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ジョナサンの懸念

 翌日は矢島さんに叩き起こされ、都心から離れた選考会場に直行した。明日の選考会の準備は『ICCEE(アイシー)』の職員立会いの下、ディアノ留学センターの社員が行うことになっている。


 魔法を危険視する人も少なくないので、選考会場には住人の少ない場所が選ばれる。今回の会場は最近廃校になった田舎の小学校だ。ここでも門の周りを記者らしき人たちがうろうろしていて、警備員に注意を受けている。


「使えもしないのに邪魔だな」


 矢島さんは手に持った茶色い杖でトントンと地面を突いた。今日は 『ICCEE(アイシー)』の職員として参加しているので、魔法使いの証である杖を持って歩かなくてはならないそうだ。


「そうですよね。箸で間に合いますもんね」と言ったら睨まれた。


 ケロのケージを押して、古ぼけたコンクリートの校舎に向かう。中には人影が見える。本社の人たちはもう作業を始めているようだ。


「ヘイ、キュウタ! ハルカ!」


 明るい声に振り向けばジョナサンが足早に近づいてきた。彼もニュージーランドから呼び出されたらしい。驚いたことに矢島さんは別人のような笑顔を浮かべて、ジョナサンとハグを交わした。


「お二人は友達だったんですか?」


「そうだよ。僕もキュウタも第一期生だからな」


 ジョナサンもにこやかに答える。


「キュウタって矢島さんのニックネーム?」


 私の質問に、彼は気まずそうにうなずいた。


「どうして?」


「俺の名前が久太郎だからだ」


「キュウタロウ? 矢島さんが?」


「笑うな。失礼な奴だな」


 当然ながらジョナサンを交えての会話は英語で行われている。今まで翻訳魔法で楽をしてきたせいで、英語で話すのが億劫だ。


「ニッキは元気にしてるのか?」


「さあ、しばらく会ってないな」


 ジョナサンの質問に矢島さんは気のない返事を返した。


「僕はあっちには行けないんだから、たまには遊びに来いと伝えてくれよ。今回は来るかと思ってたんだがなあ」


「ニッキなら先月うちの事務所に寄ってくれましたよ。王都に来たついでだって言いながら、お土産を届けてくれたんです」


「ツンデレだからな。ハルカの顔を見たかったんだろう」


「彼とは留学中に知り合ったんですか?」


「ああ、当時はあいつも王都で勉強しててな。放課後、よくつるんでたんだ」


「へえ、矢島さんもニッキと仲良かったの?」


「いや、全然だ」


 矢島さんがぶすっとした顔で答えた。そりゃ、そうだよね。矢島さんとニッキって口も態度も悪いから、二人揃えば喧嘩にしかならないだろうな。


「うわ、写真流出のイケメンじゃないか! 実在したのか」


 ジョナサンが唐突に大声を上げた。私の背後のレイデンにようやく気づいたのだ。注目が自分に移ったことに気づいたレイデンは進み出てジョナサンと握手を交わした。


「こいつはリェイドィンエナーニュリィアルシュだ。ハルカの彼氏といったほうが早いけどな」


 名前にこだわりのある矢島さんがエレスメイア名でレイデンを紹介する。


「ハルカの彼氏なのか? こりゃ、フイアが妬くな」


 その時、校舎の扉が開き、恵子さんが現れた。私たちが無駄話をしているのを窓から見たのだろう。


「すみません。すぐに行きます」


 慌てて駆け寄った私に、恵子さんは小さな冊子を差し出した。


「これ、もらってないでしょ? 昨日渡すはずだったんだけど、担当の子が忘れたって」


 受け取ってパラパラとめくると、会場の見取り図や今日と明日の予定表など、事前に知っておくべき情報が満載だ。顔を上げたら、恵子さんは肩をすくめてみせた。担当の子はうっかり忘れたわけではなさそうだな。


「ハルカちゃんは、今回は矢島さんの助手ってことにしてあるから、一緒に行動してくれる? 今日は『魔素部屋』の準備をしてもらうって伝えておいたからね」


 恵子さんの気遣いはありがたい。今日は本社の人たちと顔を会わさずにすみそうだ。



     *****************************************



 私たちは校庭の中央に建てられた小さなプレハブ小屋――通称『魔素部屋』――に向かった。ケロから溶け出す『魔素』を充満させたこの小屋の中で、第一次選考の試験が行われる。


 校庭の真ん中にぽつんと建てられているのは、魔法が暴発したときに被害を最小限に抑えるためだという。


「『魔素』の持ち込みには反対も多いんだ。安全対策は万全です、ってアピールだよ」


 解説しながら矢島さんがドアを開けた。中は八畳間ほどの広さで、反対側にも同じようなドアがあった。一角が透明のアクリル板で仕切られた小部屋になっている。


「これは?」


「明日はケロがその中に入って面接の相手をするんだよ」


「刑務所の面会室みたい。ここまで用心しないといけないんですか?」


「記念に僕をモフモフしておこうって人もいるからね」


 やっとケージから出してもらえたケロが大きく伸びをした。


 レイデンが小屋の内側から『魔素』封じの呪文をかけた。部屋が『魔素』で満たされると、早速ジョナサンとケロがおしゃべりを始める。久しぶりに会ったので積もる話があるようだ。


