ドラゴン鑑賞ツアー
学校が休みの日には、生徒さん達を馬車に乗せて方々の名所に連れて行く。
うちの社長は、昔から旅行業に携わっていただけあって、サービス精神が旺盛だ。たとえ参加者が少なくても、なるべく多くの体験ツアーを企画するように言われている。私もこれには賛成だ。一生に一度しか来れない異世界なのだから、たっぷりと見て帰って欲しい。
もちろん別料金はいただくのだが、留学生にはどこの国からも援助金が出ているので、生徒さんの負担にはならないし、会社も儲かるというわけだ。
ツアーは仕事の一環なので、私とレイデンがついていく。これが留学期間中は休日が減る理由なんだけど、私たちにとっても遠足みたいなものなので、一緒に楽しませてもらっている。
休日にはホストファミリーが生徒さんを連れ出してくれることもあるし、地元で出来た友達と過ごす人もいるので、全員が参加するわけではないけれど、出席率はかなり高い。代理店ごとに違ったツアーを組むので、うちの生徒さんがそっちに参加したり、よその生徒さんを預かることもある。
ただし例外として、全員の参加が義務付けられたツアーがある。うちの代理店が主催する『ドラゴン鑑賞ツアー』だ。
他の代理店からの生徒さんも連れて行くので、参加者は五十人前後になるが、引率は私とレイデンだけで行う。生徒さんは三台の馬車に分乗。道中は馬車馬たちがガイドも務めてくれるので、私たちはのんびりしていればいいのだ。
目的地の森は王都から馬車で一時間ほど。鬱蒼とした木々が生い茂り、いかにも童話に出てきそうな雰囲気だ。入り口には大きな門があり、呪文を唱えなくては開くことはできない。この森には『魔法院』の許可なしに立ち入ってはいけないのだ。
森の小道をさらに馬車で十分ほど走ると、楕円形の大きな空地に出る。そこがスーラと呼ばれる竜の住処だ。馬車から降りると、別の馬車から降りてきた中年男性にいきなり話しかけられた。品定めでもするように私の身体をじろじろと眺めまわす。
「あんたは滞在許可を貰ってるのかい?」
「ええ、持ってます」
「失礼だが、どんな魔法を使うんだね?」
「害獣退治ができるんですよ」
「へえ、そんなもので許可がおりるんだねえ」
彼は研修会でも見かけたけど、誰に対しても横柄な態度であまりよい印象はない。北アメリカ地区からの留学生だ。ジャニスの言ってた嫌なおやじってこの人のことだろうか?
「たまたま、この能力を持った人がいなかったんですよ。すごくラッキーだったと思います」
私はそう言って、謙虚に笑ってみせた。やっかまれるのには慣れているので気にしない。
有名人だろうが、億万長者だろうが、エレスメイア国が欲しがる能力がなければ、滞在許可は下りない。それだけの事だ。
しかし、こういう協調性のないタイプは、選考会で落とされるのが普通なんだけどな。留学生の人柄は重要な選考基準になっている。悪印象を与えて留学生の受け入れを打ち切られるのを、外界側は何よりも恐れているからだ。なんでこの人、残っちゃったんだろう? 不正でもあったんじゃないかと疑ってしまうレベルだ。
私とレイデンは生徒さんを集め、広場の中心に向かった。広場の反対側には小さな池があり、そのわきに赤銅色の竜が寝転がっているのが見える。
「あれがスーラです。小型の竜ですが三百年は生きているといわれています」
スーラは唯一王都の近くで暮らす竜だ。この森にもう数百年も居ついているらしい。特に何をするわけでもなく、お気にりの日当たりのよいスポットでごろんと寝転がっているだけだ。気が向くと散歩に出かけていくが、この森から出ることはない。
「もう少し近づいてみましょう」
「おい、『ドラゴンスレーヤー』を待つんじゃないのか? 五百メートル以内に近づくのは違法だって聞いたぞ?」
さっきの中年男性が怒鳴った。偉そうな態度の割には、怖がりなんだろう。血の気が少しひいている。
「ええ、よくご存じですね」
実際には三百リマなので五百二十メートル弱。竜は保護されているので、見かけたら速やかに離れることが義務付けられている。ただし『スレイヤー』が同行している場合に限り、その半分の距離まで近づいても構わない。
「ご心配はいりませんよ。もう来てますから」
