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竜に触れる

 出会った日の約束からもう三年近く経つけれど、ドレイクは毎週欠かさず私に会いにくる。一度だけ会えば北に帰るのかと思ってたんだけど、そう簡単にはいかなかった。


 毎週この時間は竜が出るということで、誰もが『魔法院』からメルベリ村への道を避ける。ドレイクには会うたびに卵を産めとせがまれ、毎回、同じような問答を繰り返す羽目になる。


「あなたも飽きないね。いい加減に諦めたら?」


「俺は暇なのだ。たいしてやることもないからな」


 竜は目を細めて私に頭を近づけた。竜の目を覗いてはいけないと言われたけれど、どうしても見返さずにはいられない。漆黒に見える瞳も、近くで見ればありとあらゆる色彩が混じ合い渦を巻いているのがわかる。絶えず変化し続ける万華鏡のようだ。


 今のところ、ドレイクの目を見たからって何も悪いことは起きてない。竜の目を近くで見た人間なんてあまりいないと思うし、ただの迷信じゃないのかな。 


「ほう、俺の目に見惚れているな」


「だってきれいだから。部屋に飾っておくからちょうだい」


「目が一つになると飛ぶときに困るな」


「冗談に決まってるでしょ? 貰ってもでかすぎて置く場所ないよ」


「ああ? お前の冗談はわかりにくいぞ」


「ねえ、そんなに暇だったらボランティアでもしたら。体力余ってるんでしょう? 道路工事でも手伝えばいいのに。山にまだ呪文が残ってて大変らしいよ」


「どの山だ?」


「オイオノに行く途中の丘陵地帯だって」


「なんだと? あの辺りの山が古い魔法で守られているのには意味があるのだぞ。『魔法院』の連中はそんなことも忘れてしまったのか?」


「そうなの?」


「山を削るのはやめたほうがいいな」


「わかった。院長に伝えておくね」



 メルベリ村と『魔法院』は隣り合った丘の上にあるので、途中でなだらかな谷のような場所を通る。今日は吹き抜けていく風が妙に冷たい。スカートなんて履いてこなきゃよかった。


「震えているではないか。寒いのか?」


「もうすぐ夏だと思って上着を持ってこなかったの」


「暖めてやるからこっちにこい。俺の身体は暖かいぞ」


 セクハラ親父みたいなセリフだな。卵を産めと言い寄ってくるだけでも十分にセクハラだけど。


「結構です。近づいたら食べるつもりでしょ?」


「お前みたいな小さいのを食っても、腹の足しにもならん 」


「私がいなくなったらまた世界最強に返り咲けるのに?」


 竜はふんと鼻を鳴らした。


「最強になってどうするんだ。お前は案外くだらん事を言うのだな。竜に触って見たくはないのか? 俺に触れた人間など、ここ数百年はおらんのだぞ」


 この竜、自尊心をうまいことくすぐってくるな。竜は不可侵の生き物だ。本人の許可なしに触れることは許されていない。それに金色のうろこがどんな触り心地なのか、確かに気になる。


「触りたい……かも……」


「ほれみろ」


 彼は鼻で笑うと、私に頭を近づけてきた。


「噛まないでよ」


 私は杖をドレイクに向けた。青い石には手縫いのカバーをかけている。ほかの『魔法使い』が青い石を使うことは許されていないから、見られたら『ドラゴンスレイヤー』だとバレてしまう。 『上級魔法使い』の印である三本の輪っかもマスキングテープでぐるぐる巻きにして隠している。せっかくの格好いい杖なんだけど、正体がばれては困るので仕方ない。


「嘘ついたら撃ち殺すからね」


「ふむ、お前にならできるだろうな」


 ドレイクが襲ってくるなんて本気で思ってるわけじゃないんだけど、突き放しておかないとこいつはどんどん図に乗ってくる。今でさえ十分に図々しいのに。


 私は指の先でドレイクの頬に触った。


「うわ、温かいんだね。変温動物じゃないんだ」


「ああ?」


 手のひらで顔のあちこちに触れてみる。金のうろこは岩のように固く、年輪のような刻みが入っている。どこもガチガチだけど、目の下の皮膚だけは少し柔らかい。


「そこ、掻いてくれ」


「かゆいの?」


「気持ちがいいのだ」


 掻いていてやるとうっとりと目を閉じる。大きな犬みたいだな。ちょっとかわいいかも。


「ところでさっきの卵の話だが」


「彼氏がいるっていったでしょ?」


「それは全く構わん」


「私が構うって言ってるの。聞いてないの? 鳥頭なの?」


 ドレイクの大きな頭のおかげで冷たい風は当たらない。彼は辛抱強く頭を下げたまま村の近くまで送ってくれた。今日はちょっとだけ感謝かな。



 いつも彼とは村の入口の少し手前で別れる。メルベリ村の人たちは私が『スレイヤー』だと知っているので見られても構わない。毎週ドレイクが私にくっついて村のすぐそばまでやってくるものだから、話さないわけにはいかなくなったのだ。


 王令が出て、村人全員が誓約書にサインさせられたので、外部にはバレていないし、バレないように協力もしてくれる。最初は嫌がられるんじゃないかと心配したけれど、村人たちは『ドラゴンスレイヤー』が村で暮らしていることを誇りに思っているらしい。


 苦情を言われたことは一度もないし、村の入り口ではいつも見物人が竜の姿を見ようと集まっている。村の人にまで正体を隠さなくてもいいのはとても助かる。


 正直に言うとドレイクになつかれて悪い気はしない。金の竜は惚れ惚れするほど美しいし、長いこと生きてるだけあって、知識も豊富で会話も面白い。


 しつこく無理な求愛さえしてこなければ、ここまで邪険にしなくてもいいんだけどな。

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