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王宮での出来事

 王都には実に見どころが多い。地元の人間が見慣れた光景も、外界人には驚きの連続だ。生徒さん達は珍しいものや不思議なものを目にする度に、いちいち大きな声を上げて、通りがかる住民の笑顔を誘っていた。


 通りでは長い杖を持って歩く人をちらほら見かける。灰色っぽいローブを纏っているのは『魔法院』公認の『魔法使い』だ。彼らの杖には銀色に光るラインが刻まれているので、すぐに見分けがつく。


「杖って持って帰れるんでしょう? どこで買えるの?」


 街並みよりも人々のファッションが気になるシスカが尋ねた。


「どうしてもヘイミッシュが持ってるのと同じのが欲しいんです」


 ヘイミッシュとは動画サイトで人気の『魔法使い』で、私の一年前にこちらに来た第七期留学生の一人だ。なかなかのイケメンで、シスカのような女性フォロワーが何万といる。


 外界に戻ってから、『魔法使い』であることを売りに活動している元留学生は多い。『魔素』のない外界では魔法は使えないのだけど、『魔法使い』というだけで、世間の注目が集まるのだ。


「留学生は記念に杖を持ち帰るのが習慣になってるんですよ。学校の近くにもオーダーメイドのお店があるので、学校が始まったら放課後にでも行ってみてください」


 実際、エレスメイアでも杖が必要になるほどの強い魔力を持つ者は十人に一人もいないのだけど、留学生は例外なく杖を持って帰る。留学の記念品なのだ。それに、ジョナサンやフイアのような『ICCEE(アイシー)』勤務の『魔法使い』は、常時杖を持って歩くことが義務付けられている。


 王都をほぼ一周し、馬車は王宮に立ち寄った。『魔法世界』で最も強大な国だと謳われたエレスメイア王国だが、王の居城は驚くほどに小さい。


 白い石を組んで造られた城は、中央の高い塔とそれを囲む八つの塔で構成されており、その周囲をさらに高い壁が取り囲んでいる。城壁の外からは塔の上半分が見えるだけだが、アーチ形に穿たれた城門から中を覗くことができる。

 

「お城の中は見学できないんですか?」


「ええ、外から見るだけなんですよ」


 残念がる生徒さん達を連れて正門へと近づいた。二頭立て馬車が三台並んで通れるほどの大きなアーチの真上には、竜が浮き彫りにされた王室の紋章がはめ込まれている。


 門の脇には衛兵が二人いるだけだ。そのうえ、二人とも椅子に座って談笑している。エレスメイアの王室は民から慕われており、厳重な警備は必要ないと言うけれど、リラックスし過ぎじゃないだろうか。


 近づいてみればこの二人、近衛隊長のアウノルさんと元留学生のリチャードだった。リチャードは二年前、攻撃魔法の才能を認められ滞在許可を与えられた。二人とも近衛隊員の証である明るい黄色の石がはめ込まれた杖を持っている。


「あれえ、ハルカさんじゃないっすか!」


 私の姿を認めたリチャードが声をあげ、勢いよく立ち上がった。お調子者の外界人が、近衛隊にスカウトされた時には驚いたが、首になっていないところを見ると、うまくやっているようだ。


「おや、今期の留学生ですね」


 アウノル隊長は生徒さん達に、にこにこと微笑みかけた。エレスメイアの軍服は外界のデザインを取り入れており、近衛兵の制服も古い戦争映画に出てきてもおかしくない雰囲気だ。目が覚めるような山吹色をしていなければの話だけど。


 立派な髭をたくわえた隊長さんは、見た目こそ軍人っぽいけれど、バッキンガム宮殿のびしっとした衛兵とは違い、とってもゆるい感じがする。襟のボタンも上から三つぐらい外れてるし。


「アウノルさん自ら門番だなんて、どうされたんですか?」


「いえ、昨日飲み会があったんですが、新入りがマンドラゴラ酒を飲み過ぎてしまいましてね。あれの二日酔いにはどんな呪文も効きませんから困ります。よかったら見学していきますか? 外庭ぐらいなら入れてあげますよ」


 こんなに警備が甘くてもいいのかと疑問に思われてしまうかもしれないが、隊長さんが杖を振れば、私たち全員を一瞬で黒焦げにしてしまえる。門番の任務に退屈していたようで、広い庭を時間をかけて案内してもらった。記念の写真にも一緒に収まり、生徒さんも大満足。今日はラッキーだ。


