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オアシス

 『壁』の反対側は薄暗かった。ここではまだ日が登っていないのだ。西に向かって進んでいるので、タイムゾーンをいくつか飛び越えてしまったのだろう。


 周りに聳えていた山々が消え、いきなり虚空に放り出された気がして手すりをしっかりと握りしめた。どこに地面があるのかもわからない。ドレイクがゆっくりと高度を下げていくのが感じられる。


「ここ、どこなの?」


 そう尋ねたとたんに背後から光が差した。何もない大地が目の前に広がってく。海に出たの? いや、違う……。


「……ここ……砂漠?」


「ああ、そうだ。これから暑くなるぞ」


 頭を少しだけこちらに向けてドレイクが答えた。金色のウロコに朝日が乱反射して目がチカチカする。


「うわあ、あれ、全部砂なんか?」「凄いですねえ」


 後ろから袴田さんとノッコの興奮した声が聞こえる。このコンビは何を見ても感動してしまうのだ。


「シンラにも見せてあげたかったですね。『壁』の向こう側が砂漠だとは思っていなかったでしょうに」


「ほんまやなあ。こんなん見たら喜んだやろうなあ」


 二人ともお気に入りの麒麟と会えなくなって寂しそうだ。


 日が昇るにつれて色を変えていく砂原の上を30分ほど飛んだ頃、ノッコがいきなり声を上げた。


「なんか後ろから聞こえへんか?」


「ああ、俺にも聞こえた」


 すかさずドレイクが速度を落として旋回を始める。私には何も聞こえなかったけど、ムジナと竜は人間よりも耳が良いのだろう。


 元来た方向へ目を凝らすと朝の光を背景に黒い点が見えた。


「鳥かな?」


「うむ、逆光でわからんな。近づいてみるか」


 黒い点はだんだんと大きくなっていくように見えるのだけど、上がったり下がったり、動きが不自然だ。


「ねえ、あれ、怖い生き物じゃないよね?」


「厄介な相手ならすぐに逃げれば済むことだ。だが、お前がいれば問題ないだろう?」


「え、でも杖を持ってないよ」


 実家で見つけた杖はシーツで巻いたまま足台の下にくくりつけてある。鞍から降りて身を乗り出さないと取るのは無理だし、もちろんそんなことはしたくない。


「僕のを使って貰えばいいですよ」


 気前よく、袴田さんが言った。


「ありがとうございます。ヤバそうだったらお借りしますね」


 ドレイクがスピードを上げ、黒い点は少し大きな灰色の塊になった。目を凝らして見つめると、形がだんだんとはっきりしてきた。あれは……馬?


「ああ! あれ、シンラです!」


 袴田さんが声をあげた。


「なんと、あの『壁』を超えたのか」


 ドレイクの声にも驚きがこもっている。彼はさらに速度を上げて、駆けてくる麒麟を出迎えた。


「ああ、よかった。置いて行かれてしまったかと思いました」


 シンラは空中で足を止め、心底安堵したように頭を垂れた。


「『壁』を抜けたまでは良いのですが、気が遠くなり、しばらく動けないでいたのです。ドレイク殿の輝きが見えたのは幸いでした」


「無茶をしたな。俺の背中に乗るといい」


「いえ、私が勝手について来たのです。ドレイク殿に迷惑はかけたくありません」


「このまま飛ぶのは辛かろう。ゆっくり走られると足手纏いになる。お前など軽いものだ。回復するまでは休んでおれ」


「ありがとうございます」


 シンラは私たちのすぐ後ろに着地し、膝を折って座り込んだ。体が小刻みに震えている。


「もしかして飛び出してきちゃったんですか?」


 袴田さんが手を伸ばして麒麟の鼻面に触れた。


「ええ、居ても立っても居られなくなってしまって」


「村の皆さんが心配してるんじゃ……」


「皆さんが『壁』を抜けたのを見て心を決めたのです。父と母に告げると、二人とも笑って見送ってくれました。どうしても外の世界を見たかったのです。この機会を逃すわけには行きませんでした」


