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シスカのトラブル

 シホちゃんの問題が片付いたと思ったら、今度はシスカのホームステイ先から連絡があった。


 昨夜は門限を三時間過ぎるまで帰宅しなかったという。その前の日も遅かったので注意したところだったのに、翌日も同じことをやらかしたので、報告してくれたのだ。


 私は学校に出向き、授業が終わったところで彼女を捕まえた。シスカは私が待ってた理由が予想できたようで、ばつの悪そうな顔をした。


「どうして遅くなったの?」


「友達ができたんです」


 それは構わない。留学生が誰と交流を持とうと自由だ。でもステイ先のルールには従ってもらわないと困る。


「どんな友達なの?」


 男だろうな、と思いながらも聞いてみる。案の定、彼女は顔を赤くして口ごもった。


「今日も会うつもりだったんでしょ? 私も一緒に行くね」


「え、ハルカさんが?」


 シスカが会いに行かなければ済む話だとは思うのだけど、念のために相手ときちんと話をつけておかないと、私の目の届かないところで誘い出される可能性もある。彼女には手を出さないと、呪文を介して『約束』して貰うのだ。


「あのね。研修会で聞いたこと覚えてるでしょう? 滞在許可を持たない人間が、異性と付き合うわけにはいかないの」


「そりゃ、ハルカさんはいいですよね」


 彼女はぷっと膨れてみせたけど、深入りする前に止めてもらえて少し安心したようにも見えた。



     *****************************************



 エレスメイアでは性に対する考え方が実にゆるい。飲みに行った先で出会った相手とのワンナイトスタンドなんて当たり前。外界人との考え方の違いは、昔から色々とトラブルの元になったらしい。多くの悲恋も生まれた。


 エレスメイア人が奔放なのには理由がある。こちらでは結婚しないと子供ができないので、避妊の心配をする必要がないのだ。


『結婚』という外界の言葉を使うと、誤解が生じるかもしれない。『婚姻の契約』は、共に家族をはぐくむパートナーとしての契約を魔法で結ぶものだ。お互いの魂と魂を結びつけるものだと言われている。


 当然ながら一度契約を結んでしまうと簡単に離婚もできない。というよりも二人が心から愛し合っていないと、契約自体が成立しない。生半可な気持ちで結婚することも、偽装結婚も不可能なのだ。


 ただし、ごくまれに契約を結ばなくても子供ができることもある。エレスメイアでは、その妊娠は世界にとって必然的な出来事であると考える。生まれた子供が私生児だと蔑まれることはない。それどころか特別な存在として大切に育てられるのだ。


 とはいえ、いくら妊娠する可能性が低いと言っても、滞在も許されない外界の人間がうっかり妊娠したりさせたりしたら、つらい結末しか待ってはいない。生まれた子供が大切に扱われるとわかっていても、子供を残して外界に戻らなくてはならないのだから。


 というわけで、生徒さん達には口酸っぱく注意するのだけど、年に一度はこういう事件が起きてしまうのだった。



     *****************************************


 

 私たちは待ち合わせの場所まで歩いて行った。城壁に沿った旧市街の路地裏は若者の溜まり場になっている。


 『壁』ができるまでは様々な地域と交流があったので、エレスメイアはまさに人種のるつぼだ。コーカソイドの割合が高いとはいえ、混血も進んで肌の色は様々。けれども、人間以外の種族の若者も混じり合っているので、人種の違いなど大して目立たない。


 背の高い褐色の肌をした若者がシスカに気づいて手を振る。細マッチョでなかなかのイケメン。そのうえ、茶色いパピャイラの杖を持っている。攻撃魔法の使い手ってことかな? 五、六人のグループのリーダー格のようだ。街中で攻撃魔法を使うことは禁止されてるから、そんな杖を持っていても使えないんだけど、女の子をひっかけるには便利なアイテムだ。


「シスカ、その人は?」


「留学代理店の者です。彼女がお世話になってるご家族が心配してるので、連れまわさないで欲しいんです」


 シスカの代わりに私が答えた。


「はあ? どういうことだよ?」


 邪魔が入って男は気を悪くしたようだ。責める気は起きない。彼は間違ったことをしているわけではないのだ。シスカが滞在許可を持たない外界人でさえなければ、止める必要はないんだけどね。


「今日はシスカは俺のとこに遊びに来るって言ってたんだよ。ちょっとぐらいならいいだろ?」


「生徒さんの安全を守るのが私の仕事です。彼女にはもう会わないでください」


 私は杖を持ち上げて、足元の石畳をどんとついた。


 今まで私が杖を持っていたことにすら気づいていなかった男の顔が、驚愕の表情を浮かべる。いつものように石にはカバーを被せてあるし、三本のラインにはテープをぐるぐる巻きにしてあるので、『ドラゴンスレイヤー』の杖だとは気づかれない。


