日本到着
翌日の午後、飛行機は自衛隊の駐屯地に着陸した。日本国内では『魔素』を放出する『魔法世界』の生き物は自衛隊の監視下に置かれる規則になっている。とはいえ、エレスメイアからの客人の機嫌を損ねるわけにはいかないので、わりと融通が利く。ボディガードはつくけれど、滞在先は都内のホテルにしてもらえた。
「ホテルなんですね」
「悪いな。旅館は警備が難しいんだよ」
「私たちって狙われてるんですか? 前回帰った時は民間機でしたよ」
「お前はただの代理店の社員ってことになってるからな。危ないのはケロだ。『魔素』を含んだ『魔法生物』の価値は計り知れん。略奪されて闇の市場に売られでもしたら困るだろ?」
ホテルに着くと、最上階のスイートに案内された。矢島さんが先頭に立って部屋に入る。
「もしかして矢島さんもここに泊まるんですか?」
「側近とかボディガードが泊まれる部屋があるんだよ。お前たちの邪魔にはならんから心配するな」
「そんな部屋があるなんて、VIP専用のスイートみたいですね」
「VIP専用のスイートだからな。ルームサービスも使っていいぞ」
ラウンジに用意されていたライオンでも余裕で入りそうな巨大なケージにケロを移した。中からレイデンが『魔素』封じの呪文をかける。飛行機を降りてからはケロともレイデンとも会話ができなかったので、私も中に潜り込んだ。
「ふー、疲れた。僕は寝るよ」
ケロは大きなクッションにごろりと横になった。骨の模様がついてるところを見ると犬用のクッションだけど、黙っておいたほうがよさそうだな。
「ドイツからずっと寝てたのに?」
「猫は飛行機が苦手なんだよ。矢島さんもいびきかくしさ。それに、ハルカ達は今から忙しいんだろ?」
「今日は予定は入れてないよ」
「いえ、忙しいですよ」
呪文をかけ終わったレイデンがケロに同意した。
「さ、ハルカ。行きましょう」
「どこに?」
「もちろん、ベッドにです」
レイデンは私の腕を引っ張って、両開きのドアから絢爛豪華な寝室に連れ込んだ。キングサイズどころではない巨大なベッドが部屋の真ん中で待ち構えていた。
「ええと、旅の汚れもあるし、先にシャワー使うね」
私はポーチと着替えをスーツケースから引っ張り出して、オンスイートのバスルームに駆け込んだ。
胸がバクバクして心臓発作を起こしそう。こんなに積極的なレイデンは見たことがない。『目玉』というコンプレックスがなければ、物凄い女たらしになってたかも。
服を脱いだところで、いきなりドアが開いて彼が入ってきた。今まで浴室に入ってくるなんてことは一度もなかったので、ドアをロックしてなかったのだ。
慌ててタオルを巻いて身体を隠した。いくら恋人同士だからって、明るいところで見られるのには抵抗がある。
レイデンはバスルームの中を興味深げに見回して何か言った。外界の設備は分からないから教えろとでも言ってるのかな?
「あ、後でいいでしょ? レイデンが使う時に教えてあげるよ」
彼は大きな風呂おけを指さした。これに入りたいの?
「じゃ、お湯を張っておいてあげるね」
私は操作パネルを触ってお湯を出し、ドアを指さした。
「出て行ってくれないかな?」
彼は笑顔で首を振ったかと思うと、私の身体からタオルをはぎ取り、壁のタイルに押し付けてキスしてきた。一連の動きがあまりにも滑らかで逃げる隙もない。
「ちょっと、強引過ぎるでしょ? どうしちゃったの?」
言われても彼には理解できない。唇を合わせながらも彼の視線は壁の鏡にちらちらと向けられる。
レイデンって矢島さんに劣らずナルシストだったんだな、と思ってから気がついた。違う、そうじゃない。自分の姿が三つ目の化け物に戻っていないか確認してるんだ。
わかったとたんに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。彼にとって人間の姿でいられることがどれほど素晴らしい経験なのかちっとも理解していなかった。これじゃ恋人なんて失格だ。
「ごめんね。一緒に入ろうよ」
私はそっとキスを返し、彼の身体を抱きしめた。ようやく私に受け入れられたのがわかったらしく、彼の笑顔が大きくなる。
お互いの身体をシャワーで流し合い、深い湯船の中でキスを交わした。恋人同士なら当たり前のこんな行為も、私たちには許されないことだったのだ。
「悪い魔法が解けた王子様みたいだね」
彼の額に触れながら、通じないのを承知で話しかけた。どうしてこんなに優しくて純粋な人が『ミョニルンの目』なんて気味の悪い物を背負わされてるんだろう? 『目玉』から彼を解放する方法がどこかにあればいいのに。
浴槽から上がると、レイデンは別の意味でのぼせてぐったりしている私をベッドまで運んだ。
「ハルカ、ウニュンディ」
そう言ってニヤリと笑うと容赦なく身体を押し付けてくる。私の知ってる控えめなレイデンはどこに行っちゃったんだろう?
明るい部屋では決して私を抱こうとはしなかったのに、カーテンもブラインドも全部開いたまま。こうして素肌を触れ合わせたまま、彼の顔を見たことは一度もなかった。『目玉』に押しつぶされていない熱のこもった緑の瞳はまぶしすぎて直視できない。
目をそらしたら両手で顔を押さえつけられた。自分の顔を見ろと言っている。「イケメン過ぎて無理」と言ったら通じたらしく、またもやニヤリと笑う。
この日は空が薄暗くなるまで一度たりとも離してはもらえなかった。




