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第17期生研修会

 それから数週間して第17期の留学生達がドイツの 『ICCEE(アイシー)本部』に到着した。


 体の調子もよかったので、『本部』での研修会にもいつも通りに参加したのだが、着いてみると今回もニッキの姿があった。身重の私が無理をしないように監視するのだと言う。最初は鬱陶しく感じたものの、文句を言いながらも雑用はすべて引き受けてくれるのでなかなかに便利だ。


 うちの地区からの合格者はたったの三人で、前回よりもさらに減ってしまった。 オーストラリア人のジェイダとアラン、ニューカレドニアのブリジット。今回の選考会はパースで開催されたので、オーストラリア人の受験者が多かったのだ。


 事前に送られてきたプロフィールを読み込んでおいたので、彼らとは初めて会った気がしなかった。三人とも明るくて人当たりがいい。選考にはこういうタイプが残りやすいと言ってしまえばそれまでなのだけど、くだらないトラブルに悩まされずに済むのはありがたかった。


 相も変わらず北アメリカ地区は人数が多い。それなのにニッキが私に付きっ切りなものだから、なんでよその留学事務所の手伝いをするのかとジャニスが怒り出したけど、もちろんニッキはどこ吹く風だ。


 矢島さんも同じぐらいぶつくさ言ったが、ニッキは彼の気配を察知すると野生動物のように姿をくらませてしまい、二人はほとんど顔を合わせていない。それでも『魔素部屋』を手配してもらえたので、夕飯後、生徒さん達が部屋に戻ったのを見届けてから荷物を持って部屋に向かった。


