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ハルカ、覗く

「なあ、ハルカ。ありゃあ、ヤベえよ」


 事務所を出るなりニッキが言った。心なしか表情がこわばっている。


「え? なんで?」


「熱を起こす魔法だなんてとんでもねえ。ありゃ、なんとかっていう攻撃魔法だぜ。『スレイヤー』の魔法並に珍しくてな、使えるやつは、もう何年も出てないはずだ」


「でも、鍛冶屋さんはああいう魔法を使うんでしょ?」


「職人には自分で熱を起こす奴もいるけどな。あそこまでの高温は出せねえから、普通は特殊な炉を使うんだ。さっきの、見ただろ? 防御の魔法で抑えてなきゃ、今頃事務所は全焼だぜ」


 ひええ、やっぱりヤバい技だったんだ。


「じゃあ、クリスの滞在許可は……」


「あれで下りたんだろうな」


 だとするとこれは機密レベルの案件だ。学校から留学代理店へ報告はできないから、ニッキが知らかったのは当然なのだ。


「クリスには口止めしてなかったのかな?」


「あいつ、よくわかんねえ奴だから、本人には攻撃魔法だってことは伏せてあるんじゃねえか? 自分が人間兵器だって知ったら、何をしでかすかわかんねえからな。俺たちも気を付けた方がいい」


 なるほど、だからニッキは自分が悪かったフリをして、学校からの報告がなかったことを誤魔化したんだ。


「それじゃ、『触る魔法』で滞在許可が下りたんじゃなかったんだね。ドレイクにも分からないぐらいだから、レアな魔法だとは思うんだけど……」


「もしかしたら『魔法院』も把握してねえのかもな。学校で習うような魔法じゃねえしよ」


「でも、熱を起こす能力はジェドに報告したって言ってたでしょ? 『触る魔法』も報告してるんじゃない?」


「他人の弱みを握れるような能力なら、誰も知らねえ方が有利だぜ。あいつ、頭がいいから、そっちの方はわざと隠してるのかもしれねえ」


 推測であれこれ言っても埒が明かない。やっぱり院長に確認するしかなさそうだ。早く戻ってきてくれないかな。


「それにしてもさ、あんな攻撃魔法を使える人がいるなんて怖いよね。爆弾が歩いているようなものでしょう?」


「それ、お前が言うセリフかよ?」


 ニッキが呆れたような目つきで私を見た。


「どういう意味?」


「お前の能力の方が殺傷力は高けえだろ?」


「え、そうなの?」


「自覚持った方がいいぜ。気安く害獣退治に使うような技じゃねえ」


「大丈夫。脅かすだけで何も殺したことないよ。あ、ハーピーは消えちゃったけど」


「ハーピーなんて半端ねえだろ? 昔は使い手を集めて集団で戦ったって言うぜ」


「害獣退治屋の仕事じゃなかったんだ。そう言えばすごい毒があるもんね」


 そうだ。害獣退治で思い出した。モジョリさんにツノネズミ駆除を頼まれてたんだった。


「ちょっと寄り道してもいい?」


「どこ行くんだ?」


「ネズミ退治」


「ああ?」


「お世話になってる仕出し屋さんの依頼なんだ。先にパブに行っててくれてもいいけど……」


「面白そうだな。俺も行くよ」


 私たちは向きを変えて、モジョリさんの店のある西のはずれに向かった。



        ****************************************



「ねえ、ニッキ。あれからどうなの?」


 矢島さんの事を引きずっているのは明らかだけど、それでも尋ねてみた。話せる相手がいた方が早く気持ちが楽になる。


「何がだよ?」


「分かってるでしょ? 私の前で強がるのはやめてよね」


「そりゃ主人の命令か?」


「違うよ。失恋仲間として言ってるの」


 彼はしかたねえなあというように、少し笑って肩をすくめた。

 

「まだ、ちょっとしんどいけどな。大丈夫だ」


「仕事をさぼって来ちゃうぐらいだから、大丈夫じゃないよね」


「今日はお前の顔が見たかったんだよ。なんかほっとするからな」


 こんなに素直な言葉が出てくるなんて、かなり参ってる証拠だな。傷が癒えるまでもっと一緒に過ごしてあげたい。彼が私にしてくれたみたいに。


「おい、あの音はなんだ?」


 唐突にニッキが立ち止まり、辺りを見回した。聞き覚えのある音だな。プシュン……プシュンって……。


「あれ、クリスの『カラクリ』の音だよ」


「俺たちの向かってる方角じゃねえか?」


 彼は私を置いて駆け出して、次の角で立ち止まった。


「いたぞ。あいつらだ」


 百メートルほど先に馬と二つの人影が見えた。『カラクリ』には乗らず、レイデンとクリスはその隣を並んで歩いていた。


 私たちが事務所を出てから十分も経ってないのに、話をする時間なんてあったのかな?


