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BITTER CANDY ~黒い歴史の1ページ~  作者: 梅雨ゼンセン
第二章 ―人形に怯える男―
13/31

11.二人の大学生活


 市の端にある私立の文系大学。


 来客用の駐車場に停めて、歩いて三分ほど。

 平日ということもあって学生の数が多い。皆私服だが僕はスーツだ。この姿で目だったりしないだろうか。なんて思ったが、案外誰も気にしていないようだ。考えてみれば僕も大学に通っていたときは度々そういった人を見たりしたが、気にしたことはなかった。

 まあとりあえず、目立っていないのなら少し安心だ。やはり目立つのはあんまり好きになれない。人前での発表とか、学生時代はよく苦しめられたなぁ……。

 場所のせいか、どうにも昔のことを思い出し気味だ。

 公式サイトの案内図を頼りに、その教授の部屋がある建物に入り、階段を上る。

 コンコンとノックすると「はーい」と中から返事が返ってくる。

「失礼します」

 入ると中には一人の女性がパソコンに向かっていた。

()(みず)()()』。色白の肌で、長い髪を適当に後頭部で束ねている。歳は……二十後半か三十前半だろうか。

 僕は静かにドアを閉める。

「今日はありがとうございます」

 と一礼する。まさか電話して「今すぐが良い」と返ってくるとは思わなかった。僕的には嬉しいのだが、本当に大丈夫なのだろうか。

 彼女はパソコンの作業をひと段落させ「いやいや」と笑って僕の方に向き直る。

「どうせやることっていったら仕事だけだったからね。息抜きがてら、っていうのは失礼だったかな、探偵さん?」

「それは……大丈夫なんですか?」

「ん~、仕事のこと? まあやりたいときにやるよ」

 どうせ仕事だし、と笑う四水さん。彼女にとって仕事とは一体何なのだろうか。甚だ疑問ではあるが、今はスルーしよう。

 僕はポケットからメモ帳を取り出す。

「それでは早速ですが、二田都雄さんと門崎三葉さんについて聞いてもいいですか?」

「電話での件だね。とりあえず名刺をもらってもいいかな?」

 僕は財布から名刺を取り出し、彼女に渡す。それを受け取り、眺めた後、

「ああ……確かにこれはそうだね」

「分かるんですか?」

「そりゃあゼミで散々見たからね。分かりやすいのはこの『四』とか『口』の周りを『○(まる)』にするのだね」

 これ就職までに直しとけって言ったんだけどねぇ、と四水さんは名刺を懐かしそうに眺めた後、机の上に置くと、

「さて、何を聞きたいのかな?」

「あのぉ……僕がいうのもなんですが、詐欺だとか怪しいとか、もっと疑ったりしないんですか?」

「ん? 詐欺なら直接訪ねるなんてリスクの高いことしないと思うけど? まあケースバイケースだけどね。君は信用できどうだし」

「根拠はなんですか?」

「勘、ていうのは半分冗談なんだけどね」

 ハハハ、と笑う彼女。本当に大丈夫なのだろうかのこの人。そう思っていると四水さんはクスリと笑い、

「そこまで心配してくるなら余計違うよ。それに一応二田君に確認もとったしね。理由は教えてくれなかったけど、君には包み隠さず話してほしい、だそうだ」

「あ、ありがとうございます?」

 思わず疑問形になってしまったが、彼女は「いえいえ」と微笑み淹れてあったコーヒーを飲む。本当になんというか、肝の据わった人だというか、不用心極まりない人というか。

 コーヒーを机に置いた後、

「まあ、そうだね。彼らとは仲は良かった方だったし覚えてるよ。たまに誰も思ってないことをぽろっと出したりして、行き詰ったときとかは頼りにされてたね」

 彼女は懐かしむように口を開く。

「でもズバ抜けている、というわけではなかったね。少し言い方が悪いけど、あくまで二人とも平凡って感じだったよ」

「……ということは人間関係もそこまで悪くなかったんですか?」

「ん? ああ、基本的に仲良くやっていたよ。二人に限らず、ゼミの中で討論が白熱することはよくあったけど、さすがに喧嘩とかは無かったよ」

 もう皆大学生だしね、と四水さんは笑う。

 それに僕は「なるほど」と相槌を打ちながらメモを取り、

「それじゃあ……その、二田さんか門崎さんの周りで何か変わったことがあったとかって分かりますか?」

「変わったこと?」

「例えば……そうですね。ゼミ生に限らず誰かから恨まれたり、ということはありませんでしたか?」

 それを聞いた途端、四水さんはきょとんとしたかと思ったら、

「本当に刑事か何かのような質問をしてくるね。怪しい」

 なんて、言っているその口は笑っている。その薄ら笑いを見ていると、聞いているのはこっちなのにどっちが探偵か分からなくなってくる。それはきっと僕の心に少なからず(やま)しさがあるからだろうが。

「……まあ、探偵みたいなものですからね」

 簡潔に説明する言葉なんて持っているわけがなく、適当に流すことにする。死体、または人形が勝手に動く、なんて言ったところでだし。

 それに彼女は「ふ~ん」となんだか少し退屈気に鼻を鳴らしたところで「まあいいけど」と引き下がってくれる。

「あとで二田君には事情聴取かな~」

「アハハ……一応僕は守秘義務がありますので」

「分かってる分かってる。っと、さっきの質問にまだ答えてなかったね。怨みとかはなかったと思うよ。お金の貸し借りとかも無かったみたいだし、浮気とか不倫系の色恋の話も無かったねぇ」

「なるほど……」

 こんな不躾な質問にも答えてくれるとは。二田さんは相当信用されているようだ。

「それじゃあ、何か悩んでいたということは?」

「悩みねえ……悩みって言えば、やっぱり門崎さんのことかなぁ。うん」

「病気のことですよね?」

 うん、と四水さんは少しトーンを落として暗く頷く。

「病気のことは皆知ってたからね。でも門崎さんに気を遣って触れないようにしてたんだ」

「……なるほど」

 門崎三葉さんが病気だということは、ゼミの人は全員知っていたようだ。ということは門崎さんの話題をするときは少し警戒しなければならないかもしれない。下手に地雷は踏みたくないし。

 考えを少しまとめようと沈黙している間、彼女はコーヒーをマズそうに啜り、ため息を一つ吐く。

「……あまり彼女のことをゼミの人に聞かないであげてね。前のこととはいえデリケートな話だし」

「……分かりました」

 四水さんからのお願いに、僕はメモを見直すふりをして目を逸らしてしまった。近いうちにそれをしなければいけない。罪悪感が鈍く胸を刺す。

 しかしここにいてももう何も出てきそうにない。分かったことは『門崎さんの病気は皆知っていた』ということくらいだろうか。今度会うであろう『二田さんの紹介してくれる人』とは注意しながら話さなければないらない。

「もういいかな?」

 と四水さんが先に言ってくれたので、僕はそれに「はい」と返し、メモをしまって立ち上がる。

「今日はすみませんでした。いきなり押しかけた上に変な質問ばかりしてしまって」

「いいよ、許可したのは私だしね。二人によろしく! と、この名刺は一応返しておくよ」

 ありがとうございます、と僕は名刺を受け取り、また一礼して部屋を出た。

とりあえず一旦古書店に帰ろう。どうにも何かスッキリしない。

 ……忙しくなかったら塚井さんにコーヒー頼もう。


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