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ゼッダの告白

 翌日の午後も私とレイデンは病院を訪れた。ゼッダの様子を知りたかったのもあるが、彼に付きっ切りのシホちゃんのことも心配だった。


 病室に入ると、私たちに気づいたシホちゃんが顔を上げた。両手はゼッダの前足に添えられているが、心なしか表情が明るい。


「やっと熱が下がったんです。それに、さっき少し動いたの」


「まだ安心はできんが、峠は越したようだな」


 私たちの後ろからラゴアルさんが入ってきた。回診の途中らしくフォルダのようなものを抱えている。


「竜の血が回復の助けになってくれたようだ」


「そうですか。よかった。ドレイクにお礼を言っておかなくちゃ」


「やっぱり……」


 シホちゃんが私の顔を見上げた。


「……『ドラゴンスレイヤー』はレイデンさんではなくてハルカさんだったんですね」


「え? あ、それは……」


「そうですよ。スレイヤーはハルカです」


 私が言い訳する前に、レイデンがあっさりと認めてしまった。


「レイデン?」


「遅か早かれ気づかれると思っていました。本当に私が『スレイヤー』であるのなら、ハーピーごときを倒せないわけがないですからね」


「シホちゃん、これは機密なの」


「わかってます。でも竜と話せるなんて凄いんですね」


「ハルカは我が国の誇る『ドラゴンスレイヤー』だからな。竜から血を貰ってくるなんて前代未聞だ」


 ラゴアルさんは私の肩に手を置いて、自分の事のように胸を張っている。


「やめてくださいよ。ドレイクの気前がよかっただけなんですから」


 代価をキスで支払ったのは秘密にしておこう。


「謙遜することはなかろうに……待て! 今ゼッダが動かなかったか?」


 ラゴアルさんの声に、全員の視線がゼッダに向けられる。彼の頭がかすかに動き、目がゆっくりと開いた。


「……シホ? ……シホ……そこにいるのか?」


 細くかすれた声がシホちゃんを呼ぶ。


「ここにいます」


 シホちゃんが身を乗り出した。両手はゼッダの前足を握ったままだ。


「……シホ……」


「はい」


「……好きだ……」


 彼はそれだけ言うと、再び目を閉じてしまった。


「ラゴアルさん、今のは?」


 私は彼女を振り返った。


「ふむ、告白のようだな」


「そうじゃなくて、ゼッダは大丈夫なんですか?」


 彼女はベッドに歩み寄り、大きな狼の額に手のひらを押し当てた。どういう魔法なのかは知らないけれど、彼女は手で触れるだけで、患者の状態がわかるらしい。


「心配はいらないよ。もう少ししたら意識が戻るだろう」




 ラゴアルさんの予想通り、しばらくして目を覚ましたゼッダは恥ずかしそうに弁解した。


「俺、もう死ぬと思ったからな、最後だと思って言ったんだ」


「私も好きです」


 目をまん丸にした狼の首をシホちゃんが抱きしめた。



        *****************************************



「ハルカ、気分が悪いのですか?」


 村への帰り道、レイデンが足を止めて私の顔を覗き込んだ。


「ゼッダたちのことを考えてたの。両想いになってもあと五週間でお別れなんて……」


 シホちゃんには今のところ、目立った能力はないようだ。このままでは滞在許可が下りることはないだろう。


「まだ望みはありますよ。高度な呪文を習うのはこれからですからね」


「……うん、そうだね」


 授業ではまだ教科書の後半に入ったばかりだ。使える者が極端に少ない呪文が増えてくるので、生徒さんのストレスにならないように、簡単なものと交互に習うことになっている。


 だからといって国が欲しがるほどの才能を持った人間はそう見つかるものではない。


 滞在許可が下りなければ、シホちゃんは二度と戻っては来られない。人狼のゼッダは『魔素』のない外界では生きてはいけない。離れ離れになるしかないのだ。


「ハルカ、元気を出してください。まだ何も決まったわけではないんですから」


 彼はかがんで私の額にキスしてくれた。


「うん、ありがとう」


 そのまま何も言わず、彼は私の手を引いて歩き出した。手袋越しにぬくもりが伝わってくる。私は改めて彼と共に過ごせる幸運に感謝した。



        *****************************************



 その日の夜中過ぎのことだった。私の隣で眠っていたレイデンが突然に悲鳴を上げた。


「レイデン? どうしたの?」


 私は急いで身を起こし、指輪を振って明かりをつけた。


「そんな…… どうして……どうして 私が…… 」


 彼の目は開いていたが、視線は私を通り抜けてどこか遠くを見つめている。私は彼の肩をつかんで揺さぶった。


「レイデン、起きて。目を覚まして」


「ハルカ? ああ、ハルカ…… 」


 瞳が私の顔に焦点を合わせる。腕を伸ばして私に触れようとしたけれど、その指先は大きく揺れていた。どうしたんだろう? 何かの発作? 


「落ち着いて。どうしたの?」


 震える彼の身体を抱き寄せた。


「夢を見たの?」


「え……ええ、……とても……恐ろしい夢でした」


 彼は涙に濡れた頬を押し付けてきた。身体の震えは止まらない。汗で冷えた肌を通して彼の不安が染み込んでくる。


「水を持って来ようか?」


「いえ、ここにいてください」


 私は明かりを消して、彼が再び寝入るまで彼の体を抱きしめていた。


 本当に夢だったんだろうか? 『魔素』に満ちたこの世界にいても、私の直感は外れる方だ。けれども、今回ばかりは何か取り返しのつかないことが起こってしまった気がして、眠りにつくことができなかった。



        *****************************************



 翌朝、私とレイデンは病院までシホちゃんを迎えに行った。レイデンはいつものレイデンで、でもなんとなく生気が欠けている気がした。


「シホさん、学校に行く時間ですよ。支度をしてください」


「で、でも」


「授業を休めばここにいる資格を失うのですよ。強制送還になってもいいのですか?」


「え?」


「ゼッダにはラゴアルさんたちがついてます。心配いりません」


「シホちゃん、疲れてるんじゃない?」 私はレイデンの耳元でささやいた。「今日ぐらいは休ませてあげたらいいじゃない。予備日もあるし、そこまで厳しくしなくてもいいいでしょ?」


「そうは行きませんよ」


 彼は何かを知っているらしい。でも、説明するつもりはないようだった。私たちはシホちゃんを王都行きの馬車の乗り場まで送って行った。



        *****************************************



 まもなくゼッダは退院し、村に戻ってきた。彼の回復は目覚ましく、すぐに仕事にも復帰した。シホちゃんは「人間のゼッダさんに会うと緊張するんです」なんて言ってはいたものの、毎日のように彼の家を訪れ、二人で仲睦まじく過ごしていた。


 留学生の規則には反するけれど、今までの経緯を考えれば今更付き合うななんて野暮なことは言えない。最後まで二人を見守るつもりだった。けれども今までに何度も生徒たちを見送ってきたゼッダは、二人を待ち受ける運命を忘れてはいないだろう。


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