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選考会当日

 翌朝、私たちが会場に着いた時には、門の外に受験者が列を作っていた。今回は日本での開催なので、やはり日本人の割合が高い。厳しい書類選考を通った人だけが参加できるのだけど、年々願書が増える一方なのでここ数年は抽選も行う。


 受験資格があるのは国籍にかかわらず、二十歳以上と決まっている。社会経験がある方が書類選考には有利だ。簡単に言えば、子供の面倒なんて見てはいられないという事なのだ。異世界に行ってまで修学旅行先で宿から抜け出して遊びに行くような行動をとられては困る。当然ながら選考会場で反社会的な行動を取ればその場で落とされる。


 エレスメイア側の条件はただ一つ、『留学生は魔力の持ち主である』ことだけだ。けれども外界側は国交を閉ざされることを何よりも恐れている。トラブルの種になりそうな人物は書類選考や選考会で徹底的に排除するのだ。




 今朝は最初に打ち合わせがある。先に立って歩き出した私を矢島さんが呼び止めた。


「ハルカ、杖を忘れたぞ」


「え? 私は持ってなくてもいいんでしょ?」


「選考会では『魔法使い』は杖を携帯する決まりだ」


「使えもしないのにって文句言ってませんでしたっけ?」


「そりゃ分かってるが、上からのお達しなんだよ。選考会の権威付けだな」


「杖にカバーをかぶせてるんですけど、取らなくてもいいですよね?」


「どうしてだ?」


「青い石とパピャイラの杖ですよ。おまけに三本線も入ってるんです。さすがに見られたらまずいでしょう?」


「なんだって? 『スレイヤー』の杖を持ってきちまったのか!?」


 矢島さんが目を剥いた。


「だって自分の杖を持ってこいって指示でしたから」


「仕方ないな。俺が言い訳しといてやるからケースに入れたまま身に着けておけ。誰にも触らせるなよ」


 私の杖、重いんだけどなあ。キャンバス地の釣り竿ケースに入れてあるので、そのまま肩に担いだ。


 関係者はスーツ着用を義務付けられている。矢島さんもレイデンもスーツ姿で魔法使いの杖を持って歩くのだ。見ていてなんだか気恥ずかしくなってしまう。


「なんだ?」


「中二病をこじらせた大人みたいですね」


「言うな」


 矢島さんが赤くなって睨んだ。本人も分かっているらしい。


 打ち合わせは体育館で行われた。エレスメイア部門の人たちも留学経験者は全員杖を持っている。留学の記念に作ってきた杖なのだろう。費用は国が出してくれるので、ここぞとばかりに高級な素材が使われている。


 日本で働く人はおしゃれだな。足が冷えるのが苦手なので私はパンツスーツを着てきた。ニュージーランドで仕事着にしていた服だからスタイルも質感も少々古臭いのは仕方ない。長時間立ちっぱなしになるので足元はペタンコ靴だ。


 女性陣が私の方にちらちら目をやる。やっぱり釣り竿ケースが気になるのかと思ってたら、背後のレイデンを見ているのだと気づいた。彼女たちが赴任していれば彼に出会えた可能性もあったのだ。特に独身の女性二人にはますます恨まれてしまいそう。打ち合わせが終わると私は急いで体育館を出た。



     *****************************************



 第一次選考は実に単純だ。『魔素部屋』に入ってくる受験者にケロが話しかけ、彼の言葉が理解できなければそれで終わり。会話が続けば二次選考に進む資格を与えられる。


 魔力のある人が交代で試験官として『魔素部屋』に入る。私とレイデンは朝一番に当番が回ってきた。次々に受験者を招き入れ、ケロと顔を合わせたらすぐに反対側のドアから送り出す。人数が多いので持ち時間は一人につき一分もない。簡単な流れ作業だけど気分のいい仕事ではない。ほとんどの受験者が失望を顔に浮かべて出ていくことになるからだ。


 一人目の合格者は生き物好きのシホちゃんだった。彼女はケロを見るなり、目を輝かせた。


「こんにちは。外では雨が降ってるの?」


 ケロが尋ねる。


「いいえ、いいお天気ですよ」


 猫の言葉が分かったとたん、ぱっと笑顔になったけど、彼女は落ち着いて質問に答えた。これで彼女が魔力の持ち主なのは判明した。けれども、翻訳魔法に問題がないか確認するため、しばらく会話を続けてもらう。


「お寿司のネタは何が好き?」


「マグロです。あの、猫さんには触れないんですか?」


「ごめんね。規則で決まってるんだ」


「合格したら会えますか?」


「うん、僕はエレスメイアの留学事務所で働いてるからね」


 シホちゃんが出ていくと、受験者リストの彼女の名前に印をつけた。


「あの子、次の審査も受かるといいね」


 ケロはすっかり彼女が気に入ったようだ。試験官が贔屓しちゃいけないんだけどね。



 こんな調子で暗くなるまで選考試験は続いた。昼食以外は一時間おきに短い休憩が入るだけなので、終わる頃にはケロは綿の抜けたぬいぐるみみたいにぐったりしていた。



     *****************************************



 集まったときは賑やかだった受験者たちも帰りはおとなしい。自分に魔法の力がないと知れば誰もがショックを受ける。たとえ外界では使えないと分かっていてもだ。選考を受けられるのは一生に一度きり。魔力を持たない者がどんなに努力しても変わることはないからだ。


 外界には何十億という人がいるのに、選考会に参加できるのはほんの一握りだ。自分が魔力を持っているとは知らずに一生を終える人はたくさんいるのだろう。タニファに出会わなければ私もその一人になっていたはずだ。院長曰く、『縁』も魔法の働きによるものらしい。縁で繋がっていさえすれば嫌でも引き寄せられるのだと言う。私みたいに。


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