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BITTER CANDY ~黒い歴史の1ページ~  作者: 梅雨ゼンセン
第二章 ―人形に怯える男―
17/31

15.人の癖

 陀宮さんが相槌を打つ。



「私たちは、よく三人で遊ぶ仲だった。高校の時からもう二人は付き合っていて、私はそんな二人の仲介役、というか、どちらかといえば三葉の面倒を見てあげるような立場だったかな。あの子、心配性だったからよく私が相談に乗ってあげていたの……」

 うんうん。続けて。

「……事故があったのは高校三年の春よ。春休みに三葉から都雄を誘ってカラオケ行こうってラインがきて、私たちはそれで一日カラオケをしたり、ゲームセンターでゲームをしたりして過ごしたわ。……それで、帰り道。歩道を歩いていると突然車が突っ込んできて、それで……三葉が……」

 そこで轢かれて死んだ、と?

「……ええ。三葉は私たちの目の前で……死んだわ。だから都雄君の部屋にいるアレは三葉じゃない! 三葉なわけがないの! だってあの子は、あんな……あんな……!」

 大丈夫? 飲み物でも頼む?

「……いえ、大丈夫よ。ごめんなさい」



「……大学は別々のところに行ったんだけど、彼とまた会う機会があった。そこで都雄君は三葉が帰ってきたんだって、無邪気に笑ってアレを私に紹介してきたわ。……彼は本人だって言い張るんだけど、私は…………ただただ不気味だった」

 彼女は重いため息を吐き、お冷を少し含む。

 ふーん、と陀宮さんは特に関心無さげに返答した後、店員を呼んで今度は抹茶ラテを注文する。

「あ、そっちのドリンク代はそっちの支払いだから。奢るつもりは毛頭無いので」

「……態度はでかいのに、懐は狭いのね」

 その皮肉に、陀宮さんはさらに皮肉気に笑い、

「生憎、このヒモの負担分が大き過ぎてね。手いっぱいなの。ね、近森君?」

 なんて、嫌味な視線を僕の方に向けてくる。それには少しムッとくるが、実際かなりお世話になっていることは自覚しているので何も言えない。

「……森近です。すみません」

 僕はすねた子供の様な目を向けつつ、反省することしかできなかった。

 陀宮さんはそれに満足したようで「すねた顔も中々可愛いと思うよ?」なんて揶揄(からか)ってくる。僕もうそろそろ成人するのに、女子高校生に可愛いとか言われて……人生本当に大丈夫なのだろうか。非常に不安だ。

 さて、と陀宮さんは気を取り直し、話に戻る。

「違いとかはなかったの? あなたの言う『アレ』と生前の『門崎三葉』との違いは」

「違い……」

 違いと訊かれてしばし考え込む六原さん。

「……あんまりなかったと思う。でも……」

 だからこそ、と。

「余計に不気味だった……ごめんなさい、うまく説明できない」

「なるほど」

 陀宮さんは興味深そうに目を細める。六原さんの言わんとしていることは、なんとなく分かる。実態が掴めない怖さ、というのだろうか。人間が未知に遭遇したときに感じる不安。それをより濃密にしたモノ。

「……」

 ……『沼男』。

 ふと僕はその単語が頭を過り、すとんと胸に収まった。門崎三葉とまったく同じ姿をした『ソレ』は、『門崎三葉』本人といえるのだろうか。陀宮さんはおそらく肯定し、僕は否定する。六原さんはもちろん否定だろう。

「きっとそれよ。山盛り君」

「森近です。何を山盛る気ですか?」

 って、それに突っ込んでいる場合じゃなかった。

「正解ってどういうことですか?」

「言葉のままの意味よ。正しく解いたもの」

 なんて、彼女はニヤリと口角を吊り上げ、肘を突いて僕の方を見つめてくる。クイズで自分だけ答えを知っている状況で出てくる、あの優越感溢れる笑みだ。だがそれを彼女がやると本当に悪魔染みていて……また妙にそれが似合っている。

