『竜と交渉する者』
ミョットルさん、いや院長の後ろの壁には、赤い石のはめ込まれた長い杖が無造作に立てかけてある。赤みを帯びた木の肌には、アミッドのと同じように三本の銀の線が刻まれていた。家に持って帰ってきたことはないけれど、彼の杖なんだろうか?
手元には授業で使ったものよりも遥かに大きな石板が置かれている。ということは彼には呪文が見えるのかな?
「さて、ハルカ。スーラを吹っ飛ばしたそうですね」
院長は机の上で手を組むと本題に入った。
「はい」
「この意味が分かりますか?」
「『ドラゴンスレイヤー』の使う魔法が使えたということでしょうか?」
「そうです。つまり、あなたは『ドラゴンスレイヤー』なのです」
「呪文を一つ使っただけですよ。『スレイヤー』になるには厳しい修行をするんでしょ?」
「いえ、あの呪文が使えるだけでいいんですよ」
「そんなに簡単でいいんですか?」
「簡単なものですか。現にあなたを含め、エレスメイアには『スレイヤー』が三人しかいないんですよ」
彼はアミッドに向き直った。
「これから同僚になるあなたには知っておいてもらった方がいいでしょう。ハルカは他にも目的があってエレスメイアに来たのです」
タニファに地球の裏側に行けと言われただけの話なのだが、アミッドはずいぶんと感銘を受けたようだった。
「タニファは私にここで、『スレイヤー』になれと言いたかったんでしょうか?」
それならそうと言ってくれれば早いのに。
「いえ、それだけではない気がします。これはまだ始まりなのでしょう」
「なんの始まりですか?」
「それは私には分かりません。でも、そのうちに繋がるのだと思います」
繋がるって? そういえば、タニファもニッキも繋がるという言葉を使ってた。何がどう繋がるって言うんだろう?
「ところで『ドラゴンスレイヤー』って何をするんですか?」
「『ドラゴンスレイヤー』は正式な名称ではありません。『竜と交渉する者』が正しい呼称です」
「はい?」
「つまり竜と交渉できる力を持った『魔法使い』の事です。まあ、あまり使われない呼び方ではありますけどね」
「竜を退治して回るんじゃないですよね?」
「とんでもない。竜は不可侵の存在です。そのうえ、繁殖力は弱いので、何百年も前から減り続ける一方なのです。王国にはもう八頭しか残っていないのですよ。竜を失った国は滅びるとさえ言われています。保護すべき大切な生き物なのですよ」
「じゃあ、私は何をすれば?」
「私たちはドレイクを制御できる『交渉人』を探しているのです」
院長が手を広げると、机の上に竜の姿が浮かび上がった。全身が黄金で出来ているかのように明るく光り輝いている。
「これがドレイクです。史上最大最強の竜とされています」
「狂暴で暴れ出すと手をつけられないんでしょう? そんな危ないのと交渉するんですか?」
「はい?」
院長は驚いた顔をした。
「ドレイクは狂暴ではありませんよ。少なくとも今のところはね」
彼によればドレイクは滅多に人前には現れず、たいした悪さもしないのだが、過去には考えなしに川を塞いでしまって洪水を起こしたりもしたらしい。そういう非常時に、ドレイクに『お願い』できる力を持った『魔法使い』が必要なのだという。
「それにですね、悲しいことに、過去には狂暴化した竜が町を襲ったという記録が世界中にいくつも残っているのです。この『壁』で閉ざされた王国で、もしドレイクが暴れ出しでもすれば、壊滅的な被害が出るでしょう。
そのような事態に備え、王国は彼を止められるだけの力を持った『ドラゴンスレイヤー』が欲しいのです。そんな事態は起きないとは思いますが、あなたがたの世界で言う『保険』のようなものですね」