「どこに向かってるんだ?」


「村はずれまでクリスを送って行くんだよ」


「タプタイ村に帰るんだったら方向違いだ。レイデンの家に行くんじゃねえのか。きっとイチャイチャしたくなったんだよ」


「あの二人、そんな風には見えないんだよね。クリスは淡白そうだし」


「わかってねえな。ああいう真面目そうな奴ほどヤラしいんだぜ。見た目じゃわかんねんよ」


「そうなのかなあ?」


 もしかしたら最初から泊りに来る予定だったのかな? わざわざ会いに来たにしては会話もないから不思議に思ってたんだよね。二人っきりになってからゆっくり話すつもりだったのかも。


「ハルカ、どうかしたか?」


「うん、ちょっと気になることがあるんだよね」


 レイデンは今夜は彼と二人きりになることを知っていたのだ。さっき彼が見せた怯えたような表情、やはり見間違いではなかった気がする。


「ねえ、あの二人についてっても構わない?」


「あいつがヤラしいかどうか確認するのか? せっかくだから賭けようぜ」


「違うよ。さっきレイデンが暗い顔してるの見ちゃったの。何か気の乗らないことをさせられそうになってるのかも」


「きっとそうだ。外界人にはすっげえ妙なセックスする奴がいるっていうからな」


「そっちの話じゃないよ」


「分かんねえだろ? とりあえず、ついて行ってみようぜ」


 もう日はとっぷり暮れている。『カラクリ馬』の出す音に紛れて、後をつけても気づかれることはない。おかしな音に窓を開けて表を覗く住人もいたが、暗い中、わざわざ外に出て来ようとはしなかった。


 やがて二人は小さな二階建ての家の前庭に入っていった。この通りに住んでたのか。思ったより近所に住んでたんだな。


 二人は『カラクリ』を前庭の隅にとめると、建物の左側に取り付けられた狭い階段を上り、側面の扉から中に入った。二階の部屋を借りているらしい。


 レイデンの様子はやっぱり変だ。頭を垂れて階段を上る彼の姿が、屠畜場に連れていかれる子牛みたい見えたのだ。


 前庭に面した二階の部屋には窓が二つ並んでいた。向かって右側の部屋が明るくなる。人影が動いたと思ったらすぐに見えなくなった。


「で、どうするんだ?」


「どうするって言われても……」


 ついてきちゃったけど、中を覗くわけにもいかないし、私、何を考えてたんだろう? しばらく道路の街路樹の陰から眺めていたけれど、この角度じゃ窓からは壁と天井しか見えなかった。


「座っちゃったのかな?」


「ベッドに直行したんだろ」


 どうしてもクリスをむっつりスケベにしたいらしい。


「おい、そこに箒があるぜ。それ、借りたらどうだ」


 ニッキは近くの垣根に立てかけられた箒を指さした。


「箒なんて何に使うの?」


「お前、飛べただろ? 外界の魔女は箒で飛ぶんじゃねえのか?」


「はあ?」


「二階の窓まで飛べば中が見えるぜ」


「ええ? 私、高いところは苦手なの。それに覗きなんて……」


「あいつが心配なんだろ? 今も様子がおかしかったもんな」


 ニッキも気づいてたんだ。


「その木につかまって浮き上がれば怖くねえよ。この暗さじゃ中から見られる心配もねえ」


「やっぱり覗くのはまずいよ。ほんとにイチャイチャしてたらやだし」


「あいつが酷い目に遭わされてないか確認するだけだ。仲良くヤッてりゃ問題はねえからな」


「だからそれが嫌なんだけど」


「じゃ諦めて飲みに行くか?」


 うう……どうしよう。レイデンの様子は確かに普通じゃなかった。心の平穏のためにも、とりあえず覗いてみるべきかもしれない。


「わかったよ」


 箒の上に横座りして、片手で一番低い木の枝につかまった。飛行バイクの要領で箒を宙に浮かせる。今は葉っぱがないので、枝の隙間から窓が確認できた。暗いながらも明かりはついてるので中はよく見える。


「へえ、うまいな」


「私、才能あるのかも」


 だんだんと高い枝へと手を移しながら、上へ移動していく。落ちても枝につかまっていれば大丈夫だと自分に言い聞かせた。箒の柄が食い込んでお尻がズキズキする。


 ようやく、窓の高さまでたどり着いたけど、空っぽの本棚が見えるだけだ。少し身体を左側に移動させると。グレーのシャツを着た人物の上半身が窓の端に現れた。クリスだ。道路からは見えない角度で立っていたのだ。


 レイデンはどこだろう? 箒を浮上させるとクリスの前にベッドがあるのが見えてきた。さらに上昇すると、その上にレイデンの褐色の裸体が横たわっていた。頭だけ僅かに持ち上げて、クリスと会話しているようだ。


「見えたのか?」


 ニッキが小声で呼びかけた。


「うん、今からみたい」


「今からって?」


「わかるでしょ?」


 ニッキの予想通り、ベッドに直行だったな。賭けなくてよかった。


「もう降りるよ」


 昔の彼氏の情事を覗き見した自分に情けなさを感じる一方、何事もなくてほっとしてもいた。このことは死ぬまで私の胸だけにしまっておこう。


 枝につかまって箒を降下させようとしたとき、目の端にクリスが動くのが写った。冷たい光がきらめいたのが気になって、もう一度窓に目をやると、彼が胸の前に何かを構えている。魔法の明かりを反射して冷たく光るもの……。


 それが何かわかったとき、私は悲鳴を上げそうになった。


 彼の右手には小さなナイフが握られていたのだ。


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