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BITTER CANDY ~黒い歴史の1ページ~  作者: 梅雨ゼンセン
第二章 ―人形に怯える男―
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9.人は生き返らない


 日が暮れてきて、辺りはすっかり真っ赤になっていた。

 僕と陀宮さんは二田さんの家の近くにあるスーパーに来ていた。今日は彼の家に泊まることにした。理由はあの死体が本当に動くかどうかを確かめるため。二田さんもそれに首を縦に振ってくれた。

 死体が動く。それに関しては僕も少し疑問に思っていた。人形の場合髪が伸びたり、首が勝手に回ったり、場所を移動するというのはよく聞く。しかし死体では規模が大き過ぎるのではないかと思う。それにそんなことが本当に起こったならそれは『蘇生』になるのではないのだろうか。それこそ魔法だろう。

 ………いや、僕は今更何を言っているのだろうか。これまで出会ってきたもの全てもう魔法のようなものではないか。呪いは魔法うちの一つ。魔法という大きな集合の中に全て治まってしまうのだ。

「本当に今更だな……」

「そう。今更だよ防人(さきもり)君」

「森近です。というか『森』の字すら入ってないじゃないですか!」

 抗議する僕の腕でカゴが揺れる。晩御飯は近くの飲食店、というか安い牛丼屋で食べることになっているのだが、ここに来たのは陀宮さんの要望でだ。これからご飯だというのに、カゴの中から顔を出しているお菓子たち。スナックにチョコにキャンディーと、しかも全部大袋。

「……陀宮さん」

「ん? 何か問題ある?」

「いや、せめて一つにしてくださいよ」

 ポテチは塩とノリ塩とコンソメ。チョコもアーモンドとブラックサンダーがある。

「なんと! 『三十の黒い稲妻ブラックサンダー』をチョコと言うのか君は!? あれは新しいジャンルのお菓子として数えるべきだろうに! 発明よ発明!」

「僕の中ではチョコレートです。というかなんですかその呼び名。ちょっとカッコいいですね」

「でしょ! というわけでお買い上げで」

「はい戻しますねー」

「……」

 僕がお菓子売り場に戻しに行くと、それをとてつもなく不満げな顔で見てくる。頬をパンパンに膨らませて。

「……上司、私なんだけど?」

「職権乱用はいけませんよ」

 なんて流してほとんど棚に戻し、彼女の入れたお菓子を再確認する。

 と、探っているとその中に一つ。目に留まるものがあった。

 僕がそれをカゴから出す。すると、横に居た陀宮さんはそれを見て今度はクスリと笑う。

「懐かしい?」

「……」

「ねえ? 通り魔未遂君」

 僕が手に持っていたのはチュッパチャップスだ。味はプリン。

「……そうですね。一年近く前ですし」

 その物騒なあだ名は間違えないんですね。森近は間違えるのに……

 だがそうだな、うん。僕は確かに通り魔だった。

 灰色の空。空が泣いているように雨が降っていたあの日。僕はただの通行人だと思って陀宮さんに襲い掛かった。まあ道端に押し倒すまでは出来たのだが、それから先に進む度胸が無く、ナイフを振ることはできなかった。

それが彼女との出会いなのだが。


『飴いる?』


 その言葉をきっかけに僕は依頼したんだ。

 助けてほしい、と。

「……はぁ」

 重いため息が出る。思い出したくないが、本当に懐かしい。

「哀れな被害者、通行人Nに対する慈悲の心は無いんだね、元通り魔君?」

「う……それはズルいですよ」

 僕がそう言うと彼女はフフン、と得意げに鼻を鳴らす。なんですかその勝ち誇った顔は、もう少し感謝をしてくれても……いや、お世話になってるのはむしろ僕だし……

 僕はカゴの中を確認してから自分の財布の中身を見る。まあこのくらいなら大丈夫だろう。貧乏な一人暮らしにあまり無理をさせないでほしい……

 ため息をぐっとこらえて、僕は渋々了解して会計を済ました。そうして牛丼屋によって手早く夕飯を済ました。

 マンションに戻る頃にはすっかり日も暮れてしまい、真っ暗くなっていた。

 陀宮さんは買ったチョコを抱え、僕は両手に重たいスーパー袋を持ってエレベーターに乗る。

「あの死体は動くよ」

「え?」

 そう言って彼女は僕が乗るのを待って四階のボタンを押し、扉を閉めてくれる。そうして扉が閉まり切ったところでくるりときびすを返して、僕の胸にトンと指を立てる。

「アレの中には魂の残滓(ざんし)があった。本当に微かだけどね」

「残滓、ですか……」

 つまりそれが動力源で動いているということなのだろうか。

 ロボットが電気で動いているような感じか、もしくはゼンマイ仕掛けの人形か。

「私は生きている人間の魂は見えないの」

「そうなんですか?」

 それは初耳だ。

 彼女はくるりとまたきびすを返してこちらに背を向ける。同時にそこで扉が開く。四階に着いたようだ。

「木を隠すなら森の中。人を隠すなら人の中。大きい嘘ほどバレ難いって、これはちょっと違うかな。あるべきものがあるべきところに無いのは違和感を覚える、かな」

 つまり、

「『異常』だってこと。私の目が捕えるものはいわば世界の『異常』や『患部』。打った場所が青くなるように、腐ったところが黒くなるように、その異常を人より少し発見しやすいってだけ」

