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BITTER CANDY ~黒い歴史の1ページ~  作者: 梅雨ゼンセン
第二章 ―人形に怯える男―
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16.解答


 ファミレスを出た僕と六原さんと陀宮さんは、その足で二田さんのマンションに向かうことになった。

 陀宮さんと六原さんを後ろに乗せ、僕はエンジンをかける。

「積載量が多くなると燃費が悪くなるんだけどねぇ……」

 そうため息を吐く陀宮さんを見て六原さんはムッとする。

「私を見て言わないで。それにそんなに太ってないわよ」

「そうなの、近森君?」

「森近です。ていうか僕に振らないでください」

 そう渇いた返答をしてからアクセルを踏む。と、やはり一人増えただけに車の発進が遅く感じ、

「あ、」

 と零してしまう。それを後ろの二人は聞き逃さなかったようで、バックミラーをチラリと見ると、陀宮さんは口元を隠して笑っていて、六原さんはプイッと外を向いてしまった。あまり依頼者の機嫌を損ねないでほしい。そう思っている僕も一役買ってしまったのだが。

 ため息を吐きそうになったが飲み込み、出発する。

「……これなら簡単に報酬をもらえそうね」

 そう陀宮さんは腕を組んでシートに身を預け、笑う。六原さんはフンと鼻を鳴らすと、

「後払いで金額はこっちが決めていいんでしょ? なら、子供のお小遣い程度かもしれないわよ?」

「まあそれでもいいわよ。私は働きに相応しい料金なら文句を言わないから。今回はすぐだし、貧乏なあなたの懐も考慮して少なくても不満はない」

「……ほんっと、失礼なガキ」

 大きなお世話よ、と彼女は不満げに眉をひそめる。

 車内の会話はそれだけで、僕らは特に渋滞に引っかかることも無く、彼のマンションにたどり着いた。

 エンジンを止め、降りる。



 その瞬間、急に空気が肌寒くなったような気がした。



「―――――っ」

 これは、横断歩道のときと同じだ。

 まるでどこかに引きずり込もうとしているような。そんな錯覚を抱いてしまうこの冷気は、ここが終着点だということを黙して語っている。

 肌を逆撫でるように、足元から這い上がってくる冷たさの中、


「さあ、行こうか」


 陀宮さんはスキップをし出しそうなほど愉し気に、エレベーターの方に歩いていく。

 そんな黄昏の冷たい世界を闊歩かっぽする陀宮さんは、まるで霊界への案内人の様に見えてしまう。

「大丈夫?」

 固まっている僕を心配して、六原さんが声をかけてくれる。彼女はきっと何も感じていないのだろう。本当に不思議そうな顔をして僕の方を見ている。

「……ええ。いつものことです」

 そう笑うと、僕は足を進める。立ち止まっていては真実にはたどり着けない。

 陀宮さんのところに行くと、丁度そこでエレベーターの扉が開いた。

「貧血なら来なくてもいいよ?」

 そう笑う彼女に「いえ、大丈夫です」と返し、僕はともにエレベーターに乗り込む。

「六原波奈。あなたは階段ね」

 と言って『閉』のボタンを押して扉を閉める。

「はあ!?」

「陀宮さん」

「冗談よ」

 と彼女は『開』のボタンを押して扉を開く。なんだこれは、恒例行事なのだろうか。階段ダッシュなんて、僕たちは野球か?

 三人とも乗って『4』のボタンを押したところで扉が閉まり、エレベーターが上昇していく。なんだか、この面子でエレベーターに乗るというのは少し不思議な感じがする。何より六原さんは出会った当初、僕をエレベーターから引き剥がしたのに、今は一緒に乗っている。まああのときと今とは大分状況が違うのだが。

 今回は特に問題なく四階までたどり着くことができた。扉が開くと燃えるように赤い廊下が目に飛び込んでくる。エレベーターで異界に行くことができるという都市伝説を知っているが、悪寒と相まって本当に別世界に来てしまったような気がする。

「異界なら、きっとこの先にあるよ」

 そう陀宮さんは僕だけに聞こえるように呟いて、エレベーターを出る。そして僕らはそんな燃える世界の中を進み、二田さんの部屋の前まで来る。

 僕はインターホンを鳴らす。が、中から返事は無い。

「電話しても出なかったんでしょ? ならこれ以上待っても無意味なんじゃない?」

 早くも待ちくたびれたのか、陀宮さんは面倒そうに言う。確かにそうだ。しかしそれなら余計に扉には鍵がかかっていそうなものだが。

 そう思ってノブに手を掛ける。金属のノブは氷の様に冷たい。

 と、すんなりと回り、ドアが開いた。

 それは僕が無意識に引いてしまったのか、それとも一人でに開いたのか、分からない。しかしまるで誘うようにゆっくりとドアは開き切り、部屋の中を露わにする。

 中は前と変わりない。小綺麗な廊下の奥にはリビングのドアが見える。

 だが、僕の中では言い様の無い不安が大きくなっていた。



 しん、―――――――――――



 静寂、というよりは沈黙。

 遠くから聞こえてくる車の音や生活音は霞み、自分の呼吸、心臓の音がはっきりと聞こえる。

 そして、まるで何かが息を殺して待っているような、そんな不安が背中を駆け上がる。

「……」

 中を見たまま立ち止まっている僕の脇を通り、陀宮さんは不敵に笑って入っていく。

 望むところだ、と。

 そう言っている佇まいに加えて、瞳は凍てつく獰猛さを孕んでいる。

 この凍えた空気よりも、なお冷たく鋭い眼光。

 それは久しぶりの狩りで、大物に興奮する猟師のソレに似ているのかもしれない。

 彼女は靴を脱がず、そのままズカズカと中まで入っていく。それに少し驚きはしたが、僕と六原さんも同じように続く。



――――――トン、トン、と。



 昏い廊下に僕たちの靴の音が響く。

 それ以外の音は聞こえない。


 何も無い。

 何も変化が無い。


 故に不気味だ。


 一歩一歩進む度に、僕の心臓に仄暗く、ゼラチン質の黒い霧が絡まりついてくるようだ。

「……」

 二畳半ほどの短い廊下なのに、酷く時間がかかったような気がする。陀宮さんを先頭に短い廊下を歩いて、ようやく僕らはリビングのドアにたどり着く。

 と、陀宮さんが手を掛けたところで、僕はふとバスルームの方が気になった。曇りガラスのせいで中ははっきりと見えない。しかし色くらいは分かる。

 そこに肌色の影はなかった。

「っ……」

 それになぜか、違和感を抱いてしまった。

 しかしそれを考えとして形作る前に、陀宮さんはドアを開ける。

「失礼」

 そう言って彼女がドアを開けた先には、



「どうぞ。待ってましたよ」



 ソファに腰かけ、門崎三葉を膝枕して・・・・・・・・・微笑む・・・

 二田都雄の姿・・・・・・があった。


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