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サリウスさんのお泊り

 キャンプから戻って数日後、サリウスさんが初めて私のところに泊りに来た。図書館から一緒に馬車に乗り、停留所から事務所まで並んで歩く。冬至も近いこの時期は日が暮れるのが早い。サリウスさんは暖かな色の明かりで足元を照らしてくれた。


「ほう、あれがハルカの家か」


 事務所の前まで来るとサリウスさんは足を止めた。この暗さじゃよく見えないと思うんだけど、何の変哲もない二階建ての家屋を感慨深げに眺め回している。


「職場兼自宅なんですよ。どうかしましたか?」


「やっと君の家に招いてもらえるようになったのだと思うと感無量でな」


「そんな風に思ってたんですか? 来たければいつでも来てくれてよかったのに」


「送ると言っても断られるではないか」


「王都からわざわざ送ってもらうのは申し訳ないと思っただけです」


 中に入ると彼は一つ一つの部屋を興味津々に見て回った。特に外界から持ち込まれた物には強い関心を示して私を質問攻めにする。


「夕ご飯が遅くなっちゃうので、先に支度しますね」


 彼が電卓に夢中になっている間に急いで調理を始めた。本日の献立は外界から持ち込んだ調味料とこちらで手に入る食材を組み合わせた日本食だ。サリウスさんに気に入ってもらえるかな? 『門』が閉じられるまではヨーロッパとの交流が盛んだったので、様々な外界料理が伝わっているけれど、さすがに和食は食べたことはないだろう。


 小さなダイニングテーブルに料理が並ぶと、再び質問が始まった。特に自家製の納豆が気になったらしく、箸の先でかき混ぜてはふわふわと舞い上がる糸を眺めている。貴族が箸で納豆を食べているのはシュールな光景だな。


「ところでハルカ……」


 一通り知識欲が満たされると、彼は椀をテーブルに置いた。


「キャンプはどうだったのかな? なにかあったのだろう?」


「どうしてわかるんですか?」


「なに、君が話そうとせぬからな。不快な話でも私には遠慮せずに話してくれてよいのだぞ」


 本当はサリウスさんに会ったらそれだけで嬉しくて、愚痴なんてこぼす気分じゃなくなっただけなのだ。でもせっかく尋ねてくれたんだから話してみようかな。


「たった一泊だったのに色んな事が起こったんですよ」


 レイデンの話はするべきじゃないよね。いくら遠慮するなと言っても、元カレのことで相談されたら気分が悪いかもしれないし。


「ええと、ドレイクが現われたんです。降りてきちゃったんでちょっとした騒ぎになりました」


「ドレイクだと?」


「キャンプ場に国軍が来たので、様子を見に来てくれたみたいです」


「国軍が来るとはよほどの事ではないか。何があったのだ?」


 私はジャニスと木下さんが鬼ごっこをして湖が大荒れになった顛末を話した。


「ほう、ジャニスとやらはたいした技をつかうのだな。それほどの『水使い』が『魔法院』にいたとは知らなかった」


「『魔法院』の所属ではないんですよ。彼女は外界人ですから……」


 ジャニスの話によれば、彼女は『魔法院』との繋がりはなく、いつも国軍からの呼び出しに応じて現場に赴くということだった。


「だが、そういう君は『上級魔法使い』ではないのかな?」


「『ドラゴンスレイヤー』だから扱いが違うのかと思ってました」


「防災の要である『水使い』は重要度で言えば『スレイヤー』よりも上なのだ。力量のある『水使い』は、例え本人が望まなくとも『上級魔法使い』に任命される。だが、外界人は『魔法院』に入れぬという決まりがあるのなら、やはり君が特別だということか」


 彼の表情は面白がっているようにも見える。それじゃ、私だけが特別扱いされているのは、タニファの使命を帯びているからなのかな?


「おや、心当たりがあるようだが……」


「ええ、でも機密なんで、話せないんです。お話ししたくてもあなたの正体がわからないうちは『魔法院』の許可も貰えないと思いますよ」


「それはそうだな。では、もうしばらく待つとしよう」


「ええ? もうしばらくってどのくらいですか? あなたが誰なのか、まだ教えてもらえないんですか?」


「もうしばらくはもうしばらくだ。焦らずに待ってほしい」


「気になるなあ」


 ふくれて見せたけど、彼は笑顔を浮かべただけで話題を元に戻した。


「ドレイクは君が心配だったのだな」


「そうだと思います」


「わざわざ様子を見に来るとは、ずいぶんと君に執着があるように思えるのだが……」


「そんなことはないですよ。私はいい友達だと思ってますけど……」


 いきなり浮気の現場を抑えられたような気がして、言い訳がましい口調になった。


 竜は繁殖の相手として私を求めているのだけど、そのことはサリウスさんには知られたくなかった。彼が気にするとは思えなかったけど、ドレイクの話になると妙な罪悪感が込み上げてくる。隙をつかれてキスされたなんて口が裂けても話せない。



