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BITTER CANDY ~黒い歴史の1ページ~  作者: 梅雨ゼンセン
第二章 ―人形に怯える男―
16/31

14.六原波奈


 最近、外食ばかりだ。


 全国チェーンの某レストランに来て、僕は真っ先にそう思った。できるだけ奥の方の、空いている席に対面して座り、僕はとりあえず紅茶とフレンチトーストを頼む。彼女は黒豆茶とあんみつだ。

 しばらくして料理が運ばれてきたのでいただく。昼にはまだ早いが、小腹は空いている。

「いただきます」

「……いただきます」

 彼女もボソッと手を合わせ、食べる。傍から見れば男と女、少し歳の離れた彼氏彼女と見えなくもない。案内してくれた店員さんもそんな風に見ていた。

「……話をしてもいいかしら?」

「ああはい。食べながらでもいいですか?」

 ええ、と彼女は黒豆茶で一服してから、再び警戒した様子で僕の方を見てくる。

「あなたは何? なんで都雄君の家から出てきたの?」

 やはり喧嘩腰で口調が少しきつい。正直、僕としては気にくわない。初対面の相手に対して失礼とは感じないのだろうか。まあそれをいうなら陀宮さんもそうなのだが、彼女とはそれなりに長い付き合いだ。もう慣れてしまっている。

「仕事の依頼です」

 僕はフレンチトーストを口に運びながら淡々と答える。それに彼女の方も少し頭に来たのだろう。さっきよりも表情が少しだけ険しくなる。

 が、

「今度は僕からです」

「は? まだ私の質問は」

 そう身を乗り出してくる彼女の言葉を僕は無感情に遮る。ペースを握られるわけにはいかない。

「あなたが誰なのか分からない以上、僕はこれ以上話すことができません」

「……」

 言葉を遮られ、彼女は余計に表情を険しくする。しかし僕のこれは当然の対応だろう。何も分からない相手に自分ことをほいほいと話せるわけがない。依頼主のことなら尚更だ。

 彼女は身を乗り出したまま硬直していたが、しばらくすると再び椅子に座ってあんみつを頬張り、苦い顔をする。

「……『(ろく)(はら)()()』。二田都雄と門崎三葉の高校時代の同級生よ」

「ッ!」

 驚きに少し目を見開いたのが自分でも分かった。

 六原波奈さん。

 二田さんと門崎さんの同級生?

「……証拠はあるんですか?」

「家に高校の時の卒業アルバムがあるわ。スマホには高校で撮った写真もある。なんなら見てみる?」

「……いえ。結構です」

 その目は嘘を言っているようには見えなかった。僕の様子に六原さんも少しだけ安心したようで、表情に変化があった。そして「これで話してもらえるの?」と訊いてくる。僕は気を取り直して、

「いくら同級生といっても依頼内容はプライバシーに関わりますので。それでも良ければ」

「そのプライバシーに『あなたのやっている仕事は何?』という質問は引っかかってしまうの?」

 どうなのだろうか。というか僕のやっている仕事は『古書店の店番のついで』に含まれてしまうのだが、そう答えると詐欺みたいになってしまうかな。ここは妥当に、

「探偵です」

「でしょうね」

 あっさりと流されてしまう。まあ確かに、話の流れ的にこの職業が出てくると誰でも思うだろう。大体僕も『依頼』とか口走ってるし、人のことを不用心と言えないな。

 六原さんはあんみつを食べ終わり、黒豆茶でまた一服すると、

「忠告よ。今すぐこの依頼を降りて」

 なんてことを言ってくる。その様子は今までのものとは違っていた。

 少し、怯えているように見える。

「……どうしてです?」

 僕は問いを返す。六原さんはしばらく沈黙した後、また黒豆茶を飲んで視線を逸らすと、

「……彼はもう、普通じゃないのよ」

「普通じゃない?」

 その言葉で一つ、僕の頭に浮かぶものがある。門崎三葉さんだ。彼女の死体のことを言っているのだろうか。死体と一緒に暮らしている。だから普通じゃない、と。そういえば彼は一度捨てに行ったと言っていた。もしかしてその時に見たのだろうか。

 僕が考えを巡らしていると、六原さんはまた口を開く。

「門崎三葉は……あの子は……」

 その口は震え、気が付けば彼女は恐怖にとり憑かれていた。テーブルの上にある湯呑を握る手の先が圧迫されて白くなる。力のあまり、痙攣した手の中でカタカタと湯呑が揺れる。