「ハルカさあん!」


 ドアを開けたとたん、白い塊が突進してきて、慌てて身をかわした。


「どうして避けるんですか?」


 魔犬のピャイは不満そうに耳をパタパタと動かした。またこいつが『魔素』供給係なのか。


「急に飛びかかって来るからびっくりしたの」


「半年ぶりなんだから、なでなでしてくださいよ」


 尻尾を振って甘える姿はかわいいのだけど、本性を知っているだけに気味が悪い。


「ちょっとだけだよ」


「お腹がいいです」


「頭にしといて」


 犬はちょこちょこと近づいてきたが、いきなりキャンと鳴いて後ろに飛びのいた。


「どうしたの?」


「ハ、ハルカさんのにおいが……」


「え、私、そんなに臭う?」


「背中の毛が逆立っちゃって……」


 小さな身体をプルプルと震わせている。そこまでひどいなんてショックだな。今朝、シャワーを浴びてから汗をかくようなことはしてないんだけど……。


「なんも臭くねえけどなあ? 気にすんなって」


 ニッキはそう言ってくれたけど、やっぱり気になる。先にシャワーに入ってしまおうとスーツケースを開いたら、コンコンとドアがノックされた。


「おい、キュウタだったら俺はいねえからな」


 あっという間に彼の姿はバスルームに消えた。


 研修会が終わるまで本気で逃げ回るつもりなんだろうか? 『魔素部屋』のお礼ぐらい言った方がいいと思うんだけどな。


 けれどもドアの向こうに立っていたのはジャニスだった。真っ赤なキャリーケースを引っ張ってずかずかと部屋に入り込んでくる。


「なんで荷物持ってんだよ?」


 ジャニスだと分かって強気になったニッキがバスルームから顔を出した。


「『魔素』があった方が身体が楽なんだもの。あたしもここに泊めてもらうわ」


「ずうずうしいぞ」


「はあ? あんたが何もしないもんだから、疲れ果てたのよ。明日は手伝いなさいよね」


「やだよ。今までは一人でやってたんだろ。俺とハルカの邪魔をするんじゃねえ」


「付き合ってもないのに邪魔もなにもないでしょ。第一、どうしてここに来てまで恋人のフリしてるわけ? ハルカだって図書館の貴族とうまく行ってるんでしょ?」


「恋人のフリってなんのことですか?」


 背後でくうんと声がした。振り向くとピャイがつぶらな瞳で見つめている。しまった、こいつがいるのを忘れてた。


「ええと、私達、別れちゃったんだ。でも、カップルって事にしておけば『魔素部屋』を一緒に使わせてもらえるからね」


「なんだ、ズルしてたんですね」


「そうなの。だから、しばらくは秘密にしておいてくれないかな」


「いいですよ。僕もハルカさん達と会えなくなっちゃうとつまらないですから」


 咄嗟についた嘘だけど、白犬は信じてくれたようだ。


「矢島さん、なんでまたニッキさんが来るんだって、ぶつぶつ言ってましたよ。でもハルカさんのためだから仕方ないかって」


 そうなんだ。それじゃ『魔素部屋』は私に気を使って用意してくれてたってこと?  嘘ついちゃってなんだか申し訳ないな。


「僕の家は『門』の近くなんで、よく呼び出されるんですよ。矢島さんの恋人が外界に来る時にもいつもご一緒してます」


「あら、あの人、外界まで連れてきちゃうようなお相手がいたんだ。どんな人なの?」 


  ジャニスは瞳を輝かせて身を乗り出した。『ICCEE(アイシー)』の職員が、個人的な理由で外界へ連れ出すとなると、セフレ程度の関係ではないのは明らかだ。彼女がこんなに面白そうな話を逃すはずがなかった。


「とてもキレイな人ですよ。レイデンさんって言うんですけど」


「え?」


 ジャニスは一瞬固まってから、おもむろに私の方を向いた。例の「親友の私にどうして話さなかったのよ」って表情を浮かべている。こりゃ、長くなりそうだな。


「俺、散歩してくる」


 ニッキがすっと立ち上がった。そりゃ、こんな話は聞きたくないよね。『失恋の薬』を貰うって決めたんだから、さっさと済ませてくれればいいのに。気を遣うのにも疲れてきたよ。


 彼がドアを閉めたのを確認してから、これまでの経緯をかいつまんで話した。もちろんニッキの片想いは伏せておく。


「じゃ、あなた、ヤジマに恋人を奪われちゃったの? まさか別れた理由はそれ?」


 欧米人の多い『本部』では職員はファーストネームで呼び合っているのだが、矢島さんは上の名前で呼ばれているようだった。久太郎という名前がよほど気に入らないらしい。


「違うってば。全部、別れた後の話だよ」


「そうよねえ。あの真面目なレイデンに浮気なんてできるはずないわよね。それにしても、私用なのに『魔法生物』を同伴だなんて許されるの? 優遇されすぎじゃないかしら」


「レイデンさん、すぐに『魔素』切れを起こしちゃうんで仕方ないんですよ」


 ピャイが気の毒そうに耳をぺたんと倒す。へえ、未だに『魔素』がないとダメなのか。何度も来てるんだから、いい加減に慣れそうなものなのに。


「観光にも一緒に行くの? ボディガードをつけなくちゃいけないし大変でしょ?」


「矢島さんがついててくれますし、僕はかわいいペットにしか見えないので大丈夫ですよ」


 そう言えばあの人、護衛もできるんだったな。まさかドイツでも銃を隠し持って歩いてるのかな?


「でも、あなたがくっついてちゃ、二人きりにはなれないよね」


「いいえ、家にいるときは僕は別の部屋でゲームをしてるんです。『魔素』切れしたら、レイデンさんが休憩に来るんですよ」


「あれ、どうして一緒にいないの? 『魔素』がないと、あの二人、会話もできないでしょ?」


「矢島さんは少しだけエレスメイア語が話せますから、意思の疎通はできるんですよ。複雑な話は全然無理みたいですけど。ま、僕はお邪魔ってことですね」


「外界に行ってまでイチャイチャしてるのね。そういう事はエレスメイアで済まして来ちゃえばいいのにね」


「ですよねえ」


 呆れ顔のジャニスにピャイが同意した。


 けれども、私にはその理由がよくわかった。いくら矢島さんに『目玉』への耐性があるといっても、醜い姿を見られるのはレイデンにとって耐え難いはずだ。『ミョニルンの目』という重荷を背負わされた彼が心置きなく好きな相手と触れ合えるのは、外界でのほんの僅かな時間だけ。一刻だって無駄にできるはずがないのだ。


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