「どこだ?」
ざわざわと生徒さん達が辺りを見回す。
王国には『ドラゴンスレイヤー』は三人しかいない。誰もが魔法を使えるこの世界においても『ドラゴンスレイヤー』と言えば、スーパーヒーローの同意語なのだ。
レイデンが優雅に礼をすると、おもむろに青い石のはめ込まれた杖を持ち上げて見せる。生徒さん達の間から歓声が上がった。青い石の杖はドラゴンスレイヤーの証だ。
「彼が『スレイヤー』であることは国家機密になっています。この森を出たら、誰にも話さないでいただけますか? 代理店の方やホストファミリーにもです。よろしくお願いしますね」
精一杯真面目な顔を作って、私は生徒さん達を見渡した。
留学生は、『機密』だと言われたことは決して漏らさないという契約を結んでいる。たまにマスコミにこちらの情報を流して小遣い稼ぎをたくらむ者もいるが、恐ろしい額の違約金を支払う羽目になる。内容によっては刑務所送りになる場合すらあるのだ。
私たちはさらに近づいて、気持ちよさそうに眠る竜をしばらく観察した。スーラにはドレイクのような迫力はないが、また違った繊細な美しさがある。頭から複数の細い角が伸びているのだけど、どれもが違った滑らかな美しい曲線を描いている。背中側は金属の輝きを帯びた赤銅色だが、お腹側は色が薄くなってほとんどピンク色に見える。一括りに竜と言っても、それぞれの竜に違った特徴があるのだ。
眠っていては顔もよく見えないのだけど、不満を言う生徒さんはいない。やっぱり目覚めている竜に近づくのは怖いんだろう。
「それでは皆さんにも『ドラゴンスレイヤー』体験をしていただきます。スーラを攻撃するつもりで、呪文を唱えて杖を振ってください」
毎日学校で様々な呪文を唱えさせられているので、生徒さんたちももう慣れている。順番に並んでみんなが杖を振った。
何も起こりはしないのだけど『ドラゴンスレイヤー』の能力を持つ人間なんて、そういるものではないのだから、誰も気にしない。お互いに竜の前で杖を構える写真や動画の撮りあいっこをして、楽しそうだ。
結局、何も起こらないまま全員が杖を振り終えた。もう少しだけ竜を眺めた後、私たちは森を後にした。
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帰りの馬車の一番後ろの席で、私は隣のレイデンに話しかけた。
「今回もいなかったね」
「そうですね」
彼は暗い表情で、ふうと息を吐いた。
「嘘つかせちゃってごめん。嫌だったよね」
「はい。こういうのは苦手です」
本当の事を言えば、レイデンは『ドラゴンスレイヤー』ではない。
だからと言って、私たちが規則を破って竜に近づいていたわけでもない。
本物の『ドラゴンスレイヤー』は私。それだけの話なのだ。
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レイデンが持っていた『スレイヤー』の杖は私の杖。
私の正体を公表するわけにはいかない。もしも外界の人間が『ドラゴンスレイヤー』だなんてバレれば、大変な騒ぎになるのは目に見えていた。留学生に滞在許可が下りたというだけで、ノーベル賞でも貰ったかのような取材合戦になるのだ。マスコミに追い回されて実家にだって戻れなくなってしまう。タニファから与えられた使命にも、影響が出るかもしれない。
それだけはどうしても避けたかった。レイデンにもよく分かっている。でも正直者の彼には、フリをするだけでも荷が重かったようだ。
「ごめんね。今日はアミッドの具合が悪かったの」
「エルビィでもいいじゃないですか」
「あの人は人が多いのダメだから。今度は誰かに変わってもらうよ」
「誰かにやらせるぐらいなら私がやりますよ」
人に嘘をつかせるのも嫌なようだ。どこまでいい人なんだろうか。私は手袋の上からレイデンの手をぎゅっと握った。彼の顔が赤くなる。
「でも、レイデン、格好良かったよ。本物の『スレイヤー』みたいだった」
「本物にそんなことを言われても困りますよ。でも、ハルカが格好いいと思うんだったらまたやります。いえ、毎回やります」
ほんと、単純だな。まあ、彼のそういう所が好きでたまらないんだけどね。