「それじゃ、僕と同じですね」


 袴田さんがおかしそうに笑った。


「世話の焼ける奴らだ。俺は乗合馬車ではないのだぞ」


 ドレイクは呆れたように鼻を鳴らすと、再び西へ向かって速度を上げた。



        *****************************************



 かすんだ太陽が上がるにつれ気温も上がった。鞍にかけられている風除けの呪文も砂混じりの乾いた空気は防ぎきれない。トルナタジュとソレイベ夫妻から送られたゴーグルがなかったら、惨めなことになっていただろう。


 中国からヨーロッパ方面に向かっているのだから、外界で言えばタクマラカン砂漠のあたりかな? 青空に砂丘が広がる旅行パンフレットの写真とは違い、細かい砂が舞い上がっているのか太陽もぼんやりしている。場所によっては生きてるのだか枯れているのだか分からない丸い茂みがぽつぽつと散らばっていた。


「ドレイク、そろそろ、休憩しようよ」


「俺は大丈夫だ」


「足を伸ばさないと辛いんだけど」


 長老に言われたことが気になって、私はなるべく頻繁に休憩をとった。私が休んでいる間はドレイクも休憩せざるを得ない。元気にふるまってはいるものの、疲れがたまっているのが私にも分かった。


 二度目の休憩の時、長老から巾着袋を貰ったのを思い出して開けてみた。中には銀の指輪と小さく折り畳まれた紙が入っていた。私が指輪をしていないのに気づいて贈ってくれたらしい。指に通してみればサイズもピッタリだ。魔法が使えず色々と不便だったのでこれはありがたい。


 紙を広げてみると、墨で文字が書かれている。エレスメイアの文字とは形が違うようだけど、もちろん私には読めない。


「ねえ、ドレイク、これ読める? 長老さんから貰ったの」


 熱い砂の上に首を伸ばして横たわるドレイクに向かい、手紙を広げて見せた。こんな大きな目玉でどうやって焦点を合わせるのか不思議だけど、竜には小さな文字も見えるのだ。


「ふむ、シンラをよろしく頼むと書いてあるな」


「ええ? 長老さん、シンラがついてきちゃうって知ってたのかな?」


「ああ、あの者には先読みの力があるのかもしれぬな」


 大切な跡継ぎを引き留めなかったのは、孫の幸せを願ってのことだろうか? 麒麟には『壁』の中は狭すぎるって言ってたしな。


 休憩を挟みながら、ドレイクは飛び続けた。シンラはぐったりと四肢を投げ出してうつらうつらと眠っている。『壁』を越えるには大変な精神力が必要だと長老が言っていた。竜でさえ疲れを隠しきれないのだから、小さな麒麟にとって大変な負担だったのだろう。


 それにしても暑い。キルティングの服を脱いでTシャツになったけどそれでも暑い。袴田さんはカゴの中のノッコに水筒の水をかけてやっている。もふもふしているので、暑いところは苦手なのだ。


 この砂漠、どれだけ続くんだろう? うんざりして前方を見渡すと、右手の方角で何かがチカリと光るのが目に入った。ゴーグル越しに目を凝らすと、明らかにその辺りだけ周りの砂と色が違う。


「ねえ、あそこに木が生えてるよ。何かキラキラ光ってる。池があるんじゃない? 寄って行こうよ」


「さっき休憩したところではないか。水なら水筒にはいっているだろう?」


 ドレイクは前を向いたまま興味を示さない。


「水浴びしたいんだけどな」


「服が濡れるぞ。乾かしている時間はない」


「周りにはに誰もいないんだから下着でもいいじゃない」


「うちも水に入りたいわ。なあ、ちょっとぐらいええやろ?」


 水浴びと聞いて、カゴの中でのびていたムジナが声を上げた。


「仕方のない奴らだ。さっさと済ませるのだぞ」


 しつこくノッコにせがまれて、ようやく竜が折れた。


 ドレイクはオアシスの周囲をぐるりと飛んで危険がないか確認した。楕円形をした池を中心に草地が広がっており、あまり元気のない木がまばらに生えている。ところどころ塀のようなものが砂から顔を出しているのを見れば、以前はここに集落があったのだろう。オアシスというよりはオアシスの成れの果てだな。


