秘密の会合
ドレイクを倒した翌日、私は院長に連れられて王宮を訪れた。小さな会議室のような部屋で私たちを待ち受けていたのは、国王陛下ご夫妻と、四人の男女だった。
ひょろ長い不機嫌な顔をした男性と、それとは対照的に横に大きくにこやかな女性は一番偉い大臣らしい。髭の中年男性は近衛隊の隊長で、白髪交じりの背の高い女性はエレスメイア国軍司令だそうだ。私のお粗末な翻訳魔法では役職名を訳しきれないので、まあなんとなくそういう感じ。
紹介してはもらったものの、全員が発音不可能な名前の持ち主だったので、私はせっせと『辞書登録』に励んだ。
エレスメイア王国の政治の形態は、絶対王政に近いものらしい。議会はあるものの、王が自ら選んだ議員で構成されている。『魔法院』の院長だけは院の『魔法使い』達が選出するのだが、着任には王の承認が不可欠だ。
『ICCEE』から貰った資料には詳しく書いてあったのだけど、読み流したので簡単なことしか覚えていない。もっとちゃんと勉強しておけばよかった。
国王陛下は銀色のひげを蓄えたなかなかの美丈夫だが、思っていたよりお年を召しているようだ。どこかで見たことがある気がするのはなぜだろう?
お妃様は紹介されるまで小間使いのおばちゃんだと思っていた。魔法の王国の王妃というからには、おとぎ話に出てくるような絶世の美女に違いないと思い込んでいたのだけど、小柄で飾り気のないごく普通の中年のおばさんだ。でも私に向けられた笑顔には人柄のよさがにじみ出ていて好感が持てた。
「さて、院長。ハルカ殿がタニファから受けたという依頼なのですが、我が国に『ドラゴンスレイヤー』を送り込むためのものだったのでしょうか?」
丁寧な口調で陛下が尋ねた。私が院長にしたのと同じ質問だ。
「いいえ、陛下。私はそうは思いません」
院長が答えた。
「これはまだ始まりに過ぎません。私が思うにハルカは池の中に投げ込まれた小石なのです。ここから波紋が広がって行くのでしょう。今はまだ、留学生だということにしてありますが、タニファの予言が成就するまでは、このまま滞在してもらう手はずになっております」
「ええと、留学期間が終わったら、しばらく外界に戻ろうと思ってたんですが……」
私は慌てて口を挟んだ。誘拐のようにニュージーランドから連れてこられてしまった。連絡はしたものの、日本の母も心配しているだろうし、片づけにも戻りたい。
「それは困ります。タニファの指示に背くことになりますし、何よりもわが国には力ある『ドラゴンスレイヤー』が必要なのです。ハルカ殿、どうかこのままエルスメイアにとどまっては貰えないでしょうか」
絶対君主とは思えない腰の低さで王に懇願され、私は困った。
「で、でも二、三週間で戻ってきますよ」
今までも私無しでやってこれたんだから、数週間いなくても問題ないと思うんだけどな。
「陛下、ハルカは必ず戻って参ります。ご心配はいりません」
院長が私の肩に手を置いた。
「私が保証します。ハルカは父を捨てるような娘ではありませんからね」
ああ、そうか。彼らはやっと見つけた『スレイヤー』に逃げられるんじゃないかと心配してるんだ。
「なんと、院長が外界人を養子に迎えたと聞いて驚いておりましたが、ハルカ殿のことでしたか」
私がハリボと『辞書登録』したひょろ長い大臣が声を上げた。王が愉快そうに笑った。
「私にも繋がりが見えてきました。院長、あなたの言葉を信じましょう。ハルカ殿は休暇を楽しんできてください」
「しかし、昨日より王都の空をドレイクが舞っております。『スレイヤー』がエレスメイアを離れてしまって大丈夫なのでしょうか?」
近衛隊長のアウノルさんが不安げに窓の外に目をやる。
「あ、あの、私の不在中、ドレイクには悪さをしないよう言い聞かせておきます」
「ハルカ殿がドレイクと交渉すると?」
「彼がまだ王都にいるのは、来週会う約束をしたからだと思うんです。その時に頼んでおきますね」
「このようにすでに『交渉者』としての職務を立派に果しております。ご心配はいりません」
院長は得意そうに胸を張った。私が成り行きに流されているだけなのは、彼も分かってると思うんだけどな。
「院長、『ICCEE』への報告はどうなされますか?」
ぽっちゃり体形の女性、フェルナル大臣がきびきびした口調で尋ねた。
「ハルカが『ドラゴンスレイヤー』であることは伝えなくてはならないでしょうね。書簡を送ると検閲で情報が洩れる可能性もあります。次回の『ICCEE』とのミーティングを待っても問題はないでしょう」
「あの、何かあったら直ちに報告するようにと『ICCEE』から言われてるんですが」
こんな大事なことを黙っていては、矢島さんにこっ酷く叱られてしまう。
「そうですね。ハルカさんに矢島殿を呼び出してもらったほうが、連絡の手段としては安全で確実かもしれませんね」
今まで黙っていたザアロ国軍司令が、小さな声で口を挟んだ。
「え?」
院長に養子にされた件で矢島さんを呼び出したの、もしかして気づかれてた?