 理解できた? とエレベーターから降りたところで振り向かれる。そこにはにっと、純粋に会話を楽しんでいる少女の顔があった。話の内容はともあれ、そうして笑っていれば普通の可愛い女の子なのに。

「なんとなくは……」

「うわぁ、曖昧な返事」

「う、すみません……」

 そもそも曖昧にしか理解できていないので、そう返す以外に返答のしようがない。大体説明も大雑把な気がするし。

「あ、文句がありそうな顔してる」

「文句、というより飲み込むのが難しいって感じですね」

 そう返すと彼女はクスリと笑い「ならよく反芻すること!」と持っていたチョコの大袋から一つ取り出して僕の方に放る。それを僕は袋を持った手で何とかキャッチする。

 うまくキャッチできたのを見て、陀宮さんは「よろしい」と満足げに微笑み、先を行く。なんだろう。餌付けされているような気持ちになる。

 僕はため息を吐いてキャッチしたチョコをポケットにしまい、二田さんの家に入った。

 食事は済ませた。これで後は寝るだけなのだが。

 夜の八時を回った頃。

「そういえばお風呂はどうするの?」

 どっぷりとソファに腰かけ、二田さんの用意してくれた紅茶を飲みながら、陀宮さんはポツリと零す。もう彼女は自分の家の様に寛いでいる。

 一応車の中には入浴用の道具は一式揃っているが。

「ユニットバスなので、入るなら彼女を退けるしかないですね」

「そうね。というわけで小森(こもり)君」

 僕が反応すると陀宮さんは紅茶を片手に僕をチラリと見る。退けてこい、とその目が言っている。

「森近です。着替えはあるんですか?」

「車の中に入れてあるから大丈夫。抜かりはない」

 そう彼女は優雅に紅茶を飲む。ええ本当に、と僕は心の中でため息混じりに返して、仕方なく死体を動かしに行く。なんだろうか。スーパーから彼女の言葉に妙な脅迫感が纏わりついているように感じる。

 リビングを出ようとしたところで二田さんが「手伝いましょうか?」と声をかけてくれたがお断りした。彼だって、というより彼がこの中で一番辛いだろう。

 僕は渋々リビングを出てバスルームに向かった。そして浴槽の蓋を開けるとその女性を……

「……」

 やはり抵抗がある。生きている人間も死体も同じ人体なのに、どうしてこうも抵抗があるのだろうか。改めて考えると不思議だが、しかしやはり人間に限らず生物は死に対して本能的に嫌悪するように出来ているのだろう。というかコレの隣でシャワーを浴びると言っている陀宮さんは本当にどういう神経をしているのだろうか。

 死んだ人間は重いっていうのは本当のようで、僕の予想より死体は重たく、腰を痛めそうになった。やっとの思いで浴槽から出すと、割れ物を扱うかのように慎重にソレを床に置く。

 とそこで、

「まーだー?」

 ドアが開いて、外には洗面器に諸々を入れた陀宮さんが不満げに立っていた。それがいきなりだったので僕は思わず陀宮さんの方を見て固まってしまう。

 浴室内の僕のその姿は、客観からするとまるで犯罪者のようであり、

「……死体遺棄は懲役何年だっけ?」

「やめてください」

 にやりと笑ってくる彼女に切実に願う。この状況だとシャレにならないのだから。

 そのまま陀宮さんは「ありがとう。退かしたならもう下がっていいよ」と手招きをする。が、そこで思いついたようにまたニヤリと嫌味気に笑い、

「それとも一緒に入る?」

「結構です」

 僕は立ち上がって、彼女の横から外に向かう。途中「つれないなぁ」という呟きが聞こえたが無視する。女子高校生と風呂に入るなど、それこそ犯罪の臭いしかしない。それに死体の横で風呂に入る度胸を僕は持ち合わせていないのだ。

「ごゆっくり」

 そう僕はできるだけ嫌味に言い、ドアを閉める。だが閉めて数歩歩いたところで「近森君」となぜかお呼びがかかった。呼んだり返したり、どうしたというのだろうか。きびすを返して僕は再びバスルームをノックする。

「どうしたんですか?」

「いいから入ってきて」

 そう言われて僕はドアを開ける。

とそこには、スカートを脱ぎ、今靴下を脱ごうとしているところの陀宮さんがいて、僕は思わずドアを閉めようとしてしまう。が、それに彼女は少し苛立ち気に「そんなこと気にしないから早く!」と急かしてくる。それに僕は緊急の事態なのだと理解し、それでも一回深呼吸をしてから浴室の中に入る。

