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『天』からの指令

 目を覚ますと、いつものごとく隣でニッキが眠りこけていた。頬にこびりついた涙の痕が痛々しい。


「ニッキ、起きてよ。始発の馬車で帰るんじゃなかったの?」


「うう……もうちょっとだけ寝かせてくれ……」


 揺すってもすぐに目を閉じてしまう。あれだけ飲めば半日は二日酔いだな。ジャニスに叱られても知らないからね。


 彼を起こすのは諦めて身支度を始めたけど、気持ちがどんどん重くなる。昨夜はあんなことがあったから、レイデンとは顔を合わせ辛い。彼に会ったらなんて言おう。


 ところが階下に降りたら、もう彼は出勤していた。普段よりも三十分以上早いんだけど、いつの間に来てたんだろう?


「今朝は早いんだね」


「ええ、仕事の前にハルカと話をしたかったので……」


 うう……何を話すつもりかな? 昨日のレイデン、怖いぐらいの迫力だった。もう関わるなと言い渡されてしまうんだろうか? 


 素っ裸でいたところに押しかけてこられたんだから、腹を立てて当然だよな。打ち解けた関係に戻れそうだと喜んでた矢先なのに、私が全部ぶち壊してしまった。


「あの……最初に言っておくけど、謝るつもりはないからね」


 どうせ叱られるのなら、これだけははっきり言っておこう。彼の身に危険が及ぶのであれば、今後も介入するつもりだという意思表示でもある。

  

「あなたはクリスには逆らえないんでしょ? 嘘を言わされてる可能性だってあるんだから、ほっとくわけにはいかないの。それに彼がナイフを握ってるのを見たんだからね」


「そうか、見ちゃったんですね」


 否定するかと思ってたのに、彼はあっさりと認めた。


「あれは私がクリスに頼んだんです。彼が悪いのではありません」


「あなたが? 何をするつもりだったの?」


「それは話せません」


「話せないってことは、もしかして『目玉』が見た未来と関係がある?」


「はい、そうです」


 結局また袋小路だ。『目玉』が絡むと彼からは何も聞き出せない。ああ、モヤモヤするなあ。


「あの、ハルカ……私が話したいと言うのは、その事なんです……」


「その事って?」


「『ミョニルンの目』の事です」


「でも、今、話せないって……」


「『目』が見た事は話せません。けれども、『目』についてあなたに知っておいてもらいたいことがあるんです」


 彼の意図はよく分からなかったけど、この際、聞き出せる事はなんでも聞いておいたほうがいいな。


「『ミョニルンの目』は『天』からの授かりものです。『天』が『目』を使って持ち主に未来を見せるのだと言われています。これはご存じですね?」


 話の腰を折りたくなかったので、私は黙ってうなずいた。


「私の一族には代々『目』の力を受け継ぐ者が現われます。けれども、未来まで見通せる『目』は極めて稀なのです。比類ないと言われた父の『目』でさえ、数えるほどの回数しか未来を見たことがありません。常日頃から未来を見てしまう私の能力は、父の力を遥かに凌ぐものなんです」


 強力過ぎて自分ではコントロールできないとは言ってたけど、そこまで凄い能力だったとは。そんな才能の持ち主がどうしてこんな事務所で働いてるのか分からない。『魔法院』や国軍にスカウトされてもおかしくないと思うんだけど。


「でも、未来が見えれば悪いことは避けられるし、便利な力だよね」


「それならいいのですけどね。実際はその正反対なんでよ」


「どういう意味?」


「『ミョニルンの目』の見せる未来は、『天』から与えられた指令なんです」


「指令って?」


「つまり、『目』の持ち主には『目』が見た未来を実現させる義務がある、という事です」


「よくわからないよ。『目玉』は未来を予知するだけじゃなかったの?」

 

 私の困惑した顔に、彼は柔らかな笑みを浮かべた。


「そうですね。こう言えばわかりやすいでしょうか。例えば今夜この事務所が燃えている光景を私の『目』が見たとしましょう。もし、その時刻になっても火事が起こらなければ、私は事務所に火をつけなくてはなりません」


「ええ!? そこまでやっちゃう?」


「やりますよ。それが『目』を持つ者の使命なのですから」


「そんな大事な事、どうして話してくれなかったの?」


 ずっと一緒にいたのに、ちっとも気付かなかったよ。


「話せばあなたに心配をかけると思ったからです。それに、これまでは『目』は何も求めては来ませんでしたから、支障はありませんでした……」


「これまで? じゃあ今は?」


「最近になって、頻繁に未来の光景を見るようになったんです。ハルカ、今、世界は大きく動き出そうとしているんですよ。そして、『天』は私にその手助けをさせるつもりなのです」


「世界が動いたら、何がどうなるの?」


「それは話せません」


「そんな事言わないで話してよ。知ってれば私にも手助けできるかもしれないよ」


「いえ、ダメなんです。これだけは私一人の方がうまく行くんですよ。ハルカに話せるのは、知っても差し障りのない事だけです」


 彼は申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「あなたにはこれから何が起こるのか、全部分かってるの?」


「いいえ、『天』はすべてを見せてはくれません。私には未来の光景が断片的に見えるだけなのです。小さな手がかりを頼りに手探りで動くしかありません」


「そんなの、大変すぎるでしょう? ほんとに大丈夫なの?」


「大丈夫ですよ。それが『目』を継いだ私の役割なのですから、覚悟はできています」


 院長が『ミョニルンの目』は持つ者にとって重荷なのだと言ってたけど、彼はこのことを言ってたんだろうか?


