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『魔素』探査の依頼

 直行便とはいえ、ドイツから日本までは十三時間もかかる。飛行機から降りて、体を伸ばした途端に、矢島さんから電話が入った。


「おはよう、ハルカ。よく眠れたか?」


「いいえ、あんまり。何かあったんですか?」


「休暇ついでに仕事を頼まれてもらおうと思ってな」


「嫌ですよ。それじゃ休暇にならないでしょ?」


「たいした事じゃないよ。今から日本支部の『魔素』探査に付き合ってもらいたいんだ」


「今から? やっと着いたとこなのに。こっちは午後の四時なんですよ」


 ここから実家まで二時間はかかる。ゆっくり風呂に浸かって布団に潜り込むのを心待ちにしていたのに。


「終わったら家まで送り届けてもらうよ。電車で帰るより楽だろ?」


「……それならいいですけどね。でも、どうして私なんですか? 『ICCEE(アイシー)』の職員の仕事でしょ?」


「お前が一番近くにいるんだよ。立ってる者は親でも使えって言うだろ? 袴田が外で待ってる。一緒に行ってくれ」


「ええ、袴田さん?」


「不満なのか? お前の大好きなイケメンだぞ?」


「私、別に面食いじゃありませんけど」


「そういや、選考会でも話してなかったな。もしかして嫌いなのか?」


「まさか。忙しすぎて話す暇がなかったんですよ」


 そう答えたものの、正直なところ、彼はどうも苦手だ。


 長身美形の袴田さんは、留学生募集のポスターのモデルに採用されたのがきっかけで人気に火が付き、最近は 『ICCEE(アイシー)』所属の『魔法使い』として、CMやTV番組にも出演している。日本では知らない人のいないほどの有名人だ。


 彼とは選考会の手伝いの合間に少し話しただけなのだが、自意識過剰なのか仕草やしゃべり方に妙に芝居がかったところがあって、そればかり気になってしまった。


 その上、代理店の女子社員たちが、レイデンに注目していたのが面白くなかったのか、こわばった顔でレイデンをじろじろと睨んでいた。そういうわけで彼の印象はあまりよろしくない、というよりかなり悪い。


「袴田さんだけでいいんじゃないですか?」


「お前の方が感度が高いだろ」


 『魔素』は機械では検出できない。『魔素』の存在すら現在の科学では立証できないので当然と言えば当然なのだけど。唯一魔力を持つ人間だけが『魔素』を感じ取ることができるのだが、外界での滞在時間に比例して徐々に鈍くなっていくという。


「『魔素』なんて見つかったためしがないんでしょ?」


「あるよ。お前がタニファに出会った時だ。当事者が忘れてどうする」


 ああ、そう言えばそうだった。


「でも、一回こっきりですよね? 今回もどうせ無駄足ですよ」


「まあ、そう言うな。こっちだって報告書を出さなきゃならんのだ」


 袴田さんはすでに呼び出されているようだし、この人相手に断っても無駄だろう。さっさと終わらせてしまうしかないようだ。


「仕方ないなあ。何があったんですか?」


「奇妙な生き物を見たっていう遭遇報告が入ってな、近辺で三人も同じことを言う奴が出たんで調査の依頼が来た」


「ええ? 気味が悪いな。お化けは嫌ですよ」


「お化けってなんだよ。『魔法世界』の生き物が入って来てないか、調べてこいって言ってるんだ」


 『魔法世界』がすべての『門』を閉じてしまうまでは、日本にも多くの『門』があった。あちら側の人間だけでなく、妖怪や物の怪と呼ばれていた異形の『魔法生物』たちが出入りしていたので、日本全土に記録が残っている。一年の決まった日に開く『門』もあれば、きまぐれに現れて消える『門』もあった。 長期に渡って開きっぱなしの『門』もあり、神聖視されて神社仏閣が建てられたりした。


 日本では毎年何件もの『遭遇』が報告される。日本の遭遇報告数は他の国と比べると段違いに高いらしい。


 だが、『魔素』が検出された件数は『ゼロ』だ。本当に『門』が開いたのであれば、私がタニファに出会った時のように、『魔素』が検出されるはずなのだ。


 それでも報告を受けると即 『ICCEE(アイシー)』が職員を派遣する。もう一度『魔法世界』と繋がることがどこの国でも悲願となっているからだ。


「『ICCEE(アイシー)』の金でうまい飯でも食わせてもらえよ。じゃあ、よろしくな」


 矢島さんはそれだけ言うと電話を切ってしまった。すぐに係員が近づいて来て、お車までご案内しますと先に立って歩きだす。誘導されるまま、他の人たちと別れて、裏の通路を進んだ。これが噂に聞いたVIP用の通路なのかな? 入国手続きの列に並ばずに済むのなら特別扱いも悪くない。


 表に出ると大きな黒塗りの車が止まっていた。物憂げに車にもたれかかっていた男性が、私に気づいて笑顔を浮かべる。彼こそが 『ICCEE(アイシー)』日本支部の広告塔、袴田さんだ。確かに様にはなっているのだけど、私しかいないとこで格好つけてどうするんだろ。


「ハルカさん、お久しぶりです。ご一緒出来て嬉しいですよ」

 

 白い歯を見せてにこりと笑う、その笑顔もなんだかわざとらしい。


ICCEE(アイシー)』の専用車は運転手付きだったので、私は彼と一緒に後部座席に乗り込んだ。 


 話題に困るんじゃないかと心配していたのだけど、袴田さんがどんどんと話を振ってくるので、会話が途切れることはなかった。彼はやたらにメルベリ村の近況を知りたがった。滞在許可は貰えなかったので、戻ることは出来ないけれど、ホストファミリーや友達と未だに文通をしているのだという。


「パン屋のおばさんはお元気ですか? 学校帰りによくパンをもらったなあ。今でも虫入りクッキーの味を思い出すんです」


 トークショーに出ているのを見たことがあるけれど、エレスメイアでの経験を面白おかしく話すので、視聴者には受けがいい。この機会に私から新鮮なネタを仕入れようとしているのだろうか。


 一時間ほどして着いた先は羽田空港の駐車場だった。


「また空港? こんなとこにお化けが出るんですか?」


「いえ、現場は関西なんですよ。聞いてませんでしたか?」


 え、もしかしてまた飛行機に乗るの? 矢島さん、私が一番近くにいるって言ってなかったっけ?


