ってきたんだがな」


 そういいながら、担いできた飛行バイクを床の上にどんと置く。


 別れたことをリリーダニラさんに話してからは、傷心の私を慰めようと村人たちが次々とやってくるようになった。今朝は彼で三人目だ。


 彼らがくれたプレゼントが事務所の隅で山になっている。不用品っぽいものもあるけれど、どれも思いやりが感じられるものばかりだ。贈り物に込められた念は見える人には見えるので、エレスメイアで人に物を贈るときは細心の注意が必要なのだ。


 お隣のラウラおばさんもひっきりなしに顔を出し、その度に焼き菓子を置いて行った。これでは次の彼氏ができる前に体形が変わってしまう。 


「俺の甥っ子がすっかり育っちまってな。もう乗れないんだ。ハルカは小さいからちょうどいいだろ」


 私が小さいんじゃなくて、オルレイロの一族がでかすぎるだけだと思うんだけど。


「私が乗れるって知ってたの?」


「ラウラに聞いたんだ」


 おばさんに話したことあったっけな? 『魔具』を使って空を飛ぶ魔法は、単純なように見えて使える人は意外に少ない。留学中に授業で乗ったので、自分が浮けることは知っていたけど、空を飛ぶのは怖いのでそれ以来バイクに触れたことはなかった。


 貰っても使うかな? でも、断るのは失礼だそうなのでありがたく受け取った。


 世間話をしながらもオルレイロは仕事中のレイデンの方にちらちらと目をやる。村人たちはレイデンが私にべた惚れだったのを知っているので、彼の方から別れ話を持ち出したことが信じられないらしい。


「ところでだな……」


 オルレイロが背筋を正した。


「今夜俺んとこ、来ないか?」


「え、今夜?」


 今夜なら空いてるよ、と言いかけたその時、くるぶしにちくりと痛みが走った。下を見るとケロが私の足に爪を立てていた。


「痛っ……」


 睨んだら、猫は耳をパタパタさせている。黙ってキッチンに来いという合図だ。


「ちょっとごめんね」


 オルレイロを残してキッチンに入ると、ケロが小声でささやいた。


「あれさあ、俺と一夜を過ごそうって意味だよ」


「え?」


「つまり、ハルカとセック……」


「意味はわかったから」


「どうせまたオーガ料理の試食会に誘われたと思ったんだろ?」


「うん」


 オルレイロは自分の身体に流れるオーガの血に誇りを持っており、最近は伝統料理に凝っている。新しい料理を作っては友達にふるまってくれるのだ。量がやたらに多い事を除けばなかなかいけるので、誘われたら食べに行くことにしている。


「でもなんで?」


「詳しいことは後でいいだろ? とりあえず断った方がいいよ。あ、もちろんハルカがいいって言うんだったら……」


「よくないよ。断ってくる」


 私は緑色がかった肌を茶色く染めているオルレイロに、今夜は行けないと伝えた。


「……そうか。来週飯を作るからその時はきてくれよ」


「うん、ありがとう」


 明らかに失望した様子のオルレイロを見送った後、ケロに詳しく説明してもらった。要約するとこんな感じだ。


『エレスメイアには失恋した人を体で『慰める』風習がある。これにはちゃんとルールがあって、必ず「今夜、自分の所に来ないか」と誘わなくてはならない。別に夜でなくても構わないし、相手の家でいたさなくてもいいのだが、そういう決まりなのだ。断っても後腐れは一切なし。そして、一度断られても引き下がらない場合はセクハラと認定される』


 性的関係を持つことに後ろめたさのないエレスメイアならではの習わしなのだが、効き目はあるそうで、一種の民間療法のように気軽に行われている。そこから新しい恋が始まることも珍しくないらしい。


 いくら効果のあるセラピーだと言われても、私にはハードルが高すぎる。その後も男女問わす色々な人にお誘いを受けたけれど、すべて丁重にお断りさせていただいた。


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