「それはどうも」

 見透かされていた。

 答えも分からない上に、考えまで読まれて、僕は完全に発言権を失ってしまい、

「……勿体付けないでくださいよ」

 とそっぽを向くしかなかった。隣で陀宮さんのクスクスという笑い声が聞こえる。本当に彼女には一生かかっても口で勝てる気がしない。まるで自分が無駄に歳をとってきたように感じて情けなくなってくる。

「そうやってすねるとこ、嫌いじゃないよ」

「よしてください。もう二十歳前ですよ」

「なら大人らしく、前を向きなさい。一緒にいる私が恥ずかしいでしょ」

 自分でそう誘導したんじゃないか。

 という言葉を飲み込み、僕は小さくため息を吐きながら仕方なく前を向く。そして向いた先には頭に疑問符を浮かべて僕と陀宮さんを見ている六原さんがいた。

「……さっきから何の話をしているの?」

「もちろん門崎三葉の話よ。……正確には、あなたの言う『アレ』の話だけど」

「……もしかして」

 僕が零したのを聞いて、陀宮さんは「やっと察した?」とため息を吐いて背もたれに寄りかかり、少し冷めて丁度良くなった抹茶ラテを味わう。

 そして、遅めのティータイムを楽しむような優雅さで、

「門崎三葉は事故後、原型が残って無かったでしょ?」

「ッ!?」

 なんて、抹茶の余韻を楽しむようにうっとりとカップを回しながら訊く。いきなりの質問に六原さんは驚いて目を見開き、次いで手の甲を口に当てて目を逸らす。

「……」

「……無かったんだね」

 やっぱり、と彼女は笑う。六原さんの苦い顔だけで十分に察することができた。そしてその言葉を聞いた瞬間、僕の背中に冷たいモノが走り、頭の中に……蘇ってくる・・・・・

「っ……」

 マズい。

 意識しないようにしていたが、限界だった。


 ……消えろ。


 そう念じれば念じるほど再生される映像は鮮明になっていき、僕の中の焦りが大きくなっていく。


 消えろ、消えろ、消えろ、―――――――


「ッ――――――」

 僕はなるべく気づかれないように下を向き、唇を噛む。鉄の味が口いっぱいに広がり、熱いものが口内に流れてくる。


 思い出したくない。

 思い出したくない。


 最近では夢で見るのも少なくなってきていたのに、どうしてこうも立て続けに……

『……優真君』

 太陽のような眩しい笑顔が蘇ってくる。ああそうだ。君はいつだって日輪の様に明るくて、温かかった。でもその笑顔は今、僕の影を、闇を、より深めるのだ。その闇が広がる度に胸の中が冷たくなって、どうしようもなく、寂しくなって……



「しっかりしない、かっ!」

「おぐっ!?」



 そう横腹を肘で突かれ、僕は我に返る。いきなりだったので変な声を出してしまった。

「な、何するんですか!」

「荒療治よ」

 そう彼女は腕を組んで得意げに鼻をツンと上げる。

 横腹の鈍痛とともに込み上げてくるどうしようもない恥ずかしさに、顔が火を噴きそうになる。汗もぐっしょりだ。

「……あ」

 しかしその汗は全て、冷水のように冷たい汗だった。シャツが貼り付いて冷える。春じゃなかったら風邪を引いていたかもしれない。

 ……いや、その前に僕が壊れていたかもしれないのだ。こんなに冷たい汗を掻くほど、さっきまでの僕は追い込まれていたのだ。

「……ありがとうございます」

「いいよ。もう慣れたから」

 そう言って彼女は、クスリと笑ってくれた。そしてそこで僕の話を終え、さっきの答え合わせに戻る。

「つまるところ、二田都雄の家にある『アレ』は本物の『門崎三葉』じゃない」

「……さっきからそう言ってるでしょ?」

 焦らすだけ焦らして出てきた答えに不満を隠せない六原さん。しかし陀宮さんとともに『アレ』を調べた僕は、その答えの指し示す意味を理解できた。

「『人形』、ということですね」

「そういうこと」

 よくできました、と彼女はパチパチと拍手を送ってくる。本当に人をいじめるのが好きな人だ。学校ではいったいどんな生活をしているのだろうか。猫を被っている陀宮さん……想像できない。