 うっすらと砂に覆われた道路の痕跡の上にドレイクが着地すると、私とノッコは真っ先に池に駆け寄ってキラキラと輝く水面を覗き込んだ。水は透明度が高く、岸の近くは浅そうに見える。泳ぎにはあまり自信はないけど、これなら溺れる心配はなさそうだ。


 袴田さんは少し元気を取り戻したシンラと探索に出かけて行った。私が気兼ねなく水に入れるように気を使ってくれたらしい。シャツとズボンを脱ぎ捨てて足の先で澄んだ水に触れてみた。冷たくて気持ちがいい。


「下着も脱げばどうなのだ? 濡れてしまうぞ」


 いつの間にか後について来たドレイクがにゅっと頭を近づけた。


「うわ、見ないでよ。スケベ竜」


「お前の裸などもう何度も見た……いたたっ!」


 私に鼻の頭を叩かれて竜は声を上げた。


「指輪は吹っ飛ばしたんじゃなかったのか?」


「長老さんから貰ったの。下着は替えがあるから濡れても構わないでしょ?」


 池に飛び込んで、頭まで水に潜った。どうせまた砂だらけになってしまうのだけど、髪の間に入り込んだ埃を流し落とせるのは気分が良かった。スイスイと泳いでいるムジナの方に行こうと水底を蹴ったら、グニュッとしたものを踏んづけた。

     

「うわ! なんか踏んだ!」


 ドレイクが身を起こして、水の中に頭を突っ込んだ。


「ふん、何かいるな」


「ええ、やだ!


 私は竜に駆け寄って首にしがみついた。ノッコも慌てて水から飛び出てくる。


「隠れていないで出てこい」


 ドレイクの声に、少し離れた水面から青白いウナギのようなものが顔を出した。


「だ、誰?」


「この池の住人です」


 ウナギが柔らかな声で返事をした。喋る魚なんて初めて見たな。


「ごめんなさい。誰か住んでるとは思わなかったの」


 私が謝ると、ウナギはクネクネと近寄ってきた。


「いえ、お客さんなど久しぶりなので顔を出したかったのですが、竜が怖いので様子を見ていたんです。あなたの方が強いようなので、ご挨拶にあがりました」


「なんだと?」


 ドレイクが目を剥いたけど、ウナギは気にする様子もなく、ぐるりと私の周りをまわった。全長二メートルはありそうな大ウナギだ。


「『壁』ができてからというもの誰もここを通らなくなってしまいました。昔は商隊の経由地だったのですが、今はたまに鳥たちが立ち寄ってくれるだけです」


「それは寂しいなあ」


 同情するようにノッコが言う。


「ええ、とても寂しいです」


 ウナギの声が沈んだ。


「お客さんが来たらどうするの?」


「世間話をするんです。様々な国の人が訪れましたからね、愉快な話が聞けたのですよ。あなた方もどうか好きなだけ滞在してくださいね」


「いや、俺たちはもう行かなくてはならないのだ」


「ええ、着いたところじゃありませんか」


 ドレイクの言葉にウナギはパニックを起こしたかのように胸びれをバタバタさせた。


「せめて一泊ぐらいどうですか? そのあたりを掘り返せばまだテントが埋まってると思うんですが」


 私は心からこの生き物に同情した。『壁』が出来てから何十年もの間、ずっとひとりぼっちだったのだ。この先もここで人が来るのを待ってるなんて、私なら耐えられない。それにこの場所、砂に浸食されて今にも埋まってしまいそうに見える。