 でも濃いこげ茶色を見れば、自分の杖よりもグレードの高いパピャイラの芯を使っているのは一目瞭然、つまり、よほどの攻撃魔法の使い手か、それとも見栄っ張りの金持ちってことだ。


 若者たちは不安げに顔を見合わせている。平和なエレスメイアにも不良はいる。でもこの子たちはちょっと粋がってるだけでたちの悪い部類ではないようだ。シスカを諦めてくれるといいんだけど。


 ところがイケメンの隣の小柄な男が笑いだした。


「外界の奴らは魔法が使えないんだぜ」


「おっと、そうだったな。じゃ、ただのこけおどしか」


 魔力のない者が入国を許されていないことは、国民の間ではあまり知られていないのだ。


 ああ、もう、早く終わらせたいのに。


 私は城壁に杖を向けて構えた。ちょびっとだけ脅かしてやろう。私が魔法を使えると納得したところで、交渉に持っていく。相手の力も見抜けないとは、たいした使い手ではないようだ。違法の攻撃魔法を使って戦う度胸は、この男にはないだろう。


 その時、「お前ら、なにやってるんだ」とドスの利いた声が響いた。


 山高帽を被った馬鹿でかいイタチのような生き物が、城壁の上から私たちを見下ろしていた。体に沿った黒いスーツは、外界の影響を受けたファッションだ。吊り上がった銀の目が爛々と光っている。北のほうから移ってきた種族らしいんだけど、名前は思い出せない。


「こんばんは。モッヘルさん」


 男があいさつした。


「そこにいらっしゃるのは代理店の姐さんじゃねえか。無礼な真似したんじゃないだろうな?」


 男が唸り声をあげて城壁から飛び降りたので、グループの若者たちは震えあがった。周囲の若者たちも、何が起こっているのか見ようと集まってきた。


 ああ、恥ずかしい。だからさっさと済まして帰りたかったのに。


「モッヘルさん、この人たちに、留学生にはかかわらないように言ってもらえる?」


 私の言葉に、彼はまた若者たちに向かって吠えた。


「外界人には手を出すなって言ってあっただろ?」


「すみません、モッヘルさん」


 若者は慌てて頭を下げた。これなら約束を取り付ける必要はなさそうだ。


「さ、行こう」


 私はシスカちゃんを促してその場を離れた。


「さっきの人、誰なんですか?」


「二年前に知り合った人なんだけどね。あなたが最初じゃないから」


「え?」


「男に引っかかった留学生ってこと。女に引っかかった子もいたけどね」


「すみません」


 二年前、モッヘルの手下の一人が留学生に手を出した。返してもらえそうになかったので、路面に穴をえぐって見せたところ、騒ぎを聞きつけたモッヘルが出てきて仲裁に入ったのだ。


 強力な攻撃魔法が使われたのは一目瞭然だったので、捕まるんじゃないかと心配してたのに、事件はいつの間にか立ち消えていた。


 私の関与に気づいた院長が手をまわしてくれたのではと疑ってるんだけど、真相はわからない。モッヘルは仁義には厚いらしく、密告はしなかった。今回も最初から彼に頼めば簡単に収まったんだろうけど、こういう筋の人間に借りを作ると、後から面倒なことになるのだ。



     ****************************************


 

 問題は解決したのに、事務所に戻ってからも気持ちがすっきりしない。もやもやして隣のレイデンに話しかけた。

 

「ねえ、人と人とが惹かれ合うのって、規則じゃ止められないよね」


「どうしたんですか? 憂鬱な顔をして」


「この先も同じような事件が起きるんだろうなあって思って。でも私にできるのは、傷が深くならないうちに別れさせることだけなんだよね」


「そうですね。生徒さんが滞在許可を貰わない限りは他に選択肢はありませんね」


 真剣な表情のまま、彼はうなずいた。


「でも、もしかしたら、その中には運命の出会いもあったかもしれないでしょ? もし自分が同じ立場だったらって思うと胸が痛むよ」


 レイデンの顔が赤くなった。


「私との出会いは運命の出会いですか?」


「うん、そう思ってるけど」


「ありがとうございます」


「お礼が出ちゃうんだね」


「はい、だって嬉しいですから」


「でもね、魔法の世界で理想の人と暮らしてるなんて、本当は夢かもしれないって心配になるんだ。レイデンがいなくなっちゃったらどうしようって」


「私はいなくなったりしませんよ。ずっとハルカのそばにいます」


 そう言って、彼は私を抱き寄せてくれた。


 タニファの予言が成就すれば外界に戻る予定だったので、こちらに来た当初は彼氏なんて絶対に作らないつもりで過ごしていたのだ。


 ところがレイデンが現れて、そんな気持ちは吹っ飛んでしまった。彼といられるのならエレスメイアに骨を埋めても構わないとまで思ってしまうのだから。恋心とは恐ろしいものだ。

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