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初めての夜なのに

「サリウスさん!」


 ぴくりとも動かない彼の身体の下で私はパニックに陥った。怪我させちゃった? 死んでないよね? 心臓は? 動いてる? 


 自分の心臓がドクンドクンと邪魔をして、彼の鼓動が感じられない。


 落ち着かないと。落ち着いて彼の状態を確認するのが先決だ。


 意識の宿らない身体はぐたりとして鉛のように重い。やっとのことで彼の下から抜け出して、大きく深呼吸。いつものことながら不思議なほどに心が落ち着いた。


 彼の背中に耳を押し当てて心音を探る。よかった。心臓は動いてるし、息もしている。


「サリウスさん、サリウスさん!? しっかりしてください!」


 どのくらいの力で撃ってしまったのかはわからないけど、わき腹の指輪が触れた箇所が赤くなっている以外、外傷は見当たらない。


 うつぶせのままだと苦しそうなので、身体の下に腕を差し入れてなんとか仰向けに返した。何度も身体を揺さぶったけど、ぐったりとしたままだ。


 うす暗い部屋の中、気を失った彼氏の顔を素っ裸で覗き込んでるなんて、情けなくて涙が滲んできた。


 サリウスさん、お願いだから目を覚まして。身体を揺さぶりながら、右手で頬に触れる。


「……ごめんなさい」


 大好きなのに……傷つけたくなんかないのに……。散々焦らしたあげくに攻撃魔法で気絶させるなんて最低の恋人だ。意識が戻ったら間違いなく愛想を尽かされてしまうだろう。だからといって、起こさないわけにはいかないし。


 医療系の魔法はまったく使えないし、もちろん意識を取り戻させる魔法なんて知らない。童話みたいにキスしたら目を覚ましてくれるかな? 外界の昔話は『魔法世界』の実話が元になったものが多いのだそうだ。ダメ元で試してみよう。


 彼の顔の上にかがみ込んで、整った唇にそっと自分の唇を押し付けた。これが最後のキスだと思うと抑えていた涙がこみ上げて、彼の頬にぽとりとしずくが落ちる。


 彼の体がピクリと動いた。


「サリウスさん!? サリウスさん!」


 繰り返し名前を呼ぶうちに、彼の目が開いた。ゆっくりと私の顔に焦点を合わせる。


「サリウスさん、大丈夫ですか?」


「……あ、ああ。何があったのだ?」


「私が撃っちゃったんです。ごめんなさい」


「……撃った? ……攻撃魔法でか?」


 彼は頭を振りながら上半身を起こし、脇腹の赤くなったところに指を這わせた。


「そこ、痛いんですか?」


「少しひりっとする。ここを撃ったのだな」


「はい、あの……急に怖くなっちゃったんです」


 サリウスさんは何も言わず私を見つめていたが、やがて「そうか」と言ってため息をついた。


「もう乗合馬車もないな。今から帰すわけにはいかぬから、今夜は客間を使うとよい」


 彼はさっさとベッドから下りて、壁にかかっていたガウンを手早く羽織った。私も惨めな気持ちで衣服を拾いあげて身に着けた。


「部屋に案内しよう」


 彼は階下の小さな部屋へと導いた。この家のほかの部分と同じく暖かな雰囲気の部屋だけど、もちろん内装を観察するような気分ではない。


「一通りのものはそろっている。好きに使うとよい」


 そう言い残して彼は上へと戻ってしまった。


 一人残されて私はその場に立ち尽くした。止まっていた涙がまた溢れ出す。ここにいても辛くなるだけだ。第一、明日の朝、どんな顔してサリウスさんにと会えばいいの? もう事務所に戻るしかない。


 エクヴァの飴で酔っぱらったときも、一人で帰ろうとしたっけな。でも今回は事態の深刻さが違う。無意識だったとはいえ『ドラゴンスレイヤー』が人を攻撃してしまったのだ。一つ間違えば彼を殺していたかもしれない。


 階段を上がり、彼の部屋のドアに向かって話しかけた。


「サリウスさん、やっぱり帰ります」


 すぐにドアが開いて、彼が顔を出した。ベッドには戻っていなかったらしく、まだガウンを羽織ったままだ。


「だが、乗合馬車はもう走っていないぞ」


「雇います」


「……そうか、わかった。だが馬車屋まで送らせてほしい」


「はい」


 王都の治安は悪くはないし、エレスメイアの誰よりも私の方が強い。送ってもらわなくても危険はないのだが、断っても聞かないだろうと受け入れた。だが彼はその場から動こうとはしない。


「サリウスさん? どうしたんですか?」


「……君を送って行ったら、もう会えなくなってしまうのだろうか?」


「え?」


「怖がらせてしまったことは謝る。だが、私を嫌わないではくれないか」


 この人、何を言ってるんだろう? いきなり撃たれたのは彼の方なのに……。


「サリウスさん……怒ってるんじゃないんですか?」


「私がハルカに怒る理由などないではないか」


「でも、客間で寝ろって……」


「君が私を怖がっていると思ったからだ」


「私、あなたを撃っちゃったんですよ。腹は立たないの?」


「『スレイヤー』と付き合う代償だと思えば、そんなのは些細な事だ」


「本気で言ってるんですか?」


 尋ねてはみたものの、彼の表情を見れば本心だとわかる。


 よかった。嫌われたんじゃなかったんだ。嬉しくてまた涙が込み上げて来た。


「君こそ私が怖かったのだろう?」


「はい、サリウスさんに食べられちゃいそうな気がしたんです」


「君は間違ってはいない。狂おしいほどに君を手に入れたくて、自分自身が恐ろしくなるほどの激しい感情に押し流されてしまった。君にもそれが伝わってしまったのだろう」


 彼は恥じ入るように視線を私からそらせた。


「どうか今夜はここにいてくれないか。君にはなにもせぬと約束する。あの部屋で安心して眠ってほしい」


「嫌です」


「だ、だが……」


「今夜はあなたの部屋で一緒に寝ます。ダメなら帰りますから」


「ハルカ?」


 いつもは威厳に溢れているサリウスさんが、今にも泣き出しそうななんとも情けない表情をしていて、愛おしさに胸がぎゅうっと締め付けられた。


 私は自分の指から指輪を抜き取って、ポケットの中に入れた。


「『魔具』がなければいくら『スレイヤー』でも攻撃できません。安心してください」


「だが、君こそ怖くなったらどうするのだ?」


「我慢します。私だってあなたを伴侶にしたいですから」


 手を伸ばして彼の頬に触れた。肌を通して彼の欲望が再び膨れ上がるのがはっきりと分かる。けれどももう怖いとは感じなかった。


 何も言わずに彼は微笑み、私を部屋に引きずり込むと背後でドアを閉めた。



        *****************************************



 後ろから抱きしめられたまま、まどろんだ。彼が身動きするたびに目を覚まし、暖かい腕の中にいるのを確認しては眠りに戻る。口付けされた箇所がまだ熱い。体中に刻印を焼き付けられたようで、本当に彼の所有物になってしまった気がする。


 何度目かの眠りについた時、どこか遠くから声が聞こえた。


「……ハルカ……許せよ」


 誰? サリウスさん? 何を許せっていうの? 聞き返そうとしたけれど、口が動かない。私はそのまま深い眠りへと吸い込まれていった。


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