 夕食が終わるとソファに腰かけて、外界の雑誌や本に目を通しながら、ラウラおばさんの焼いたお菓子を食べた。ケロは遠慮してくれたらしく、彼が来たとたんに姿を消してしまったので二人きりだ。


 こうやってサリウスさんと事務所で過ごすのはおかしな感じだ。彼のいる場所にはいつもレイデンがいたっけな。最近はニッキがいることもあるけれど。


「昔の恋人の事を考えているな?」


 サリウスさんが私の顔を覗き込んだ。相変わらず勘がいい。


「まあ、そうなんですけど、もうはっきり思い出せないんです。ずっと一人でここに住んでたみたい」


「だが、彼とは毎日会っているのだろう?」


「そりゃ、うちの職員ですから……あれ? 妬いてるんですか?」


「その通りだ」


 彼は両腕を伸ばして私を抱き寄せ、膝の上に抱え上げた。じっくりと長いキスの後、私の服を脱がせにかかる。


「あの……ベッドは二階ですよ」


「それはこのソファの使い心地を試してみてからでもよいだろう」


 もう何度も共に夜を過ごしているのに、彼に見つめられるとやっぱり食べられてしまいそうな気持ちになるのは変わらない。


「サリウスさん、背が高いから、ここじゃ狭くないですか?」


「背が高い? それは君の過去の経験から言っているのかな?」


「え、そ、そういうわけじゃ……」


「いいや、そういうわけだろう」


 そのまま唇を塞がれて、サリウスさんがソファの使い心地を試している間、反論の機会は一度も与えて貰えなかった。



        ****************************************



 翌朝は思いっきり寝過ごした。焼きもちモードに入ってしまったサリウスさんが、遅くまで寝かせてくれなかったのだ。


「すみません、離してください」


 がっちりと抱き着かれていたけれど、外が明るいのに気づいて慌ててベッドから抜け出した。服を着て階下に降りるとレイデンが仕事を始めていた。


「ごめん、寝坊しちゃった」


「構いませんよ」


 もちろん私が遅れたからと言って彼が気を悪くするはずもなく、明るい笑顔を見せてくれる。


 私の後から毛布を身体に巻きつけたサリウスさんが現れた。


「もう、ちゃんと服を着てくださいよ」


「だが服はこの部屋に置いてきたではないか」


 ああ! そうだった!


 ソファの脇の床の上にはサリウスさんの厚手のローブがずっしりと小山を築いていた。その下から私のスカートや下着が覗いている。うわ、これは恥ずかしすぎる。


「おはようございます」


 レイデンは驚いた様子も見せずにサリウスさんに挨拶をした。そりゃ、あれを見れば何があったのか察しはついていただろう。


「あ、ああ、すまない。気づかなかった。もう事務所を開ける時間なのだな。私は帰るよ」


「え? いえ、どうぞゆっくりしていってください。コーヒーでいいですか?」


 レイデンは、慌てて立ち上がろうとした。心優しい彼に寝起きの人を追い出すような真似ができるはずがない。


「いいよ。私がいれるから」


 元カレに今の彼氏のコーヒーをいれさせるのは間違っている気がして、いそいでキッチンに飛びこんだ。


 そうか、この二人は図書館で会ったことがあるんだ。でも付き合ってることは結局レイデンには伝えていなかった。これじゃ、ニッキと二股かけてると思われちゃったかな。


 サリウスさんに簡単な朝食とコーヒーを出したけど、食べ終わると遠慮したのか彼はさっさと帰ってしまった。


 寂しいな。いつか彼と一緒に暮らせる日が来るんだろうか? 未だに正体も分からないし、二人の将来が見えてこない。でも、彼が信じろと言ったのだから信じるしかないのだろう。


「あの、レイデン」


「はい」


「私、サリウスさんと付き合ってるの」


 見ればすぐに分かることだけど、とりあえず私の口から話した方がいいと思ったのだ。仕事が始まる前に彼を送りだす予定だったのに、格好の悪いカミングアウトになってしまった。


「よかった。幸せそうな顔をしていますね」


 レイデンが微笑んだ。


「うん。これもあなたのおかげかもね」


 これは嫌味ではなく、今の正直な気持ちだ。


「そう言ってもらえると気持ちが楽になります。ハルカには酷いことをしてしまいましたから」


「『目』が見たことなんでしょう。あなたのせいじゃないよ」


 別れた時のことに彼が触れるのは初めてだ。思い出すと額の辺りが今でもずきりと痛くなる。


「でも、何を見たかは話してくれないんだね」


「ええ、話すことはできません」


「私の身にとんでもない事が起こったりしないよね?」


「え?」


 彼の表情が固まった。


「起るの?」


「い、いいえ、あの、悪い事ではありませんから」


「起こるんだ」


「話せないんです。お願いですから聞かないでください」


 泣きそうな顔で懇願されては仕方ない。悪い事ではないという彼の言葉を信用するしかないようだ。


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