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レイデンの残り香

 ジャニスは私のベッドで寝ると言ったのだけど、ニッキはどうしても譲らなかった。結局根気負けしたジャニスが憤懣やるかたないといった表情で簡易ベッドに潜り込んだ。


 今夜のピャイは私と寝たいとは言い出さない。匂いが気に入らないようだけど、妊娠して体臭が変わったのかな? 気にはなるけど、セクハラめいた言動を我慢しなくて済むのはありがたい。


 ピャイが嗅ぎ取っているのは『魔法的な』匂いなのだとニッキは言ってたっけ。もしかしたらお腹の子の魔力に反応してるのかも。だとすれば、私のように強い能力を持っているのだろうけれど、『ドラゴンスレイヤー』の力は『血の魔法』じゃないから、この子が『スレイヤー』である確率は低そうだ。


「どうした、考え事か?」


 布団の下でニッキが私を小突いた。


「なんでもないよ。それよりもさ、恋人でもない人とどうして一緒に寝なくっちゃいけないの? あなたがあっちで寝たら済む話でしょう?」 


「あの女の寝相がひでえのは知ってんだろ? 腹を蹴られでもしたらどうすんだよ?」


「それなら一人で寝るのが一番安全だよね?」


「俺はお前を守ってやってんだよ。それに主人にひっつくのは(しもべ)の特権だ」


「嘘ばっかり」


 この人、色々と理由を付けて私と寝たがるんだよな。そっか、好きな人に匂いが似てるんだったっけ。本人は認めなかったけど……。


 あれ?


 つまり、私の匂いってジョナサンじゃなくて……


「ええ! 矢島さん?」


 驚きのあまり思わず声に出してしまった。


「な、なんだ!? キュウタがいるのか?」


 ニッキが慌てて身を起こす。


「違うよ。私の匂いって……矢島さんの匂いに似てるの?」


「ああ? んなわけねえだろ? 何を急に言い出すんだよ?」


 彼の声がうわずったから、つまりはそういう事なのだ。でも、どうして矢島さんなの? なんかすごく嫌なんだけど。


「うるさいわね。ヤジマの匂いがどうしたっていうのよ?」


 隣のベッドからジャニスの眠そうな声が聞こえてきた。


「ごめん、なんでもない」


「何でもないのに大声出さないでよね。目が覚めちゃったじゃないの。ただでさえ寝心地悪いっていうのにさ」


 ニッキにベッドを取られてまだご機嫌斜めなようだ。


「ヤジマなんて全然匂わないじゃないの。アジア人って体臭の薄い人が多いわよね」


 そうか。きっとニッキは日本人に特有の匂いの事を言ってるんだ。それなら気にすることもないか。


「お前、いつの間にキュウタの匂いを嗅いだんだよ?」


 ニッキはそっちが気になってしまうようだ。


「こっちに来たばっかりの頃よ。担当の職員がすっごく嫌な奴で、ヤジマに愚痴を聞いてもらってたのよね。うちで夜中まで飲んでさ、何回か泊まってったから……」


 だるそうな口調でジャニスが説明した。


 矢島さん、ジャニスにまで手を出してたの? いや、ジャニスの方が手を出したのか。驚くような事でもないけれど、ニッキが完全に黙り込んだから、もうその話題は終わらせよう。


「ねえ、ジャニス。本当に木下さんとは真面目に付き合ってるんだよね?」


「真面目って?」


「ほら、今までは色んな人とさ……」


 後腐れなく遊んでた、と言うと流石に失礼な気がして言葉を濁したのだけど、ジャニスには通じたようだ。


「あたし、別に遊んでたわけじゃないわよ。タケに会うまでは付き合おうって人が見つからなかっただけの話」


「へえ、ずいぶん気に入ってるんだね」


「そりゃ、あの人かわいいんだもの。なんか惹かれちゃうのよね」


「木下さん、人間だった時の自分を知ってるのに、なんであなたが付き合ってくれるのかわからないみたいだったよ」


「どうしてかしらね? あれだけ散々な目に遭って来たのに、諦めずにここまで来たんですもの。かっこいいと思うけどな」


 ジャニスは彼の自己評価が低いことをよく理解している。思い返せば研修会でもキャンプでも彼の話を親身になって聞いてあげていたし、この二人、案外うまく行くのかもしれない。


