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『王立魔法院』の午後

その日は午後から『魔法院』に行かなくてはならなかった。


『ドラゴンスレイヤー』である私も『上級魔法使い』に認定されている。けれども、ただ魔力があるというだけの私は、『魔法院』のアカデミックな雰囲気にはまだ馴染めていない。


 私は研究者というよりは研究対象だ。私の魔法は攻撃魔法と呼ばれるものの一種なのだが、『ドラゴンスレイヤー』の攻撃魔法のみが竜にダメージを与えることができるのだそうだ。


 今までにもサフィラさんに頼まれて様々なものを吹っ飛ばした。攻撃魔法の権威である彼女の研究室は魔法院の敷地の隅にあって、どうやって集めてきたのか、外界の武器も所狭しと並んでいる。


 禁止されている攻撃魔法もここでは合法的に使うことができるので、私も心置きなく練習させてもらった。そのおかげで他の魔法はからきしな私も、『ドラゴンスレイヤー』の呪文だけは自信を持って使える。実際に竜相手に使う機会なんて二度とはなさそうだけど、害獣退治のバイトには役に立つのだ。


 『魔法院』では魔法への造詣が深い者には研究室が与えられることになっている。研究なんてしない私は、とても小さな個室を貰ったのだが、休憩にしか使ったことはない。『ドラゴンスレイヤー』用の詰め所も用意されてるんだけど、出入りしてたら正体がバレてしまうので入ったことはない。


 この日はサフィラさんや他の魔法使いからの呼び出しもなかったので、部屋で読書でもしようと思っていたのだけど、シホちゃんのことが気になってなかなか集中できなかった。


 用事があろうとなかろうと週に一度は午後の数時間を『魔法院』の敷地内で過ごさなくてはならないのだ。諦めて散歩に行こうかと考え始めたとき、半開きのドアからルーディが顔を出した。


「ハルカ、暇ならお茶に行こうよ」


 彼に誘われるまま、本館の二階にある喫茶室に行った。気分転換したほうがよさそうだ。喫茶室の窓からは王都がよく見える。


 ありがたいことにエルスメイアにはコーヒーも紅茶もあった。コーヒーもお茶の木も昔、まだ『壁』がなかったころに暖かい地方より伝わり、魔力で守られた温室で育てられている。


 最近はエスプレッソも普及している。なんでも、コーヒー好きなある研究員が、ヨーロッパのカフェで修行をし、こちらに戻ってから魔法を応用する方法を編み出したらしい。バリスタが魔法でプレスしたコーヒーは外界のものよりおいしいぐらいだ。


 ルーディは『魔法院』でできた最初の友達で、私の正体も知っている。エレスメイアの動植物の研究をしており、竜にも興味があることから、院長が『ドラゴンスレイヤー』である私と引き合わせたのだ。


 彼は私が外界人であるのを知ると『魔法院』の案内を買って出てくれた。顔が広いので、色々な人にも引き合わせてくれる。研究員兼『上級魔法使い』でもあるのだが、彼がどんな魔法を使うのかは聞いていない。お互いの持つ魔力に関しては、相手が話そうとしない限り、話題にしないのが『魔法使い』の同士のマナーらしい。

 


 喫茶室の外の廊下をエルビィが足早に通り過ぎた。私たちの姿を見て、むすっとした顔のまま軽く会釈する。


 彼はいつも自分の研究室で竜についての文献を読んだり、絵を描いたりしている。部屋にいないときにはスーラの観察をしたり、ドレイクを眺めに行ったりしているようだ。棚の上には文献や古びた竜の鱗の破片がきちんと並べられている。


 彼の竜に対する情熱は本物だ。仲良くなろうと思って、プリントアウトしたドレイクの写真を持っていったりもしたんだけど、私がいる間はぶすっとした表情を崩さない。


「私、なんで嫌われてるのかなあ?」


「え、どういう意味?」


「だって、いつも私と会うと不機嫌になるんだよ」


「そんなことないさ。彼は人見知りなんだ。ハルカをずいぶんと尊敬してるようだよ」


 ルーディがおかしそうに笑った。


「ええ? あの態度で?」


「ハルカがドレイクに付きまとわれてるだろ? いつも、すげーなあ、かっこいいなあって言ってるよ」


 自分より強力な『スレイヤー』が現れて妬まれているのかと思ってたんだけど、単に人付き合いが苦手なだけ? 嫌われてるんじゃないのなら嬉しいけど、あの態度では信じろと言われても難しい。今度また話しかけてみよう。


