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BITTER CANDY ~黒い歴史の1ページ~  作者: 梅雨ゼンセン
第二章 ―人形に怯える男―
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7.『ニンギョウ』か、『ヒトガタ』か

 夕方。

 僕は車を出して、陀宮さんと一緒に隣町にある依頼主のマンションに来ていた。今日も変わらず僕はスーツで、陀宮さんはセーラー服だ。

 前回の一条さんに、今回と、連続で近場の依頼。

「陀宮さん。これ大まかな住所バレてませんか?」

「やっぱり? ん~……何か対策を講じておいて小林君」

「森近です。僕にそんなスキルはないですよ」

 というかいつになったらまともに呼んでくれるのか……、と肩を落とし、駐車場に車を停めて降りる。ベージュを主とした六階建てのマンションだ。依頼主の『二田(ふただ)都雄(とみお)』さんは四階に住んでいるらしい。

「君は階段ね」

「いじめないでくださいよ」

 僕らは階段ではなく当然エレベーターに乗る。回数は順番に上がっていき、4のランプが点灯する。

 二田さんの住んでいるところは奥から二番目のところにある。

 表札を確認してインターホンを鳴らすと、しばらくして中から人の動く音が聞こえ、ドアが少し開く。付けてあったチェーンを気にしてか、そろりと開かれたところから一人の男性が顔を出す。

「……どちら様でしょうか?」

 見開かれた目が、隙間から僕たちを見る。明らかに僕たちを警戒している。

 僕はなるべく彼を刺激しないように、いつもの感じで自己紹介をする。

「二田都雄さんですね。僕は森近優真と言います。こちらは僕の上司の陀宮奈々子さんです」

 それに陀宮さんは「どうも」と挨拶する。それにはやはり向こうも驚いたようでいつも通りの反応が返ってくる。

 そこから僕がしばらく説得をして、ようやく彼は信用して僕らを家に上げてくる。

「新手の詐欺かと思いましたよ」

 そう玄関先とは打って変わって、誤魔化すように笑う二田さん。リビングに僕たちを案内した後、彼はキッチンに行ってお茶の準備をする。

 僕らはその間、リビングのソファに腰掛けて待つ。座った目の前にはガラスのテーブルにソファが対面するようにもう一つ。よく客が来るのだろうか。

 部屋も広いし綺麗に片づけられている。一人暮らしだと聞いていたが、彼はかなり綺麗好きなようだ。

「人の部屋をじろじろ見ない」

 よっぽど物珍しそうに見ていたのだろう。隣に座っている陀宮さんからお叱りを受けてしまい、僕は反省してジッとしていることにする。

「すみません……」

 歳は僕の方が上なので余計に恥ずかしい……

 しかしこういう高そうな家はあまり落ち着かない。流行りものやおしゃれに無頓着な僕は、こういう飾り気のある所を苦手に思うきらいがある。仕事柄こういった場所を尋ねることは少なくなく、慣れようとは試みているのだが、これが中々うまくいかない。難儀なものだ。これなら学生時代にもう少しファッションを勉強しておくんだった。

 なんて後悔しているとキッチンから紅茶を持って二田さんが来た。

「どうぞ。紅茶のことは分からないんですけど、貰いものなのできっといいものですよ」

「ありがとうございます」

「ありがとう」

 お礼を言って僕らは素直に頂く。紅茶は嫌いじゃない。が、どの種類が美味しいとか、香りが深いとかはよく分からない。基本はリプトンか午後ティーくらいしか飲まないからなぁ。

 そういえば陀宮さんはどうなんだろう。そう思ってチラリと横を見てみると、まるでどこかの国の貴族の様に優雅に紅茶を飲んでいる、というより味わっているように見える陀宮さんの姿があった。彼女の口から紅茶が好きだとかは聞いたことがないが、それでもまるで世界各国の上物を飲み尽くしてきたような貫禄じみたものが漂っている……ように感じた。

 陀宮さんは一口飲むと「ふぅ……」と一息吐き「さて、」と切り出す。それで僕も正気に戻り、呆けていた頭を即座に切り替える。

「依頼内容は『人形(にんぎょう)』だったか、それとも『人形(ひとがた)』だったか」

 そう彼女は脚を組んで、いつものように薄い笑みを浮かべる。あの嫌な顔だ。

 彼女の言葉を聞いて、二田さんは左手に持っていたカップを置き、表情を曇らせる。そして目を伏せて手を組み、しばらく考えた後に、

「……ここで見たことは一切、他言しないでください」

 そう、重い口を開いた。

 それに僕は首を縦に振り、陀宮さんは静かに目を瞑る。

「はい。ご心配なく」

「大丈夫。保証しますよ」

「……」

 僕ら二人の反応を見て、また彼は少し迷ったように目を伏せる。

 そして少しの後、覚悟を決めた様に立ち上がる。

「……ついてきてください」

 彼は僕らを別の場所に案内する。

 廊下に出て、彼が向かった先は浴室だった。

「……ここです」

 ドアを開き、先に彼が中に入る。トイレ付きのユニットバスになっている。隣の浴槽の蓋は閉じられている。

 が、何かが入っているのだろう、少しだけ蓋が浮いているのが見える。

「ここに……」

 二田さんは少し怯えているように見える。この閉じられた浴槽に何があるのだろうか。

「とってもいい?」

 そう陀宮さんは僕の後ろからひょこっと出てきて、二田さんに問う。彼はそれに浴槽から目を背けながら

「……どうぞ」

 了承する。陀宮さんは満足げに「ありがとう」と言ってクルリと回れ右をして、

「近森君。さあ!」

「さあ、じゃないですよ! あと森近です」

 まあ……そうなると思ってましたけどね。

 流石に二人も入ると狭いので二田さんと陀宮さんには入口で待機してもらい、僕が一人で浴室に入る。

 嫌な予感がする。

 確か陀宮さんは『にんぎょう』か『ひとがた』かと言っていた。どちらも漢字変換すると『人』の『形』になる。

 人形、となるとこの中身はきっと……

 そう思って開けた瞬間、僕は目を見開いた。

「っ――――――」



 中に入っていたのは人形ではなく、本物の人だった・・・・・・・


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