 うまく乗せられたことに気づいたけど、後の祭りだ。


 今度はVIP待遇はしてもらえず、袴田さんと二人で歩いてゲートに向かった。有名人と同行して、写真に撮られるのは嫌なので、私はサングラスとマスクで顔を隠し、少し離れて歩く。


 留学生の名前は公表されないので、留学経験者、つまり『魔法使い』であることを隠して生活することはできる。けれども、そういう『隠れ魔法使い』の特定を趣味にしている人がいるので油断は禁物だ。

 

 袴田さんは長い杖を握っている。『魔法使い』の資格のある『ICCEE(アイシー)』職員は勤務中は杖を持って歩かなくてはならない決まりなのだ。もちろん『魔素』がなければなんの役にも立たないのだけど、彼のような政府公認の『魔法使い』が握っていれば確かに格好良く見える。


 途中で親子連れや女子高生に声をかけられ、サインを求められた。彼がいちいち立ち止まって丁寧に応対するので、搭乗までに時間がかかってしまった。


「すみません。上から『ICCEE(アイシー)』のイメージを壊すなって言われてるんですよ」


 言い訳がましく謝ったけど、注目を浴びてまんざらでもなさそうだ。


 座席はビジネスクラスで、袴田さんはおしゃべりだったので、今度のフライトは短く感じられた。


 到着すると今度は袴田さんの運転で山の奥まで連れていかれた。つい居眠りをしてしまい、目を覚ますともう暗い。どこにいるのかと尋ねたら兵庫と京都の県境だという。細いくねくねした道からいきなり閑静な住宅地に出た。


「この住宅地で目撃情報があったんです」


 袴田さんはタブレットの地図を覗き込んで現在地を確認した。


「広いですね。歩いて回るんですか」


「目撃情報は駅の北側に集中してますから、この近辺だけでいいとは思いますが、念のため少し範囲を広げるように言われています」


 もう夜も遅い。今日中に家に帰れるんだろうか。


「ところでいったい何が出たんですか?」


「青白く光る生き物だそうですよ。猫ぐらいの大きさだったようですが」


「ええ? 気味が悪いですね。タヌキの見間違いじゃないんですか?」


「でも光ってたって言いますからね。誰かがイタズラして猫に夜光塗料を塗ったのかもしれませんね」


 ケロが聞いたら怒り狂いそうなイタズラだな。


 車から降りて、袴田さんについて歩き出した。人通りは思ったより多い。駅の方角から仕事帰りの会社員達が流れてくる。


「注目されてますね」


 みんな杖を持った袴田さんに気づいて目を見張るのだが、空港でのように声をかけてくる人はいなかった。


「これを持って歩くの、恥ずかしいんですよね。使いもしない杖を握って格好悪いです。似合わないコスプレだと思われているかもしれませんし」


「みんな袴田さんの顔を知ってると思いますが……」


「そうですかね? 役に立たない杖を持ってたって余計に虚しいだけですよ」


 そういって愁いを含んだ表情でふうとため息をつくその仕草も芝居臭い。


 角を曲がると制服姿の女子高生とばったり出会った。塾の帰りかな? 彼女も袴田さんの杖を見て驚いた顔をしたけれど、頭をぺこっと下げて早足で歩き去った。


 しばらく歩いてみたけどおかしな生き物も出てこないし、『魔素』がどこかから漏れ出している様子もない。旅の疲れと時差ぼけで頭が痛くなってきた。


 「もし、ほんとにその生き物がいたとしても、人がいる所にひょこひょこ出てくるものでしょうか?」

 

 私は立ち止まって疑問を口にした。

 

「ですが、何度も目撃されているんだから、警戒心は薄いのかもしれませんよ。手分けして探しましょうか?」


 袴田さんが提案した。


「僕だってそこまで鈍くはないと思うんですよ。さすがに『魔素』があればわかります。一人の方が相手も油断するかもしれませんし」


「そうですね。そうしましょう」


 正体不明の生き物が出没する場所で一人になるのは気が進まないが、早く済ませてしまうためならと私は急いで同意した。

 

 私の担当は住宅地の外周の道路で、家屋の後ろにはまっ黒な木々が生い茂っている。薄暗い街灯の下を歩いていると、何かに後をつけられているような気がして背中がぞわぞわする。さっさと終わらせてしまおうと重たい足に鞭打って早足で歩いた。


 車の前で袴田さんが待っていた。この様子だと何も見つけられなかったようだ。


「支部に連絡しておきました。引き上げて構わないっていってます」


 ああ、よかった。


「それと、申し訳ないんですが、今夜の最終便には間に合わなさそうです。空港近くにホテルを取ったので、そちらに泊ってくれということです」


 やっぱりね。今頃暖かな布団の中でぐっすり眠っているはずだったのにな。私は地球の裏側にいる矢島さんを恨んだ。


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