「私と別れたのも、『天』からの指令には逆らえなかったから?」


「そうです」


「少しは辛く感じた?」


「ええ、別れると知った時には辛かったですよ。けれども、それが私たち二人のためになると分かっていましたから、受け入れるのは簡単でした」


 未来が見えるってどんな感じなんだろう。『目』が目撃した出来事は、彼にとってはもう既成の事実なのだ。未来も過去も、彼にしてみればたいして変わりはないのかもしれない。


「なんで今になって話そうと思ったの?」


「あなたに話さなかったばかりに、昨夜はあのようなことが起きてしまいました。それなら知ってもらっておいた方がよいと思ったのです。傍目には私がおかしな行動を取っているように見えるかもしれません。けれども、それにはすべて意味があるのです」


 遠回しに言ってるけど、結局は「邪魔するな」って言われちゃったみたいだ。


「でも、危ない目には遭って欲しくないよ」


「『目』は持ち主を守ってくれるんです。手駒を失くせば『天』も困りますからね。私の身の心配はいりませんよ」


「本当に?」


「ええ、本当です」


 嘘を言ってるようには見えないな。彼の『目玉』がその桁外れな力で彼を守ってくれると言うのなら、安心しても大丈夫なのかな。


「クリスのナイフも心配いらなかったってこと?」


「はい」


「それじゃ、昨夜はあなたのミッションの邪魔をしちゃったんだね」


「影響はありませんでしたから、気にしないでください。実を言えば、ハルカが助けに来てくれたのは嬉しかったんですよ」


「え? そうなの? 怒ってたでしょ?」


 どう見ても嬉しそうじゃなかったけどな。


「出て行ってもらうために、あのような態度を取るしかなかったんですよ。クリスの事で心配をかけているのは知っています。私があなたの立場なら、同じことをしたと思いますし……」


「箒なんて振り回してみっともなかったね」


「いえ、格好良かったですよ」


 レイデンが微笑む。


「なんだよ、お前ら、仲いいな。ヨリを戻すんじゃねえだろうな?」


 突然に私の背後からニッキの眠たそうな声が聞こえた。


「いいえ、それはありません」


「即答かよ」


 レイデンの返事にニッキが苦笑いする。自分が私の彼氏だって設定、覚えてるんだろうか?


「始発に乗らなくてよかったの?」


「頭が痛てえんだよ。昨日も早退しちまったし、馬鹿女に殺されるな」


 レイデンは席について書類を広げ始めた。ニッキの前で話の続きをするつもりはないようだ。


 私はキッチンに入って、棚の上の籠から卵を取り出した。ニッキがだるそうにダイニングの椅子に腰掛ける。


「朝ごはん、食べられる? 」


「無理だ」


「あのさ、レイデンは二日酔いの呪文が使えるんだけど……」


「そうなのか? じゃ、頼んでくるよ」


 彼は立ち上がって、事務所に入っていった。今はレイデンの顔なんて見たくもないと思うんだけどな。二日酔いがよっぽど酷いのか、現実を受け入れて気持ちを切り替えようとしているのか、どっちなんだろう?


「俺の分も焼いてくれ」


 すっきりした顔で戻ってきたニッキが、籠から卵を三つも取り出した。


「レイデンの呪文、よく効くでしょ」


「ああ、助かったよ。ジャニスのはたいして効かねえからな」


 そう言いながら、カップや皿をテーブルに並べてくれる。これなら次の馬車で送り返しても大丈夫だな。出勤してくれないと飲ませた私までジャニスに叱られそうだ。


「ところでさ、お前、ほんとに格好良かったぜ」


「え、昨夜の事?」


「思い出すと笑えるけどな」


「それじゃ格好いいって言わないでしょ? 恥ずかしいなあ」


「でも、結果は上々だったじゃねえか」


「そう? クリスに契約結ばせただけだよ?」


「それが正攻法だろ?」


「そうなの?」


「外界の事は知らねえが、魔法世界(こっち)じゃ契約は絶対だ。結ばせた方が勝ちなんだよ」


 へえ、とっさに他の方法を思いつかなかっただけなんだけど、最善の策を選んでたって事か。


「私もなかなかやるよね」


「なに調子に乗ってんだよ?」 


 朝食を食べながら、半開きのドアの隙間から机に向かうレイデンの横顔を盗み見た。私が心配してるの、ちゃんとわかってくれてたんだ。そりゃ、そうだよね。二年半も付き合ってたんだから。


 けれども、この人は優しくて泣き虫なだけの人じゃないんだ。『天』の意に沿うためになら、昨夜のような厳しい表情を見せることだってできる。私と分かれた時のあの冷ややかな態度の理由も、今になってやっと分かった気がする。


 『ミョニルンの目』は彼にどんな未来を見せたんだろう? 私たち二人とも幸せになれるのなら、未来は明るいと信じてもいいんだよね?



        ****************************************


 

 それから二週間後、生徒さんたちが帰国していった。結局、シホちゃんの時のような奇跡は起こらず、滞在許可は誰にもおりなかった。


 後からマイアとユンスムニルが最後の週に会っていたのだとラウラおばさんに聞かされた。二人は何を話したんだろう? 『門』に足を踏み入れる時、マイアは明るい表情をしてたから、会ってよかったのだろうとは思う。


 剣士の姿で村を闊歩するカールを見かけなくなったのは寂しいな。魔法学校に通うこともなくなり、放課後につるむ友達もいなくなって、鬼の木下さんも気が抜けたような顔をしている。


 ニッキの情報だとクリスは数か月はアメリカに足止めを食うらしい。しばらく彼の事を心配しなくていいのだけが心の救いだった。


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