「『死体』を動かすのと『人形』を動かすのとでは、『物』である『人形』を動かす方が遥かに簡単なの。それに死体だと防腐処理とか色々と手間がかかるし、放っておくと簡単にゾンビになってしまうからね」

「……まさか……やった経験があるんですか?」

「ん? 今そのことは重要?」

「いや、でも……どうなんです?」

「しかしここの抹茶ラテはおいしい。もう一杯貰おうかな」

「……」

「……」

「ん? どうしたの、二人とも蒼い顔をして?」

 そう微笑みを浮かべてくる陀宮さんに、僕と六原さんは一瞬目を合わせ、

「……なんでもないです」

「なんでもないわ」

 追及しないことにした。これは絶対に掘ってはいけない穴だ。墓穴どころでは済まない気がするし、何よりこれ以上厄介ごとを増やしたら本当に対処が追い付かない。陀宮さんの闇は想像以上に深そうだ。

 そんな怯える僕たちを少し見て楽しそうにした後、彼女は腕を組んで唇に親指を当てて、

「人形が人形だとするとあの肉体は何だ? それにあの人形に残っていたものも……」

 何やら考え込んでいる。その様子はとても古書店の店長には見えない。探偵そのものだ。

 なぜ探偵を本業にしないのかと彼女に問うたことがあったが、それに陀宮さんは常識が分かっていない人を見るような驚き方をし、

「そんなの面倒なうえに生計が立たないからに決まっているじゃん」

 と、あまりにもざっくりした答えを返されて、僕が困ったのを覚えている。彼女曰く、これは副業というよりも趣味に近いらしい。依頼者からすれば不謹慎極まりないだろう。

 と、それも言ったことがあるが「趣味だからこそ本気で取り組めるんだよ」と返された。それには思わず納得してしまった。

 そう考えると、僕もその趣味で助けられたことになるのか。やはりなんだか複雑だ。

「可能性は……」

 そう呟くと陀宮さんはさらに深く考えるように目を瞑って、人差し指を立てる。

「六原波奈。あなたは……そう癖とか、癖とかは分かったりする?」

「え、癖? 急に何言い出すの?」

「あのー、あれ。『二田都雄の癖』よ! そこにヒントがあるかもしれないの!」

 なぜそこで『二田都雄の癖』という単語が出てきたのだろうか。一体彼女の頭はどこに繋がっているのだろうか。僕にはまったくそのロジックが理解できない。

 しかし癖、か。何かあっただろうか。貧乏ゆすりとか潔癖症とか、そんな感じのものはあっただろうか……。

 六原さんのそれらしいものは思い浮かばず、眉間を抑えて唸っている。

「どんな小さなことでもいいから。例えば箸とかペンの持ち方とか、ある状況になると絶対にとる行動とか」

「行動……癖?」

 そこまで言われても六原さんに思い当るものは無さそうだ。しかしペンと言われて僕は一つ、思い出すものがあった。僕は懐からあの名刺を取り出し、机の上に出す。

「そういえば二田さんには字の癖があるそうです。ほらこれ。『四』の周りの『口』を丸く……」

 しかしこの情報は四水沙希から聞いたもの。故に本当かどうかかなり怪しいところだが。

「え……」

 僕の説明を聞いて、声を零したのは六原さんだった。

 見ると彼女は眉を顰め、困惑したような表情で僕の方を見てくる。

 そして、

「これ……都雄君の字なんか・・・・・・・・じゃない・・・・……」

「ッ!?」

「ほぉ……」

 蒼ざめる僕と六原さんを他所に、陀宮さんの口端が歪んだ。

 六原さんは僕の出した名刺に書いてあるボールペンの字を指さし、

「これ……誰?」

 恐怖からか困惑からか、震える声でそう言った。

「一人しかいないだろう?」

 それに陀宮さんは解けたようで、満足げにため息を吐いて立ち上がり、




「さあ、模範解答を見に行こうじゃない」




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