 門を出ようとしたとき、十歳ぐらいの少年が茂みの陰から顔を出した。


「おい坊主。ここには入っちゃいけないって言っただろ?」


 リチャードが怒鳴った。少年は彼の言葉を無視して、レイデンの顔を食い入るように見つめていたが、やがて「化け物」と言って走り去った。


「ふうん。あの子にも見えるんだ。『ミョニルンの目ん玉』でもついてるのかな?」


 ケロが首を傾げた。


「ええ? じゃあレイデンが三つ目のお化けに見えたんだね」


「そういうことじゃないのかなあ」


 ふと横を見るとレイデンがすぐ隣にいた。


「あ、ごめん」


「いえ、気にしてませんから」


 いやいや、めちゃくちゃ気にしてるでしょ。


「リチャード、今のはどこの子なの?」


「雇い人の子らしいんすけどね。凄く変わってるんで手を焼いてるんっすよ」


 エルスメイアにはたくさんの異形の生き物が暮らしている。調べてみたら本当に目が三つある種族さえいるらしい。人を見た目で罵るなんて、マナー違反なのは子供だってわかってるはずなのに。まあ、あの目玉とひしゃげた顔を見た時には私も驚いたんだけどね。


 馬車に乗り込むと私はレイデンにぴったりくっついて座った。


「知らない子に何を言われたって気にすることないよ」


「わかってますよ。ハルカは優しいですね」


 そう言いながらも、彼は手袋をはめた手に暗い視線を落とした。自分だけにしか見えないはずの醜い姿が、他の人にも見えたのがショックだったんだろうか?



        *****************************************



 馬車は城壁の北門を抜け旧市街地を出た。そのまま王都の北側にそびえる巨大な『エレスメイアの木』に向かう。今日の見学ツアーの最終目的地だ。


 近づくにつれ巨大な木が視界一杯に広がっていく。高さは東京のスカイツリーの約1.5倍、枝の広がりもそのぐらいあるそうだから、どれほど大きいか想像がつくだろう。


 巨大な幹の周りには何本もの枝が、枝分かれを繰り返しながら優美な曲線を描いて張り出している。その周囲を飛行ぞりや自転車のような乗り物にまたがった人たちが飛び交っているのが見える。


「凄いな。あれは建築物だっていうのは本当?」


 ティポが尋ねた。


「ああ、そうだ。もう五十年にもなるがな、ユッカランって大建築家がいたんだよ」


 私が答えるよりも早くジャンマーが解説を始めた。

 

「ある日、『天』からの声を聞いたと言い出してな。寿命が尽きる前にでっかい木を創らねばならんと言い張ったんだ。もちろん王都にゃ場所がないから、今の場所に建てたんだが、地元じゃ奴の名を取って『ユッカランの酔狂』と呼ばれてるな」


 本当に彼が天啓を受けたのか、ただの妄想だったのか、今も議論が続いているそうだ。しかしながら『木』はどの方角から見ても美しく、『酔狂』という名にはそぐわない。


「建築物ってことは中に入れるんですか?」


「ええ、内部には部屋があって、高層住宅になってます。上の方に展望台があるんですが……」


 予想通り全員が行きたがった。そりゃ、そうだよね。


「レイデン、お願いね」


 まだ落ち込んでいる様子の彼に、私は頼んだ。『木』の根元には、エレスメイア中から集まる観光客のために、遊覧飛行のそり乗り場がある。ここでの引率はレイデンの役だ。高いところが苦手な私は、ぐらぐら揺れる飛行ぞりなんて絶対に無理。地上でジャンマーと世間話をしながら待つしかない。


「ドレイクだ!」


 突如響いた生徒さん達の声に振り返ると、王都の方角から金色の竜が飛んでくるのが見えた。竜は馬車の上空を通り過ぎ、『木』の周りを大きく弧を描いて旋回し始めた。


 シャッターチャンスとばかりに生徒さんたちはカメラを向ける。巨大な竜は木の周りをゆっくりと二周すると元来た方向へと飛び去った。


「へえ、(やっこ)さんがあんなことするのは初めて見たな」


 ジャンマーがさも驚いたというように長いたてがみを揺すった。


「『スレイヤー』不在で退屈しちまったかな」


「え? いないの?」


 シスカが不安そうな顔をした。


「ジャンマー、生徒さんが怖がること言わないで」


「おお、嬢ちゃん、すまんな。『スレイヤー』は忙しい人でな、たまに公用でいなくなるんだが、すぐ戻ってくるから心配するな。ドレイクも外界じゃおっかない竜だと思われてるようだが、人を困らせることはないからな」


 人を困らせることはないっていうのは、百パーセントの真実とは言えないんだけどね。



        *****************************************



 村へと戻る道中も、レイデンは必要なこと以外ほとんどしゃべらなかった。事務所に戻り二人きりになってからも、ずっと考えに耽っているようだった。一緒に暮らし始めてからは、落ち込むことなんて一度もなかったのに、どうしちゃったんだろう?

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