「追伸の内容が暗号になっているのでしょう? あなたからの手紙が『門』を通過して三十分もしないうちに彼が入国しましたから、わかりやすかったですよ」
私の表情を見て、彼女はほんわりと微笑んだ。
確かにそれでは怪しまれるだろう。矢島さん、考えたつもりだったんだろうけど、『納豆』の暗号はバレちゃってたよ。
「それではハルカ、矢島さんに連絡をお願いしますね」
院長が言った。
「はい? 何を話せばいいんですか?」
「『ドラゴンスレイヤー』に任命されることになったと伝えてもらえればいいんですよ」
「あの……話しちゃいけないこともありますよね?」
今まさにこの小さな部屋で行われているのが、国のトップだけを集めた秘密会議なのは明らかだし、外界人の立ち入りが禁止されている『魔法院』での出来事も漏らしてはまずいだろう。養父が院長だったのも、やっぱり秘密だよね?
「いえ、それはハルカの判断でかまいませんよ。私はあなたを信頼してますから」
やんわりと釘をさされた気がする。とりあえず、『ドラゴンスレイヤー』のテストに合格したとだけ伝えておこうかな。矢島さんが根掘り葉掘り質問しなきゃいいけど。
それにしても日本語の手紙もしっかり検閲されるんだな。
あ、そうだ。検閲という言葉でどこで王様を見たのか思い出した。でも……そんな場所に国王がいるはずがないし……。
「ハルカ殿、どうされましたか?」
王は私の表情の変化に目敏く気づいたようだ。
「あの、陛下、私が入国する時に、ええと、お会いしませんでしたか?」
小屋の中にいた初老の入国管理官が、彼に似ていた気がしたのだ。笑われるのを覚悟で聞いてみたら、彼は驚いた顔をした。
「ほう、覚えてくれていましたか。まあ、ちょっとした趣味のようなものですな。ですが、私があそこにいたことは秘密にしてくださいよ」
国王自らが入国管理官として出迎えるなんて、留学生にそれだけ期待を抱いてるってことなのかな?
会議が終わって王宮からの帰り道、研修会で知り会ったロシア人留学生が、入国審査に通らず強制送還になったのを思い出した。担当の代理店が違うので、知ったのは学校が始まってからだったけど。
王様が入国管理官をしていたのは、ただの趣味なんかじゃない気がする。私がタニファの命を受けていたのも知ってたはずだよね。彼は私にどんな質問をしたっけ? お天気の事とか、たわいもない話しかしなかったと思うんだけど。
どうして彼はあそこにいたんだろう? それを考えると、なんとなく落ち着かない気分になった。
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翌週、私は王宮内の大広間で『竜と交渉する者』としての任命を受けた。顔が判別できないように呪文をかけた『上級魔法使い』のローブを頭からすっぽりかぶっている。『スレイヤー』の杖は一旦返して、国王から賜り直した。
最強竜のドレイクをぶっとばして手懐けた『ドラゴンスレイヤー』だという噂を聞いて、王宮前の広場には大勢の人が集まっていた。現に何十年も姿を見せなかったドレイクが王都の上空を旋回しているのだから、疑うものは誰もいない。
私の背が低いので、十四歳になってテストに合格した子供だと思われているようだ。アミッドもエルビィも十四歳の時に『スレイヤー』になったので、そう思われるのは至極当然の流れだった。
正体を隠していることが人々の好奇心を余計に刺激した。貴族や王族の出身だという憶測も流れているようだ。
謎の新『スレイヤー』は一躍エレスメイアのスターの座についてしまい、町を歩けば小さな『スレイヤー』の杖を握った子供たちを見かけるようになった。




