ゼッダの限界
「今すぐシホを引き取ってくれ」
朝一番にゼッダが飛び込んできた。
「どうしたの? あの子、なにかした?」
「俺がしたんだ」
「え?」
「昨日の晩、シホの泣き声が聞こえてきてな。隠れて泣いてたみたいなんだが、俺、耳がいいから聞こえちまったんだよ。狼の姿で部屋に行ったら、さびしいって抱きつかれてな、あんまり涙をこぼすもんだから、ついつい顔をぺろんとなめちまった」
「ええ? なめちゃったの?」
「それだけじゃない。首にかじりついたまま離してくれないし、そのまま隣で朝まで寝ちまったんだ」
「ホストファーザーと留学生が同衾はまずいですね」
レイデンが真面目な表情を崩さずに言った。
「でも犬のふりをしてたんでしょ? この場合は仕方なかったんじゃないかな。もうちょっとだけ待ってよ」
「駄目だ。お、俺が……」
ゼッダの顔が赤くなった
「俺が駄目なんだ。今朝なんて顔も見れなかった」
まあ確かに一晩中くっつかれていたら、意識してしまうよね。
新規で募集をかけているのだけど、いいファミリーが見つからない。たとえ新規で見つけても、ホストファミリーには事前に『魔法院』の調査が入るから、それにまた数日かかってしまう。
「昨日、ホストファミリーに空きがないか、ほかの代理店に問い合わせたところなの」
できればこの村からは離れないでほしいのだけど、この際仕方がない。
「ジャニスさんから返事が来てますよ」
今朝届いた郵便物の中から、レイデンが封筒を抜き取った。
「え、もう? レイデンの名前で連絡するとすぐに返事が来るんだよね」
ほんと、あの女、分かりやすいな。
「で、なんて?」
「今期は空きがないそうです。なんせうちは忙しいから、って書いてあります」
ありゃ~。
「ほかの代理店からも返事が来ると思うんだ。もうちょっとだけ待てないかな?」
「ダメだ」
ゼッダがきっぱりと言った。
「あの子はうちでは預かれない。すぐに出て行ってもらいたい。わかったな」
彼がドアを開けると、そこにはシホちゃんとシスカが立っていた。シホちゃんの顔を見れば彼女がゼッダの言葉を聞いてしまったのは一目瞭然だった。
「レイデン、彼女の荷物を取りに行ってやってくれ。俺は用がある」
それだけ言うとゼッダは振り返りもせずに森に続く小道へと向かった。
シホちゃんもホームステイの件で相談に来たらしい。泣きじゃくる彼女を事務所に迎え入れ、シスカにはシホちゃんが学校に遅れると伝えてもらう事にした。
「ゼッダはいい人なんだよ。女性と話すのは苦手だっていってたけど、そこまでだとは思わなかった。こんな事になっちゃってごめんね」
「わたしこそ迷惑かけてすみません」
全て私の責任なのに、謝られると胸が痛む。
「あのお宅、すごく可愛い犬がいるんです」
「ええと……あれがかわいく見えるの?」
「すごく優しい目をしてるんですよ。結局名前を聞けなかったからワンコって呼んでるんですけどね。もう会えなくなっちゃった」
シホちゃんが落ち着くと、レイデンと一緒に荷物を取りに行った。今日はうちに泊まってもらうしかないな。
私のミスでこんな事になってしまって、シホちゃんに謝りたいのだけど、そうなるとかわいいワンコの正体をばらさなくてはならなくなってしまう。せめてものお詫びに素敵なステイ先を見つけてあげないと。