 準備といってもたいしてやることはない。試験官の机と椅子にケロ用のクッションを運び込んだら、それで終わってしまった。


「今からいくつか打ち合わせがあるんだ。後で試験の予行演習をするからな。それまでここでのんびりしてろ」


「そうはいきませんよ。助手がさぼってちゃ叱られます」


「お前はここでケロのボディガードだ。あっちに行ったら意地悪されるんだろ?」


「僕もさぼるから付き合ってくれよ。直接会うのはニュージーランド以来じゃないか」


 ジョナサンも私を引き留めるので、諦めて部屋に残ることにした。


「意地悪ってなんのことだ?」


 矢島さんが出て行ったとたん、ジョナサンが尋ねた。


「私のせいでエレスメイアに行けなくなったんで、部署の人たちに恨まれてるんですよ。いい加減にしてほしいんですけどね」


「へえ、そうなんだ。まあ恨む気持ちは分からないでもないけどな。毎日『魔素』を浴びていられるなんて羨ましいことこの上ないよ」


 しまったな。ジョナサンも彼らと同じ立場なんだった。私の気まずそうな表情に気づいて、彼は笑った。


「気にしなくてもいいさ。さて、君に聞いておきたいことがあるんだ」


「はい、なんですか?」


「君は 『ICCEE(アイシー)』を信用してるのか?」


「え? どうしてそんなこと聞くんですか?」


「僕はまったく信用してないからさ」


 唐突な告白に私は戸惑った。ケロもレイデンもいるっていうのにこんな事話しちゃっていいんだろうか? 


「で、でも、ジョナサンも『ICCEE(アイシー)』の職員でしょ?」


「魔法と縁を切りたくないから、就職したんだよ。表向きは文化交流のための国際機関だが、胡散臭い事この上ないからな」


 それは誰もが多かれ少なかれ感じていることだ。 『ICCEE(アイシー)』に出資している国々が興味を持っているのは、魔法に関する知識とそれが生み出す利益なのだから。だからって職員がそれを口にしちゃまずいでしょ。


「ハルカは 『ICCEE(アイシー)』には知りえない情報を握っているはずだ。『魔法院』に出入りさえしているかもしれないな」


 あれ、どうしてそんなの知ってるの? 私の顔を見て彼はニヤリとした。


「図星っぽいが、答えなくていい。タニファの使命を受けてるハルカが、ほかの滞在者とは異なる扱いを受けてるなんてことは馬鹿にでも想像がつく。 君から情報を引き出せと『ICCEE(アイシー)』はお目付け役に命じているはずだよ」


「お目付け役なんていませんよ」


「そうか? しょっちゅう君の様子を見に来る奴がいるんじゃないのか?」


「……もしかして、矢島さんを信用するなと言いたいんですか?」


「簡潔に言うとそうだ」


「私、矢島さんは信頼できると思いますよ。ジョナサンだって友達なんでしょ?」


 彼は眉を寄せて腕を組んだ。


「俺たち下っ端の間の噂なんだがな。『本部』で働く奴らは、最初にある通過儀礼を受けるんだそうだ。聞いたことあるか?」


「いえ、何をするんですか?」


「組織への忠誠心の度合を測るテストのようなものらしい。『魔素』のある環境で魔法を使って行われるそうだ」


「怪しい秘密結社みたいですね」


「僕はキュウタは好きだし、信じたいと思ってる。だが、ハルカの担当を任されるぐらいだ。『ICCEE(アイシー)』からはかなりの信頼を置かれていると思って間違いない」


「あの……」


 後ろにいたレイデンがおずおずと口を挟んだ。


「……矢島さんはいい人ですよ。私は信頼していますが……」


 ジョナサンは怪訝そうに彼の顔を見返した。


「何を根拠に言ってるんだ?」


「レイデンの能力なの。彼には人の本質が見えるんです」


「へえ、凄い力があるんだな」


「私の知る限り、彼の判断は確かですよ」


 本人の自己評価が低いことを除いたらの話だけどね。


「そうか。だが、キュウタ自身は 『ICCEE(アイシー)』の指示に従うのが正しい事だと思っているのかもしれないぞ」


「それはそうですね」


「 『ICCEE(アイシー)』はエレスメイア側が思っている以上に、『魔法世界』の事を知っている。これ以上の情報を与えるべきじゃないんだ」


「心配しないでください。機密に当たるような話は一切してませんし、矢島さんに質問されたこともありません」


「俺がどうしたって?」


 突然にドアが開き、矢島さんが隙間から顔を出した。


「どうせ、俺の陰口叩いてたんだろ?」


「ああ、そうだ。お前の留学時代の愚行を話してやってたんだよ」


 ジョナサンは顔色も変えず、ぺろりと舌を出して見せた。


「十五分後に予行演習やるってさ。セットアップしといてくれ。分からないことはケロに聞け」


 矢島さんはそう言い残して、姿を消した。


「聞かれたと思いますか?」


「わからないな」


 ジョナサンは肩をすくめただけで、もうその話題を蒸し返そうとはしなかった。




 その後、何事においても無駄を嫌う矢島さんはさっさと打ち合わせと予行演習を終わらせ、私たちは予定よりも早くホテルに戻った。


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