 しばらくすると、今度は高級感あふれる美しいローブを纏った背の高い男性が通り過ぎた。『魔法院』公認の魔法使いたちは、外ではグレーのローブを着用するけれど、院内では外界の大学生のように好き勝手な服を着ている。男の身なりはずいぶんと浮いて見えた。


「あれ、あの人は?」


「彼は貴族だね。西側に貴族専門の棟があるだろ。本館には寄り付かないんだけど、院長にでも用があったんじゃないか? 『魔法院』に出入りしてる貴族は全員が『上級魔法使い』さ」


「ふうん。ずいぶんと格好いい人だね」


 この国には貴族という階級が存在する。階級は細かく分かれているようなのだが、外界の制度とは違うので、私のポンコツ翻訳魔法はすべて『貴族』と訳してしまう。


 貴族の特権は特殊な魔法を使う一族に対して与えられる。くわしくは知らないが、天候をコントロールしたり、病害虫の発生を抑えたり、人民の暮らしに深くかかわる魔法を使えるのだそうだ。


 馬でさえ公平に扱われるこの国に身分制度があるのはおかしな気もするけど、庶民は気にはしていないようだ。むしろそれだけの仕事をしてくれているのだと感謝し尊敬もしている。


 貴族の魔法は『血の魔法』だ。つまり遺伝する能力なのだ。一族全員に能力が発現するとは限らず、何世代か能力者が生まれなければ、平民に落とされる。


「真偽のほどはわからないけど、能力者を絶やさないように近親婚もするって話だな」


「そこまでするほど貴族の暮らしっていいものなの?」


 ルーディは不思議そうに私を見た


「違うよ。だってみんなが困るだろ? 彼らの魔法はこの国になくてはならない魔法だからさ」


「皆のために自己犠牲を強いられてるってこと?」


「そうだよ。だから特権を与えられてるんだ。それだって見返りに合うかは怪しいところだよ。僕のじいさんも元は貴族だったけど、庶民の暮らしの方が性に合うって言ってたな。ずいぶんと閉じられた社会らしいし、窮屈な暮らしをしてるんだよ。魔法に専念できるように体よく隔離されてるようなものだからね」


 封建制度の領主みたいなのを想像してたけど、私たちの世界の貴族とは根本的に違うもののようだ。


 そろそろ部屋に戻ろうかと思いはじめた時、喫茶室に院長が入ってきた。ルーディが慌てて立ち上がり頭を下げる。院長は『上級魔法使い』達からも一目置かれているのだ。一体この人はどんな凄い魔法を使うんだろう?


「ハルカ、ここにいましたか」


「お父さん、どうしたの?」


「お父さん? 院長が?」


 ルーディが目を見開いて私と院長を見比べる。


「うん、院長は私の父なんだ」


 最初は院長が養父だというのを隠していたが、最近は気にしなくなった。第一、みんなの反応が面白すぎる。


 それにしても、私が院長の養子だって話はすぐに広まると思ったのに、案外誰も知らないのには驚いた。『魔法院』の魔法使い達は口が堅いのだけど、特に院長に関する噂はタブーになってるようだ。それだけ尊敬されてるってことなのかな? そのおかげで院長の片思いの相手はいまだに不明なのだけどね。


「昔から娘が欲しかったものでね。養子にしちゃったんですよ」


 そう笑顔でルーディに告げると、彼は私に向き直った。


「丘陵地帯の工事は取り止めました。ドレイクに礼を言っておいてくださいね」


「わかりました」


 これって『交渉人』っぽい仕事だよね。『魔法院』からは『ドラゴンスレイヤー』として手当てまで出ているのに、何もしないでいるのは肩身が狭いのだ。ただの伝言係でも用事を頼んでもらえるとありがたい。


「ハルカも留学生のお世話で忙しいとは思いますが、たまにはうちにも戻ってきてくださいよ。あなたの好きなサケビダケの蒸し焼きを作りますからね」


 それを聞いて、素晴らしいアイデアがひらめいた。


「お父さん、久しぶりに留学生の受け入れをしませんか? あ、養子にしちゃダメですよ。それは私だけにしておいてください」



 シホちゃんは翌日、院長の家に引き取られて行った。

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