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再び『魔法世界』へ

「こ、ここは?」


 私は呆気に取られて周囲を見回した。


「俺達の世界だな」


「『魔法世界』? こんなことができたの?」


「ああ、来るときもここを通って来たんだ」


「だから突然日本に現れたんだね」


 私はドレイクの大きな指に腕をしっかりと巻き付けた。身体の周りには少し隙間があり、両足は竜の小指の上に乗っている。縦長のバスケットの中にすっぽり入っているような感じで、落っことされる心配はなさそうだけど、やっぱり怖い。


「でもここ、エレスメイアじゃないよね?」


「位置的にはまだ日本だ」


「下は海だよ?」


 ドレイクがゆっくりと旋回すると、前方に陸地が見えた。ああ、そうか。私たちの世界ではこんなところまで埋め立てられてるんだ。


「こっち側の世界、ちゃんと残ってたんだね」


「ああ、東京周辺はまだ残っているな。さほど大きなエリアではないがな」


「ドイツまで外界を飛んでくのかと思ってた」


「それはさすがにしんどいぞ」


 ドレイクが苦笑する。


「ねえ、どうやるの?」


「なにをだ?」


「どうやって世界と世界を飛び越えるの?」


「聞かれても説明できないな」


「自分で『門』を開けたってことよね?」


「そうだ」


 へえ、凄い、と言いそうになったけど、調子に乗りそうなので口に出すのはやめておこう。


「『魔素』がいっぱいで気分ええなあ。ばあちゃんも連れきてやりたいわ」


 ノッコが感極まった声を出した。


「おばあちゃんも帰りたがってたの?」


「どうなんやろか? 趣味の友達もおるし、じいちゃんのお墓もあるしなあ。今さら帰りたくないかもしれんな」


「なるほど、こやつは帰り損ねた奴の子孫か」


 ドレイクが首を曲げてノッコに目玉を近づけた。


「おばあちゃんがムジナなんだって。普段は人の姿をしてるんだよ」


「ほう、聞いたことがあるな。幻覚を見せる生き物だろう」


 ムジナは私の肩にのっかって『魔素』を含む風を全身で受け止めている。


「ハルカさん、気持ちええなあ」


「うん気持ちいいね」


 なるべく下を見ないで私は答えた。袴田さんはどうしているのかと、ドレイクのもう片方の手に目をやると、彼の目に涙が光っている。


「袴田さん? 大丈夫ですか?」


「ええ。まさか、戻って来られると思ってなかったものですから……」


 涙を隠そうともせず、私に向けられた笑顔に思わずどきりとしてしまった。自然体の袴田さんはやっぱり格好いい。留学中はさぞモテたことだろう。代理店職員の頭痛の種だったんじゃないのかな。


「あそこ、クジラがおる!」


 ノッコが大声を上げた。


「近くで見たいな。ドレイク、もっと寄ってくれへんか?」


 物怖じしない彼女は、竜を友達だと思っているようだ。ドレイクは素直に高度を落として、波間に見え隠れするクジラに近づいた。でも、クジラにしては形がおかしいな。丸い風船が浮かんでるみたい。


「あれ、クジラじゃないよ。何だろう?」


「でかいクラゲかもしれんぞ」


 ムジナが身を乗り出して小さな耳をパタパタさせた。


「わかった。あれ、海坊主や。ばあちゃんに聞いたことあるわ」


 よく見れば真ん中辺りに大きな二つの目玉がついている。大きく手を振って通り過ぎると、目玉はぎょろりと私たちを見送った。


 陸に近づくとドレイクはさらに高度を落とした。浜の近くには何となく和風な民家が並び、人々がうろうろしているのが見える。砂浜に網が干されているところを見ると、漁村なのだろう。


 村の上空に差し掛かると、ガンガンと鉄板を打ち鳴らすような音が聞こえてきた。村のはずれに建てられた高い櫓の上で、男性が鐘を打ち鳴らしている。重力を完全に無視した櫓のデザインは魔法世界独特のものだ。


「ドレイク、警戒されてるよ」


「ふむ、手を振ってやれ。敵意がないとわかるだろう」


 こんなに大きな竜が飛んできたら誰だって怖いだろうと思うのだけど、私たちが手を振ると、村人たちは笑顔で手を振り返して来た。


 ドレイクはどんどん内陸へと入っていく。林の中を緑色の生き物と着物姿の子供たちが走り回っていた。私たちを見て声を上げ、手を振っている。


「うわ、河童がおるで!」


 ノッコが夢中になって身を乗り出すので、その度に私は彼女の尻尾を掴んで引き戻した。


 私はポケットからスマホを取り出し、写真を撮った。 『ICCEE(アイシー)』や『魔法院』が言ってることが事実ならば、『門』が消滅した第一次世界大戦以降にエレスメイア以外の『魔法世界』を訪れた外界人は私達だけということになる。記録を残しておこうと思ったのだ。


「ここからドイツまで飛ぶんでしょう? 何日かかるの?」


「それほどはかからない。空白が多いからな」


「空白って?」


「『壁』のことだ。俺が思っていたよりも侵食は進んでいる。もはや残された土地の方が少ないのだ」


 ドレイクは再び高度を上げ出した。


「ちょっと、どこに行くつもり? 怖いよ」


「『壁』を抜けるのだ」


「え?」


 いつの間にか目の前に半透明の艶消しのゼリーのようなものが広がっていた。これが『壁』? 空の青と木々の緑が映り込んで近づくまで気づきもしなかった。映っているのが反対側の景色なのか後ろの風景を反射しているのか、ぼんやりしすぎてわからない。


 ドレイクはスピードを上げ、『壁』へと突っ込んでいく。


「ぎゃあ、ぶつかる!」


 ノッコが耳元で叫んだが、その声は私の悲鳴にかき消された。


「案ずるな。越えるのは一瞬だ。目をつぶってろ」


 突然に気温が下がり、目を開けば私たちは全く違う風景の中にいた。


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