「そうか。だから今日のジャニスさんからは一人分の匂いしかしないんですね」


 突然に暗い部屋の隅からピャイの声がした。


「え? どういうこと?」


「触れた相手の匂いって身体に移るんですよ。握手ぐらいでも移りますが、セックスなんてしちゃうとてきめんです。何週間も残ったりするんです」


 うわ、生々しいな。


「ジャニスさんからは力強い魔法の匂いがしますね。木下さんの匂いです」


 ピャイは専用機で日本まで木下さんを迎えに行ったので、彼の匂いはよく知っている。本当にジャニスは木下さんにしか会っていないらしい。


「矢島さんも最近はレイデンさんの匂いしかしないんですよ。今まではいろんな匂いがして面白かったんですけどね。レイデンさんからは僕が今まで嗅いだことのない不思議な魔法の香りがするんです」


「へえ。ヤジマもやっと本気になれる相手を見つけたってことかしらね。ま、レイデンならスペックは申し分ないものね。ハルカを捨てた時には本気でムカついたけどさ。あ、ごめん……」


「いいよ。もう全然気にしてないから」


 それよりもこの会話を聞いているニッキの方が気になる。矢島さんとレイデンの話題は極力避けようとしてたのに、どうして蒸し返しちゃうんだろ?


 黙り込んだままの彼の頭をそっと抱き寄せると、彼は私の肩に顔を埋めてきた。サリウスさんにまたニッキの匂いがすると指摘されてしまいそうだけど、傷心の彼を放っておくわけにはいかない。早く彼にも次の恋が訪れてくれればいいのだけど。


「でもね、レイデンさんからはハルカさんの匂いもするんですよ」


 いきなりピャイが思わぬことを言った。


「そりゃ、一緒の事務所で毎日働いてるからね。匂いも移ると思うよ」


「いいえ、そういう匂いじゃないんです。なかなか消えない残り香みたいな感じです。彼と契約を結んだりとかしませんでしたか?」


「あの人、私の婚約者だったの。口約束だけだったけど」


「ああ、そういうことですか」


「じゃ、私からもレイデンの匂いがするの?」


「ええ、しますよ」


「私の今の彼氏、すごく鼻がいいんだ。もしかしたら気にしてたのかな?」


 まだレイデンに未練があるのだろうと疑われたこともあったしな。


「人の縁というのはなかなか消えないものなんですよ。でも、ちょっとずつ薄れていきますから心配はご無用です。それに今のハルカさんの匂いは強過ぎて、レイデンさんの匂いはほとんど消されてますから」


「私の彼氏の匂いなのかな?」


「ハルカさん自身の匂いみたいに感じられるんですけど、前に会った時の匂いとは全然違うんです。どうしてなのか僕にはわかんないですね。ああ、やっぱり背中の毛が逆立っちゃいますよ」


 やっぱりお腹の子供が強い魔法を持ってるのかな? 私じゃなくて、サリウスさんからの遺伝だということも考えられる。そもそも貴族というのが特殊で強力な『血の魔法』を持つ一族のことなのだから、とんでもない魔法を受け継いでいても不思議はないよな。


 でも、魔犬を怖がらせちゃうような能力って……どんな能力なの? サリウスさんがどんな魔法を使うのか私には見当もつかない。聞いたってどうせ待ってほしいと言われるだけだろう。彼との子供ができたのは嬉しいのだけど、先日の彼のおかしな態度といい、どうしても前途に不安を覚えずにはいられなかった。


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