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レイデンの秘密

 彼の額の真ん中には、テニスボールほどの大きさのぎょろりと光る目玉がはめ込まれていたのだ。その目玉が気持ち悪いのなんの。死んで腐った魚のような半透明の濁ったぶよぶよの目玉。その中心に埋め込まれた歪んだ形の光彩は、黒い底なしの穴のようだ。


 そしてレイデン自身の顔のパーツは、巨大な目玉に押しつぶされるように、いびつにひしゃげてしまっていた。


 手を離すと、レイデンの顔は元通りのイケメンに戻った。


「ハルカさん、大丈夫ですか?」


「ご、ごめんなさい」


 思わず私は謝った。こちらに来てから、気味の悪い姿の生き物には慣れたと思っていたので、完全に甘く見ていた。平気だよって言ってあげようと思って触ったのに、これでは難易度が高すぎる。


「うわあ! これは怖いなあ」


 いつの間にかケロもレイデンの頬に前足を押し付けている。


「酷いものでしょう?」


「ええと、確かに酷いね」


 嘘はつきたくなかったので、私は彼に同意した。


「これで納得していただけましたか? では私はもう行きます」


 彼は腰を上げた。


「ダメだってば」


「事情は分かっていただけたのでしょう? 人を好きになっても私には触れることさえできないんですよ」


「どうして? 触れるぐらいなら簡単だよ?」


 私はレイデンの顔をひっつかむと、唇にキスをした。


 彼は突き放そうとはせず、ただ身体を固くしてなすがままになっていた。我ながら強引だとは思ったけど、こうでもしないと落ち着いて話を聞いてはくれない。


「ハルカさん? どうして?」


「だって、こんなことであなたと別れたくないから」


「こんなことって……私の顔を見たのでしょう?」


「触ってる間だけでしょ? たしかに酷い顔だけど、目をつぶってればいいだけの話じゃない」


 彼は私の顔を見つめていたが、やがて両手で顔を覆い声を上げて泣き出した。



        *****************************************



「レイデンは『ミョニルンの目ん玉』の持ち主なんだね」


 ようやく気持ちを落ち着けたレイデンに向かってケロが言った。


「はい、そうなんです。よくご存じですね」


「何、それ?」 


 響きがなんだかかわいいんだけど、あの気味の悪い目玉のこと?


「つまりね、レイデンには物事の本質が見えちゃうんだよ。ニンゲンの内面が見透かせるんだ。僕たちにちょっと似ているかな」


「内面って? 性格がいいとか悪いとか? 」


「そんな感じだね。いい人は素敵に見えちゃうし、悪い奴は醜く見えるんだよ」


 ケロはこういうことには妙に詳しい。猫のくせにどこで学んだんだろう?


「その『目玉』って魔法の能力なの?」


「はい。とても珍しい能力なのだそうです」


 レイデンがうなずいた。


「『目玉』は『血の魔法』だろ? どっかの家系によく生まれるって聞いたけどな」


「はい、私の父も『ミョニルンの目』の持ち主です。しかしながら、私の力は前例がないほどの強さらしく、私には自分自身の能力が具現化して感じられてしまうんです」


「意味が全くわからないんだけど……」


「つまりレイデンには自分の姿が三つ目のお化けに見えるってことさ」


「ええ?」


「だから鏡を避けてたんだよね?」


「そうです。そのうえ私が触れた相手にまで、この姿を見せてしまうのです。努力はしたのですが、どうしても力をコントロールすることができなくて……」


「昔から『ミョニルンの目ん玉』は天からの授かり物って言われてるからね。持ち主にはどうしようもないんだよ」


 慰めるようにケロはレイデンの膝に前足を乗せた。


「授かりものなの? すごく大変そうだけど」


「そうかなあ? 外っ面しか見えないよりはずっとましだと思けどなあ」


 レイデンは寂しそうに自分の顔に指を這わせた。


「この力のせいで私は自分の顔を見たことがないのです。ほかの人に自分がどう見えているのやら、全く分かりません」


「ええ? そうなの?」


「子供のころ、描いてもらった絵で見たぐらいです」


 イケメンなのに謙虚なのはそういうことだったのか。


「ちょっと待ってて」


 私は机の引き出しからデジカメを取り出した。面接のときに写真を撮らせてもらったのを思い出したのだ。


「ほら、これを見て」


 モニターに映し出された自分の姿を見て、レイデンは眉をひそめた。


「……どなたですか?」


「レイデンだってば」


「……これが、私ですか?」


「うん、格好いいでしょう?」


「女の人が声をかけてくる理由が分かった気がします」


「いつもモテモテだったんでしょう?」


「ええ、でも触れるわけにはいかないので……」


 彼の顔がまた曇った。嫌なことを思い出したらしい。


「どうしたの?」


「以前、とても素敵な方に声をかけていただいたことがあって、事情をお話したら、それでも付き合ってくださるとおっしゃって」


「それで?」


「さっきのハルカさんみたいに叫んで……それっきりです」


 そう言うと彼はまた涙ぐんだ。華やかな見た目とは裏腹の気の毒な人生を歩んできたらしい。私が彼の肩を抱き寄せようとすると、彼は慌てて私から身体を離した。


「ごめん、いやだった?」


「いえ、子供の頃からよく周りの人を脅かしてしまったので、つい、人に触られそうになるとよけてしまうんです」


 そう言いながらおずおずと私に体を寄せる。


「私を怖がらずに抱きしめてくれたのは両親だけでしたから」


 また声が涙ぐんできたので、慌てて彼を抱きしめた。レイデン、ドキドキしてる。私の鼓動も聞こえてるかな? 


 こんなイケメンがこの歳になるまで売れ残っていたのにはやっぱり理由があったのだ。それも尋常ではない理由が。



        *****************************************



「あれ? さっきいい人は格好良く見えて、嫌な奴は醜く見えるって言ったよね?」


「はい」


「だったら私なんて不細工じゃないの?」


「大丈夫だよ。ハルカはかわいいよ。かわいいから僕がくっついてるんだ」


 ケロが言った。


「はい。ハルカさんはとても素敵ですよ」


 レイデンが顔を赤らめる。彼の美的感覚はケットシーの基準に近いと思った方が無難なようだ。


「本当に私でいいんですか? やっぱり私がハルカさんに相応しいとは思えないのですが。モジョリさんには到底かないませんし」


「どうしてそこにモジョリさんが出てくるの?」


「あの方、最高に格好いいじゃないですか」


「モジョリさんが?」


 誰にも好かれるおじさんだけど、真ん丸い赤ら顔で小太りで格好いいの定義とはかなり違う気がする。


「そうだよね。モジョリさん、物凄く格好いいもんね。ああ、そうか。だからレイデンが妬いてたんだね」


 ケロが納得したようにうなずいた。


「ええ、あの方を見るたびに自分と比べてしまって……」


 二人の会話についていけない。ケロにまで格好良く見えていたとは。でもレイデンが午後になると元気を失くしていた理由は分かった。


「モジョリさんはもういいよ。私はあなたがいいの。黙らないとまたキスしちゃうよ」

 

 彼の顔はまた耳まで赤く染まったけれど、消え入りそうな声で「……してほしいです」と言った。こんなに素直にねだられると私の方が恥ずかしい。


「今度はレイデンからしてよ」


「すみません。さっきのが初めてだったので、やり方がよくわからないんです……」


 ケロがクスクスと笑った。


「僕は散歩にいってくるよ。新人さんにしっかり指導してあげてね」


 このような次第で外界人の私が、見た目は完璧だけど、実際には問題ありまくりなイケメンと、晴れて付き合うことになったのだった。

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