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得意な魔法はなんですか?

「レイデン、クリスが来たけど……おかしな馬に乗ってるの」


「あれ、もう着いたんですか?」


 私たちは外に出てクリスを出迎えた。


 馬に見えたものは、四本足の『カラクリ』だった。今までに見た『カラクリ』と違って、驚くほどに動きが滑らかだ。タプタイ村で見かける『カラクリ』には中の構造がむき出しになった物が多いのだけど、この『馬』には金属製の外装の板が張り付けてあり、SF映画に登場してもおかしくないようなデザインだ。


「こんにちは」


 『カラクリ』の馬から降り立って、いつもの抑揚のない声でクリスが挨拶した。


「ここにとめてもいいですか?」


「構わないですよ。それ、凄いですね。まるで生きてるみたい」


「色々といじったので、今日は試運転がてらに乗ってきたんですよ」


 クリスが離れると、『カラクリ』はぴたりと動かなくなった。


 表の冷気と共に彼は事務所に入ってきた。眼鏡の奥の薄青い瞳が部屋の中をぐるりと見回したかと思うと、いきなり私の方を向いた。


「ハルカさん」


「な、なんでしょうか?」


「これをどうぞ」


 黒っぽい物を差し出だされて私は思わず一歩後ろに下がった。彼の手に握られているのはタプタイ村名物の焼き菓子の包みだった。


「ああ、ありがとう。これ、美味しいんですよね」


 ただの手土産だとは思うけど、彼の手に触れないように注意深く受け取った。彼の未知の能力は触ると同時に発動するようだ。疑ってかかって損はない。


「ハルカさんが好きだと聞いたんです」


「レイデンにですか?」


「はい」


 レイデン、いつの間にそんな話をしたんだろ? 繭の中に二人でいた時? 付き合い始めてすぐの人と、元カノの好物の話なんてするのかなあ? 私の情報を聞き出して、懐柔しようとしてるとか?


 レイデンはクリスにお茶を出した後、また仕事に戻ってしまった。クリスはソファに腰かけて黙り込んでいる。お客さんをほったらかしなんて、レイデンらしくないな。私の方が気になってしまう。


「ねえ、レイデン。カフェにでも行って来たら? 早く上がってもらっても構わないよ」


「いえ、僕の事は気にしないでください。仕事の邪魔をしに来たのではありませんから。後で少しお話できればいいのです」


 レイデンの代わりにクリスが答えた。じゃ、なんでこんなに早く来るんだろ? 気になり過ぎて十分に仕事の邪魔なんだけどなあ。


 静寂の中、ゆっくりと時間は過ぎた。ようやく終業時間まで残り三十分という頃になって、いきなりニッキが入ってきた。


「よう、ハルカ。なんだ、外の変な馬は?」


「あれ、今日は金曜じゃないでしょ?」


「お前がいつでも遊びに来いって言ったんだろ?」


 大丈夫だって言ってたくせに。


「おい、なんでこいつがいるんだ?」


 ソファの上のクリスに気づいて、ニッキが訝しげな視線を向けた。


「帰国前にレイデンとハルカさんに会いに来たのです」


 クリス自身が質問に答える。


「レイデンはわかるけどさ、ハルカに何の用があるんだよ?」


 ニッキは警戒心丸出しだな。私も知りたいから聞いてくれると助かるけど。


「ハルカさんは僕の友達ですから」


 そういえば友達になってくれと頼まれたんだった。小学生のような答えだけど、彼が言うと裏がありそうに聞こえるな。


「そうなのか、ハルカ?」


「うん、お土産を持ってきてくれたの」


「お、それ、うまいんだよな。みんなで食おうぜ。お茶淹れてくる」


 お菓子の包みを見たニッキはクリスへの警戒心を失ったらしく、キッチンへと消えた。


 いつもは偉そうにレイデンに命令して淹れさせるのにな。矢島さんのことは気にしてないといいながらも、恋敵には話しかけにくいんだろうか。


「ほら、お前らも休憩しろよ」

 

