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別れようかと思ってるんです

 研修会は順調に進んだ。木下さんのように体調を崩す生徒さんもおらず、フランス語が母国語のブリジットが英語に苦戦している以外、問題らしい問題もない。三日目の午後、私は『本部』の人に彼女のサポートをお願いして、一番後ろの席で講師の話に耳を傾けていた。


 ニッキも私の隣に座ってぼんやりしていたのだが、ビクッと頭を上げたかと思うと立ち上がって研修室から出て行った。何事かと周囲を見回したら矢島さんが反対側のドアから入ってくるところだった。さすがエルフもどき、ほんとに勘はいいんだな。


「あれ、ニッキはどうした?」


 矢島さんが部屋の中を見渡した。


「さあ、ジャニスの手伝いじゃないですか?」


「ジャニスも知らないって言ってたぞ」


「じゃ、どこかでサボってるのかもしれませんね」


 ニッキが矢島さんと顔を合わせたくない理由は分かっているので、私はしらばっくれた。本来なら彼がいる場所には近づきたくもないはずなのに、私の身を案じてくっついてきたのだ。頼んだわけではないけれど、彼の気持ちは大切にしたい。


「お前もいくら付き合ってるからって毎回連れてくるんじゃない」


 そう言いながらさっきまでニッキが座っていた椅子に腰を下ろす。説教でも始めるつもりかな?


「私が連れて来たんじゃないですよ。ジャニスの事務所が許可を出したんでしょ?」


「でも、お前から離れないじゃないか。ずいぶん惚れられてるんだな」


 この人、ニッキの気持ちはわかってるはずだけど、本当に私に心が移ったと信じてるのかな? でも、計画通りにニッキとは破局しないと後から色々とまずいことになる。そろそろ別れる予兆を見せておいたほうがいいな。


「……それがですね。ここんとこ喧嘩が多くて、もう別れようかと思ってるんです」


「え?」


 矢島さんが思いっきり真顔になった。


「それはダメだ。見捨ててやるな。あいつにだっていいところがあるんだぞ」


「どんなとこです?」


「え、ええとだな……ああ……」


 彼はもごもごと口ごもった。自分で言っておいて咄嗟には思いつかないのだ。


「顔だ。顔はいいだろ? なかなかのもんだと思うが……」


「イケメンですけど、私、見かけよりも性格なんで」


「そうなのか? お前は面食いだと思ってたんだがな。レイデンだって一目惚れだろ?」


「一目惚れはしましたけど、彼は見た目だけじゃないですよ。矢島さんだってわかってるでしょ?」


「それは……まあ、そうなんだけどな……」


 彼の頬がかすかに赤くなる。やっぱり相当惚れてるんだな。恋敵がレイデンじゃニッキには一縷の望みもないだろう。


「とにかくですね、喧嘩にも疲れたし、一緒にいない方がお互いのためだと思うんですよ」


「でも、仲はいいじゃないか。喧嘩してるところなんて見たことないぞ」


「人目のないところでしてるんです」


「でもなあ、あんなひねくれた奴と付き合えるのはお前ぐらいだろ? 野放しにすると被害者が出る。お前がしっかり捕まえとけ」


「私の責任にされちゃ困りますよ」


 散々な言われ方だな。好きな相手にここまでけなされちゃニッキが気の毒だ。早く彼の事なんて忘れてくれればいいんだけど。


「そんなに言うのならもうちょっと頑張ってみてもいいですけど、期待はしないでくださいね。それはそうと聞きたいことがあったんですよ」


 私を説得するまで諦めなさそうな雰囲気だったので、話題を切り替えてクリスのことを尋ねてみた。


「クリスか。俺はあんまり知らないんだよな」


「留学生のことはすべて把握してるんだと思ってました」


「北アメリカ地区の留学生はちょいと扱いが違ってな、合衆国出身の職員が何もかも面倒みてるんだよ。自分とこの生徒は他の国の奴らと関わらせたくないんだな」


「え? そんなのが許されるんですか?」


「最大の出資国だからな。少々のわがままは通る。『ICCEE(アイシー)』内でもいろいろあるんだ」


「それなのに現地事務所はジャニスに任せてるんですね。あんなにいい加減なのに……」


「あいつには内部情報は知らせてないんだろうな。エレスメイアに滞在すると、どうしても現地の人間に情が移る。あっち側に情報を漏らされちゃ困るから、用心してるんだろう」