 陀宮さんはそんなあられもない姿で、あの死体を見下ろしていた。そして「これを見て」とある場所を目で指して言う。その場所は死体の下腹部、というより秘所を指しているようだ。

 一体何があるというのだろうか。そう思って目のやり場に困りながらそこを見ると。

 どろり、と。

 死体の股からは、まるで這いだしてきた寄生虫の様に、赤黒いグロテスクな何かが出ていた。

子宮・・ね。肛門からは腸も少し出てるかな?」

「し――――――」

 思わず口を押えた僕に対して、陀宮さんはまったく狼狽えること無く、真剣に何かを考えているようだった。

「人は死ぬと失禁する。首吊りが有名かな。それと同様で子宮とかも零れだして来たりするんだけど……」

 失禁の方は聞いたことがある。中学か高校の頃、ニュースか何かから自殺の話題になり「首吊りは便とか尿が出てきて大変らしい」というのを聞いた覚えがある。実際、死んだら筋肉が緩んで全部出てきてしまうのだという。

 だけど、とそこで陀宮さんは自分の顎に手を当てて、

「浴槽の中にあった時は出てなかった。それに色が綺麗過ぎる……」

「……どういうことですか?」

 僕は早々に直視できなくなって目を逸らしていた。グロテスクなものは苦手なのだ。こういったものを好む人の脳みそは一体どうなっているのだろうか。はなはだ疑問だ。

 そう思っている隣で陀宮さんはしゃがむとその零れだしている子宮を掴み、持ち上げ、僕の方に見せてくる。

「これ、血色が良過ぎると思わない?」

「見せないでくださいよ!」

「見ないと分からないでしょ?」

 そう彼女はさも当然の様に言ってくる。確かに見ないと分からないのだが…………うう。

 僕はまるでホラー映画の登場人物の様にギコチナク振り返り、その彼女の手に持っているものを見る。直視する。

 どろりと固体なのに液体じみている外見。ぬめりと湿った光沢を帯びたそれは……確かにいわれてみればそんな気がする。

「言葉を変えれば『新鮮』ってこと。まるで死んだ瞬間から時間が経ってないみたい」

 そしてようやく子宮を手放すと、

「それにこれもおかしい。失禁と同じで死んだ瞬間から出たままのはずなのに……」

「それって、つまり……」

誰かが戻した・・・・・・。それか自分で戻った・・・・・・か」

 と陀宮さんは「ふむ」と腕を組む。新鮮、ということは防腐処理か何かでもされているのだろうか。いや、それだと新鮮とはいえないのか?

「……やはり人形ですかね?」

「まだその可能性はある。時間が経ってるのに死後硬直どころか死斑すら出ていないし」

 二田さんの話だと死後かなり経っているはずなのに、腐敗も起こっていない。まるで死んだときの状態をずっと維持しているか、あるいは毎回……

「毎回生き返っている、とか考えてる?」

「……」

「別に浅い考えじゃないよ。それも十分に考えられるからね」

 そう彼女は珍しく笑うことなく、僕の考えを聞いた。しかし自分で考えておきながら、本当にそんなことがあり得るのだろうか。人が生き返るなんてことが……

「……まあ、とりあえずもう出てっていいよ。というか出ていかないの?」

「……」

 自分で呼んでおいて、用が終わればさっさと出てけと。本当にいい性格してますね。

 まあ特にいる理由もなく、長くいても「着替えを覗く趣味があるんだ」とおちょくられそうなので素直に「了解です」と僕はバスルームを出てリビングに戻る。そして一気に疲れたような気がしてソファに凭れる。台所からは水の音が聞こえる。二田さんが洗い物をしている音だ。

 深々とソファに腰かけため息を吐く。さっきはどっぷり座っている陀宮さんを見て偉そうと思っていたのに、今は自分がそうなっている。……なんだか負けた気分だ。勝ったことなど一度も無いのだが。というか彼女からすれば勝負すらしてないだろう。

 ……しかし、

「生き返り、か……」

 そうぽつりと出た呟きは、空気に溶けていく。

 腐敗しない死体。

 なぜ腐敗しないかという根拠に生き返りを持ち出すのは大仰過ぎるだろうか。

 しかし死斑も無いし、腐敗もし無いし、硬直も見られない。



 ……人は生き返らない。



 そう、死んだ人は生き返らない。

 それは殺せば死ぬのと同じこと。訊いたとき、陀宮さんはそう返した。

 川の水を汲んで上流に持って行っても結局は同じ川の水。流れは変わらない。

 ……だけれど、だけれども、

 その願いは、生き返ってほしいという願いは、誰しも一度は願うはずだ。

 両親、友達、恋人、

「……」

 僕は天井を仰いでいた目に、腕を乗せる。嫌なことを思い出してしまった。

 もう、忘れたと思っていたのに……いや、忘れるなんて無理だ。蓋をしていただけだ。


「…………………………………………………………………………………………………『始音(しおん)』」


 元から疲れていたのもあり、さっきのバスルームで限界が来たのだろう。最後にその名を零し、僕の意識は微睡みに飲み込まれていった。



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