1話牢獄にて
異世界のお掃除人
どこかの地下牢。薄暗い闇の中で囚人達の呻き声や悲鳴が鳴り響く。囚人達は連日の拷問すれすれの取り調べで全身傷だらけであった。地上と唯一繋がる階段から甲高い足跡が少しずつ近づいてくる。その音を聞いて牢内はざわつき始めた。
「次はだれが連れていかれんだろうな」
顔半分を包帯で覆う男がそう呟いた。その言葉には諦めや恐怖が混じった声だった。
「そこの新入りじゃないのか?」
まるでミイラのように、全身包帯を包まれた男が床から仰向けのまま微動だにせず言い放つ。その体からは膿と異臭を放ちもう先が長くないことは誰が見ても明らかだった。
その新入りは牢内の隅でじっと蹲って男の言葉に反応しない。
「恐怖で言葉も出ないか。最初は誰だって怖いがじきに慣れるさ」
全ての爪のない手をそっと新入りの肩に男にかけた。それでも新入りはぴくりとも動かない。
階段からの足跡が牢屋の入り口まできた。遂に足音の正体が姿を現した。集団の先頭に立つのは身なりの良さそうな妙齢の女だった。
その姿を見た囚人達は先ほどの生気のない、死人のような態度を改めて一斉に労の格子に張り付く。
「ひょー女だぜ」
「しかも育ちの良さそうな女だ」
「一発やりてぇな」
喚声が地下を埋め尽くしていく。それを鋭い目で追う存在がいくつかあった。
「静まれ」
女の後ろに控える見慣れた刑務官が声を上げた。
「静かにしないと懲罰房送りにするぞ」
その声に男達の声がぴたりと止んだ。一同は何も言わず歩きだすとある牢の前で止まった。
「囚人番号1330ジュン!前に出ろ取り調べだ」
牢の隅で蹲っていた新入りが重い腰を上げた。刑務官は慣れた手つきで牢の鍵を解錠する。牢の扉に刑務官が手をかけた瞬間扉目がけて走り出した影があった。扉に体当たりをすると扉の前にいた刑務官が、勢いよく後ろに吹き飛ばされる。それとほぼ同時に刑務官の腰からぶら下がる剣を抜いた。
影の正体は先ほどの顔の半分を包帯で覆った男だった。男は外に出た瞬間に女の後ろに回り込み女の首に剣の刃を女の首筋に当てる。
その一連の素早い身のこなしから、この男がただ物ではないということは誰の目からも明らかだった。
非常事態に女の従者と刑務官が武器を手に取ろうとすると男が一括する。
「動くなこの女がどうなってもいいのか」
扉が開いたままの牢から囚人達がぞろぞろと出てくる。
「エリーゼ様」
従者の一人の初老の人間が駆け寄ろうとするが男は目で牽制する。
「要求はなんだ」
一番身なりのいい刑務官が慌てふためきながら声を上げる。こんな失態を演じたとなれば、良くて左遷下手をしたら暴動を起こしたこの囚人に殺されるのでは?という恐怖が彼を支配していた。
「要求はただ一つここからの解放。このお嬢さんを傷物にしたくなければさっさと道を空けな」
「エリーゼ様の御身が何よりも大事じゃ。皆の者この場を後にしろ」
従者がそう言うと渋々刑務官は渋々この場を後にする。
「爺さん人払いのご協力感謝するぜ」
「お前のためじゃないわい。全てはエリーゼ様のためじゃ。地上に出たら約束通りすぐ解放して貰うぞ」
「それは無理だな。外に出た瞬間弓兵に包囲されていたらかなわんからな。こちらの身の安全が保障されるまでエリーゼ様とやらは付き合って貰うぜ」
「それは出来ないな」
エリーゼは口を開いた。
「この状態でも怯えず口が聞けるとは大した玉だ」
剣を肌に当てるとゆっくりと引く。パカッと皮膚に線が入った所から血が遅れて滲み出て綺麗な白い肌の上を滴り落ちる。
「エリーゼ様」
「安心しろ数ミリ切っただけだ。これでもまだ減らず口が叩けるかな」
男はニヤニヤしながら女の顔を見る。エリーゼは無表情のまま人形のようにまるで動かない。何の反応もないことに少しイラついたのか男は出口のほうへ歩きだそうとした。
その瞬間エリーゼは男の剣を持っている腕を掴む。
「何のつもりだ」
そのまま男の右腕を握力だけでへし折った。
「ぎゃー」
その細い指のどこにそんな力があるのか男は剣を落として悶絶している。エリーゼは床に落ちた剣を拾うと膝をついて痛みに耐えている男の前に立った。
「待ってくれ。非礼は詫びるから命だけは助けてくれ。俺には娘がいるんだ」
男の必死の懇願に耳を貸さずに剣を顔目がけて横に振り抜く。ガッと鈍い音がして男のおでこの半分まで剣が入いった。そのまま前のめりで崩れ落ちる。死体となった男の頭から剣を難なく引き抜くと同じ牢に入っていた囚人のほうに切っ先を向ける。
「どうする相棒」
「どうするって言ったってこんなチャンスニ度とねえぞ」
囚人達がそういう相談をしている間にもエリーゼは男達のほうに近づいていった。
「えっ!」
一閃まさにその言葉のように次々と囚人達が切り伏せられていく。ある者は贓物を地面に撒き散らし、ある者は首が飛び、そしてある者は胴体が真っ二つに10人いた囚人達は瞬く間に肉塊へと変貌した。
血と肉の臭いが立ち込める中エリーゼは牢の片隅で座ったままにいたジュンに声をかけた。
「お迎えに参りましたわ」