 ジャニスはただの雇われお世話係ってことか。言われてみれば、私だって『ICCEE(アイシー)』の中の事は何も知らないから、立場は同じなわけだ。


「クリスについて俺が知ってるのは、ものすごく頭がいいってことぐらいだな」


 みんなそう言うんだな。


「噂じゃIQ160はあるんじゃないかって話だ。だとすれば俺以上だぞ」


「矢島さん、IQ高かったんですね」


「測ったことはないが高いに決まってるだろう」


「はいはい。で、彼はどんな魔法で滞在許可を貰ったんですか?」


「許可が出たのは工房の助手になったからだよ」


「ほんとに?」


「『ICCEE(アイシー)』にはそう報告が来てるな」


 ふうん。『魔法院』は 『ICCEE(アイシー)』に嘘をついてるわけか。


「ま、ほんとかどうかわからんけどな」


 矢島さんが意味ありげに笑う。『ICCEE(アイシー)』だって『魔法院』の話を鵜呑みにしているわけではないのだ。留学生を受け入れて貰っている立場なので、嘘つき呼ばわりするわけにはいかないのだろう。


「あの人、戻ってくるんですよね?」


「国が許せばな」


「どういう意味です?」


「やつの頭脳をエレスメイアに引き渡してしまっていいものやら、損得勘定しているところだろう。工房でオートマタの制作に関わるとなるとなおさらだ」


「オートマタ? それ、なんですか?」


「知らんのか? ロボットみたいな奴だ。お前の村でも歩いてるだろ?」


「ああ、『カラクリ』のことですね」


「どこからそんな訳が出てきた?」


「知りませんよ。私の翻訳魔法はポンコツなんです。でもエレスメイアの情報を集めたいのなら、頭のいい人を送り込んだ方が都合がいいんじゃないですか?」


「あいつは扱いが難しそうだからな。愛国心に溢れてるって感じでもないだろ? スパイには不向きなタイプだ」


「そうですね。分かる気がします」


 確かにクリスなら国益よりも自分の関心のあることを優先してしまいそうだ。


「外界では技師だったってジャニスに聞きましたよ」


「選抜試験を受ける前は医療機器の開発をやってたそうだ。飛び級して違う分野の博士号を三つぐらい持ってるらしいぞ」


「へえ」


 頭がいいなんてレベルじゃないな。そんな人がどうしてあそこまでレイデンに入れ込んでるんだろう? 


「お前、クリスが気になってるのか? もしかして、それでニッキと別れようってんじゃないだろうな?」


 矢島さんは探るように私の目を覗き込んだ。


「違いますよ。キャンプで話したときに不思議な人だなって思ったから……。ほら、留学生にはああいう感じの人って少ないでしょ?」


「確かにそうだな」


 クリスのおかしな執着について相談してしまいたい気もしたけれど、矢島さんには話さないとレイデンと約束してしまった。誓ったわけではないから話そうと思えば話せるのだが、レイデンの信頼を裏切りたくはない。


 それに彼の事だから矢島さんには折を見てきちんと打ち明けるはずだ。クリスの事を相談するのは、それからでも遅くない。今話して二人の関係にひびが入っても困る。


 だけど……クリスが絡むとレイデンはおかしくなっちゃうんだよな。それを考えると、本当に矢島さんに話すつもりなのか疑わしい。


「俺、もう本館に戻らないとまずいんだ。じゃ、ニッキの事は頼んだぞ」


 矢島さんが椅子をひいて立ち上がった。


「え、ちょっと約束はできませんよ」


「お前ならできる。自信を持てよ。じゃな」


 彼は私の返事を待たずに急ぎ足で出て行ってしまった。ああ、もう困ったな。


 お腹の子もそろそろ二か月目に入ろうとしている。出産日から逆算されたら、私がニッキと付き合っている期間にサリウスさんと『浮気』していたことにされてしまうのだ。エレスメイアの人は気にしないだろうけど、外界人の私としてはそれだけは避けたい。暢気に構えてる場合ではなかった。


 私は立ち上がり、『破局』の段取りをさっさとつけてしまおうと、どこに隠れているのか分からないニッキを探しに行った。


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