 そして長い間の後、彼女はこじ開けるように口を開いた。

「………………高三の春に・・・・・交通事故で・・・・・死んでるのよ・・・・・・

「え……」

 その言葉に、僕は二つの衝撃を喰らったような気がした。




「で、判断に困った君はここに私を連れてきた、と」

 夕方。僕は古書店からなるべく近いファミレスに入り、陀宮さんと合流した。

「え、マズかったですかね?」

「別に。ただ電話でも良かったんじゃないかなーと思っただけ」

 僕の横に座る陀宮さんは面倒くさそうにため息を吐く。それに対面して座っている六原さんは怪訝そうに陀宮さんを見る。

「この子は?」

「僕の上司です」

「近森君の上司の陀宮奈々子です。以後お見知りおきを」

 彼女は頼んでいたコーヒーを飲む。そこに僕はいつも通り「森近です」とツッコミを入れてため息を吐く。本当にこの癖をやめてほしい。初対面の相手に間違った名前で覚えられたらどうするのだ。

 まったく、と内心で深くため息を吐き今度は六原さんの方を見る。彼女は不審げに陀宮さんの方を見ている。

「上司?」

 そう訊いてきた彼女に陀宮さんはコーヒーカップを回しながら、

「何? あなたは年齢で人の格付けをする世代の人なの?」

「……」

 なんて逆に質問され、六原さんは不満げな顔をしながらも引き下がる。

「まあいいわ。私が知りたいのはあなたたち二人が信頼できる人物かどうかってことだけよ」

「それは私の方も同じ。いくら近森君がオーケーしたとしても、あなたが本当に信頼できるかどうか、正直怪しい」

「森近です」

「しかし判断するにも情報が足り無さ過ぎる。というわけでどう? ここは妥協して情報交換というのは?」

「……」

「ここで黙り合ってても埒が明かないって、あなたも分かってる。でしょ?」

 その提案に少し考えた後、

「……確かに、埒が明かないわよね」

 彼女は渋々首を縦に振った。

 それに陀宮さんは満足げな笑みを浮かべ、

「ならまず、あなたが何を求めているかを教えてくれない? そうしないと話が進まないから」

 カップを置くと、肘を突いて手を組む。きっとその手のせいで六原さんからは口元が見えないだろうが、横にいる僕は丸見えだ。

 彼女の口に浮かんでいる不敵な笑みが。

 本当に、良くも悪くも余裕だなこの人は。

 そう思って見ていた僕の方に陀宮さんはチラリと視線を向けてきた。その目は「何事も楽しむことが一番だよ」と言っている。

 そんなくだらないアイコンタクトをしている、なんてことに気が付かない六原さんはゆっくりと話し始める。

「……私は、都雄君を止めたいの」

「止める?」

 六原さんの口から出た不可解な言葉に、僕は反応する。それに彼女は頷き、

「都雄君は……三葉が死んでから変わった」

「それは高三の時、ですよね?」

「そう」

 六原さんは肯定する。やはりこの話をするときの彼女の顔色は良くない。それはそうだ。誰だって過去のトラウマを思い出して良い顔はしない。

 しかしそうなると今二田さんの家にあるあの死体はやはり人形なのだろうか。しかし体は人間のそれだと陀宮さんは言っていたし……

「あなたは、今の二田都雄の状態について結構知ってそうね。でも、なるほど……」

 そう呟いて陀宮さんは視線を外し、自分の笑んだ唇をなぞると、

「職業は?」

 などと唐突に尋ねる。それに虚を突かれた六原さんは「え?」と一瞬硬直した後、

「普通の会社員だけど。それがどうかしたの?」

 それに陀宮さんは「なるほど」と再び視線を六原さんに戻すと、

「よし。ならばどう? 私たちに依頼するというのは」

「依頼?」

「そう。少々料金が発生するけど、それならば互いに裏切らない。金森君もそう思うでしょ?」

「え、あ、はい。それと森近です」

 いきなり振らないでくださいよ! 驚いて微妙な回答になったじゃないですか! と心の中で叫ぶ。

 しかし依頼というのは名案だ。そうしてくれればこちらとして気が楽だ。しかし何だか二股をかけているような罪悪感は拭いきれないが。

「料金は後払いで。結果があなたの思った通りにならなかったのなら、それに応じてそっちで額を調整しでくれればいいから」

「……ずいぶんと譲歩してくれるのね」

「それくらいこちらも情報を欲している、ってこと。さあ、どうするの?」

「……OKよ」

「案外早いわね」

 そう鼻で笑う陀宮さんに「私も同じくらい情報が欲しいもの」と六原さんはまっすぐに見返す。

「了解。承りました」

 彼女の返答に、陀宮さんは背もたれに体重をかけて満足げにする。

その顔には依頼時に表れるいつもの笑みがすでにあり、

「さて、それじゃあ色々聞かせてもらいたいんだけど」

そして僕たちは、早速情報の交換に入る。

「まずは、あなたが知っている二田都雄と門崎三葉について聞かせて」



 それに六原さんは頷き、戸惑いの色を見せながらも語り始める。



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