 しばらくして戻ってきたニッキは、カップの乗った盆をコーヒーテーブルにがちゃんと置いて、自分は一人掛けの椅子に陣取った。強引な奴だな。


「もうちょっとで終わりなんだけど」


「じゃ、今終わったって同じだろ? 俺なんか早退してきたんだぞ」


「偉そうに言える事じゃないでしょ?」


 彼に急かされて、私たちは全員でコーヒーテーブルを囲んだ。レイデンはクリスの隣に腰を下ろしたけど、見知らぬ同士のように黙ってお土産のお菓子を食べるだけだ。


 居心地の悪い雰囲気にたまりかねて、私はクリスに話しかけた。


「週末には帰国ですよね。もう準備はできたんですか?」


「はい」


「戻ってきたら工房に就職なんですよね?」


「はい」


「住むところは決まってるんですか?」


「いえ、まだです」


 そしてまた沈黙。


 会話のキャッチボールってご存じですか、と尋ねたい衝動に駆られたけど、この際、気になってたことを聞き出してしまおうかな。


「魔法学校では成績がよかったって聞きましたよ。どんな魔法が得意なんですか?」


「熱を起こす魔法です」


「部屋の暖房に使う魔法ですね。レイデンも得意なんですよ」


 そりゃ、特殊な力を持ってたって正直に話すはずはないか。


「そんなの、誰にでも使える魔法じゃねえか。なんかこうさ、珍しいのはねえのかよ?」


 私と同じぐらいイライラしていたらしいニッキが不満げに口を挟んだ。


「珍しいのはありませんね。ニッキさんは私の記録には目を通しているのでしょう?」


「通しちゃいるけど、全員のは覚えてねえんだよ」


 職員なら当然把握しておくべきなんだけど、こいつ、偉そうだな。


「そうですか。でも、珍しいと言えば、僕の熱を起こす魔法はかなり珍しいと思いますよ」


「どういう意味だよ」


「応用の効きそうな魔法なので、工房で色々と実験してみたところ、かなりの高温が出せることが分かったのです」


「へえ。そりゃ、面白そうだな。見せてみろよ」


「いいですよ」


 クリスは右手をすっと前に突き出した。


 とたんに刺すような熱気が頬に当たり、私は思わず両手で顔を覆った。熱はコーヒーテーブルの辺りから放射されているようだ。やがて空中にぼんやりとした光の点が現われた。


「温度を上げていきますから、直視しないでください。目を傷めます」


「危なくないの?」


「防御の魔法で周囲を囲って、ほとんどの熱と光は封じ込めてしまいます。心配はありません」


 それって凄い高等技術じゃないか。防御の魔法は院長の得意分野なので色々と話を聞いている。自分から離れた空中に、それも任意の形でバリアを張ろうとすれば、魔力だけではなく並外れた空間認識能力が必要なのだ。


 彼の能力を信頼して大丈夫なんだろうか? 私の心配をよそに部屋の気温はどんどん上がり、黄味がかっていた光の点は青白いボールへと変化していく。直視するなと言われたけど、まぶしすぎてそっちを見ることすらできない。


「こりゃあ、すげえな。でも熱いからもう止めてくれ」


「はい」


 ニッキに言われてクリスが腕を下げる。部屋の中が一気に暗くなった。


「今ので何度ぐらい出てたの?」


 私は額の汗を手の甲で拭った。


「この世界では正確に計測する手段がありませんが、鉄の融点は越えていますね。まだ限界まで上げたことはありません」


「講師には話したのか? 報告貰ってたっけな?」


「ええ、ジェドに伝えました」


「じゃ、俺が見落としてたんだな。参ったな。またジャニスにどやされちまうよ」


 あれ? ニッキがあっさり自分の非を認めるなんて珍しいな。


「面白い物見せてくれてありがとうな。お、五時だぜ、ハルカ。飲みに行かねえか?」


「今から? 構わないけど、明日も仕事だから早めに帰るよ」


「おう、それでいいぜ」


 ニッキは立ち上がって、もうドアに向かっている。


「レイデンたちはこの後どうするの?」


「そうですね。クリスとも話したいので今からカフェに行こうかと思ってるんですが……」


「いえ、このままここで話しましょう。お茶はもういただきましたし、お店は周りがうるさいので苦手なんです」


 クリスが腰を上げようとしたレイデンを引き留めた。


「じゃ、先に出るね。明かりは付けておいてくれていいよ」


 私はバッグと杖だけ持って、ニッキと表に出た。ドアを閉めようと振り返った時、レイデンの姿が目に入った。あれ? どうしたんだろう? 表情がどこかおかしいな。何かに怯えているような目をしている……。


「レイデン?」


「なんでしょうか?」


「大丈夫なの?」


「はい。戸締りはしておきますよ。楽しんできてください」


 そういう意味じゃないんだけどな。けれども今の彼は落ち着いた笑顔を浮かべている。


 おかしいな。クリスの技を見たせいで、目がおかしくなっちゃったのかな? 


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