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BITTER CANDY ~黒い歴史の1ページ~  作者: 梅雨ゼンセン
第二章 ―人形に怯える男―
15/31

13.食い違い


 カランカラン――――――


 今日は僕の方が先だった。

 この前二田さんと話した喫茶店で、僕はまだ朝で伽藍としている店内の奥の席に腰掛け、コーヒーを楽しみながら待っていた。もっとも、楽しめるほど舌が肥えている訳ではないのだが。

 しかし……失礼ながら塚井さんの入れてくれたコーヒーと何が違うのかまったく分からない。多分分かる人は「使っている豆が」とか「豆のひき方が」とか「淹れ方が」というのだろうが、僕にはそこら辺がさっぱり分からない。判断出来て精々ミルクと砂糖の有無くらいだろう。

 ちなみに誤解が無いように言っておくが、どこのコーヒーもおいしいのは変わらない。決して不味いと思ったことはない。冷めたコーヒーは不味いが。

 そうしてしばらく待っていると、ドアベルがカランカランと鳴る。入ってきたのは女性だ。髪の長さはセミロング……いやショートだろうか。美容院なんて生まれて行ったこと無いし、近所の床屋では「前と同じで」か「短めで」くらいの注文しかしないため、こういう人の特徴を説明するときに言葉が出てこないのだ。今度美容院で髪切ってこようかな……

 なんて、本当にどうでもいいことを考えながら見ていると、女性はきょろきょろと辺りを見回し、僕に気づいて近づいてくる。彼女が今日会う予定の人物だろう。そう思って僕は立ちあがり、尋ねる。


「『斉川(さいがわ)五和(いつわ)』さんですね」

「……はい」


 僕は斉川さんに一礼する。それに彼女も返し、席に着く。

 斉川さんは二田さんと門崎さんが入っていたゼミ生の一人だそうだ。性格的には内気で、初対面だと口数が少ないかもしれない、と二田さんから伺っている。

 その情報は僕が感じた第一印象と、良くも悪くも大差無い。胸の中に、イメージしていた通りの人物だという安堵と、話をうまく聞き出せるかという不安が同居する。

「今日はありがとうございます。何か注文はしますか?」

「いえ……大丈夫です」

 彼女は終始俯き気味で、小さな声で返してくる。その様子は怯える小動物を連想させる。

 そうですか、と僕は話題を変え、早速本題に入ることにする。

「では、早速ですが……二田さんと門崎さんについていくつか質問をしても?」

「は……はい……」

「ではまず、お二人とはどういったご関係でしたか?」

「と……くに、何も……普通の、ゼミの仲間って……感じです」

「なるほど。それでは、門崎さんたちとは交流が深かったというわけでは?」

「い、いえ。特別、深かったというわけではありません」

 そこはしっかりと顔を上げて否定してきた。どうしてだろう。謙虚さからだろうか。

 そう思っていると彼女はまた俯き、

「……というか、か、門崎さんと、二田さんと、仲が良い人はいたのでしょうか……」

「え?」

 ぼそっと言った一言に、僕はもう一度聞き返す。それに斉川さんはビクッと驚き、「は、はい」と少し裏返った声で返答してくる。

 どういうことだろう。四水さんは仲が良いと言っていたのだが。

「あの……べ、別に仲が悪かったというわけじゃなくて、その……特別良かったわけでも無いというか……ああの、えっと……二田さんと門崎さんは付き合ってて仲良かったんですけど……」

「……それ以外は特に、という感じですね」

 斉川さんはコクンと頷く。

 単に見え方の違いだろうか。いや、それにしたって自分のゼミ生ならある程度は分かるだろう。

「……四水沙希、というのはあなた方の入っていたゼミの教授ですよね。彼女は仲が良かったように見えた、と言っていたのですが……」

 確認のためにその質問を発した。

が、その瞬間。

「……え?」

 彼女の時間が止まった。

 そして目を丸くして首を傾げる。

「……な、何を……言ってるんですか?」

「はい?」

 彼女の様子が、どうにもおかしい。

 眉間にしわを寄せ、本当に僕が何を言っているのか理解できていないような……いや、なんだろう。少し違うようだ。

「え、何って……?」

 それに僕も意味が分からず聞き返してしまう。そう聞き返す僕の顔を見て斉川さんは疑うような、嘲るような表情をし、

「……そんな訳、な、ないじゃないですか……」

 あり得ない、と常識の有無を疑うような声音だった。

 それはなぜか。



「だ、だって……だって四水教授って……」



 喫茶店を出た僕は、斉川さんを別れた後、すぐに大学に電話をした。

そして四水教授のことを聞くと、歯切れの悪い言葉の後に切られてしまった。悪戯か何かかと思われたらしい。しかしあの時は確かに電話がつながったのだ。『四水沙希』という人物にも出会って話した。

 


「私たちの入学する少し前から、行方不明に・・・・・なってるんですから・・・・・・・・・……」



 そう、斉川さんは言った。そして彼女たちのゼミを担当していた人物の名前を訊くと、まったく別の知らない人物の名前が出てきたのだ。


 ―――――――――嫌な予感がする。


 僕は急いで車に乗り込むと、二田さんに電話を掛ける。しかし、コール音が虚しく響くだけ。三回かけたがそれでも出ない。

 僕はキーを回して急いで二田さんの家に向った。

 休日の混んだ道路をやっと抜け、以前訪れたマンションまでやってくる。

 彼の部屋は四階。

 エレベーターのボタンを押して、下がってくる光をもどかしい気持ちで待つ。

 いったいどうなっているのか。僕が訊きたいのはそれだけだ。

 最初エレベーターは四階にあり、ボタンを押したことで少しずつランプが近づいてくる。



 4、3、―――――――



 その速度はいつもの待っている時間よりもひどく長く感じる。まるで時間が引き伸ばされて、ゆっくりと流れているような。

 コオオォォォン、という音が近くなってきている。



 2、――――――



 そのランプが点灯したところで、僕の肩に誰かの手が置かれた。

「ちょっと来て」

 女性の声。

「えっ、ちょ!」

 僕が何かを言う前に、無視して声の主は僕を引っ張っていく。肩で切り揃え、ふわりとカールをかけた栗色の髪に、黒いフレンチコートという容姿だ。歳は……さっき会った斉川さんと似たり寄ったりな気がする。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「……」

 その謎の女性は僕の手をぐんぐんと引っ張り、マンションから離れた物陰に入る。そして僕をそこで開放すると、チラリと顔を出してマンションも方を見て「見えないわね」と確認して小さく安堵の息を吐く。

「誰なんですかあなたは!?」

「……あなたこそ何者なの?」

 質問した僕に、女性は冷たく睨んでくる。その視線には疑念の色が濃く見えた。

「前にも都雄の家から出てきたけど……何を嗅ぎ回ってるの?」

 嗅ぎ回っているとは人聞きの悪い。というか家の中に入っている時点で嗅ぎ回っているとは言わないような。

 それよりも、『都雄』と彼女は言った。それは二田さんの名前だ。

「……あなたは、二田さんとは親しい関係のようですね」

「ッ」

 それに女性は舌打ちをして、しまったと言いたげに顔をしかめる。案外不用意なようだ。もしかして斉川さんと同じゼミ仲間だろうか。

 少し落ち着きを取り戻した僕は、「コホン」と咳払いをすると、

「お互い立って話すような内容じゃないでしょうし、どこか適当なところに行きませんか?」

「……」

 彼女はとても不服そうに目を細めた。


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