「ねえ、一緒に来る? 水があるところなら暮らせるんでしょう? エレスメイアには人もたくさんいるよ」


「え、連れて行っていただけるんですか?」


 私はドレイクを見上げた。


「そんなに大きくないし運べるでしょう?」


「ぶら下げていくのか? この暑さじゃすぐに干物になるぞ」


「どこかに風呂桶が埋まってないかなあ?」


「あったとしても水をこぼさずに運べるとは思えんが」


 ドレイクと私の間の水面からウナギがにゅっと顔を突き出した。


「ご心配はいりません。私なら小さくなれますよ。水の容器はお持ちではないですか?」


「水筒は? 小さすぎる?」


「いえ、大丈夫です」


 私はドレイクの鞍からプラスチックの水筒を外して蓋を開けた。中にはまだ村で入れてもらった水が残っている。


「お前の飲む水はどうする? さっきみたいにがぶがぶ飲んでちゃ、そいつの水がなくなるぞ」


「村でもらったのがまだたくさんあるよ。足りなければ、ここで補充していけばいいでしょ?」


「ちょっと待ってください。荷物があるんです」


「なんだと? おれは馬車ではないと言っただろう」


 ウナギがせわしなく水の中へと消えたので、ドレイクはうんざりとした声を出した。


 しばらくすると枕カバーほどの大きさの袋を引きずってウナギが戻って来た。ずっしりと重くて私の力では持ち上げることもできない。


「何が入ってるの?」


「開けてください」


 中を覗くと様々な色や形の石がぎゅうぎゅう詰めに入っている。


「きれいだね。宝石みたい」


「旅人達が相談に乗ったお礼だと残していったのです。せっかくだからと集めていたのですが、あなたに差し上げますよ」


「ええ? こんなにたくさん?」


「私には必要ないものですからね。親切にしていただいたお礼です」


 エレスメイアの湖にいたクラーケンもきれいな石をくれたな。水の生き物は石をプレゼントするのが好きなんだろうか?


 私が水筒を水の中に沈めると、ウナギは細くなってするりと滑り込んだ。


「よい香りの水ですね」


 水筒を光にかざしてみると、ウナギは満足そうに中でトグロを巻いている。不思議な生き物だな。


 服を着て、髪を乾かしていると袴田さんたちが戻ってきた。集落の跡を探索して来たらしく、袴田さんは食器や小さな彫像を抱えている。シンラはまだ疲れてはいたけれど、目には興奮の色が宿っていた。


「砂の上を歩くのは初めてなんです。私の蹄では歩きにくいですね」


 麒麟の白い身体が砂で汚れてベージュ色になっていたので、二人に水浴びを勧め、私とノッコはドレイクの翼の陰に座って村で持たされたおやつを食べた。水の中で走り回る袴田さんと麒麟を眺めていると、海水浴に来ているような錯覚に陥ってしまう。


「休憩も悪くはないな」


 ぼそりとドレイクが呟いたので、私は竜の身体をポンポンと叩いてやった。この後、いくつ『壁』を超えなきゃならないんだろう? 彼の疲労は溜まっていくばかりだ。この砂漠を出たら何日かまとめて休んだ方がいいんじゃないのかな。



        *****************************************



 オアシスを出てからも変わり映えのない景色が続いた。ノッコのカゴの中にウナギの入った水筒を入れたら後部座席が賑やかになった。ウナギはとても物知りだったので、好奇心旺盛なシンラと袴田さんが質問攻めにしたのだ。私も聞いたことのない話ばかりで、単調な砂漠の旅に彩りを添えてくれた。


「どうして『壁』が閉じる前に逃げなかったの?」


 私はウナギに尋ねた。小さくなれるのだから、旅人に頼めば連れ出してもらえたはずなのに、どうして一人で居残っていたのか気になったのだ。


「人々から言伝(ことづて)を頼まれたからです」


「どんな言伝だったの?」


「離れ離れになった家族や友人に宛てた言伝です。だからあそこを去るわけには行きませんでした」


「ウナギさん、優しいんやなあ」


 ノッコが感動したように小さな鼻を水筒にぎゅっと押しつけた。


「人の命は短いものですからね。離れ離れになれば二度と会えないかもしれないでしょう? 少しでも繋ぐ手助けをしたかったのです」


 『魔法世界』のウナギは随分と長生きなんだな。エレスメイアに着いたら、新しい生活を始めるお手伝いをさせてもらおう。



         *****************************************



 前方にぼんやりと砂に煙った『壁』が現れたのは、オアシスを出て一時間ほど経った頃だった。砂漠に飽き飽きしていた私たちは歓声を上げた。


「お前の力では一日に二つの『壁』は越えられぬ。俺につかまっていろ」


 そうドレイクに命じられてシンラは大人しく従った。竜は人間二人とムジナと麒麟とウナギを乗せて次の『壁』を越えた。



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