【31】来るもの拒まず、去るもの追わず
【31】
2018.05.11
今朝は、とても印象的な夢を見ました。自分自身が『世界はひとつ』という理想や思想、理を町中で、以下のように熱心に説いていたのです。
「この世界はひとつです。ふたつではありません。たとえば、あなたとわたしはひとつです。二人で一人なのです。ひとつになると、そこに大きなパワーが産まれます。1+1=∞なのです。みんなで一人の人間なのです」
このようなことを熱心に説いていました。また、このような声が町の人々から聞こえてきました(何故か、町中の人々の多くは、生地が麻のようで、色は白色系の服を着ていました)。「きっとアミューを説くんだ。アミューを…」そして、僕自身はこのように思っていたのです。
「種から、いきなり花は咲かないように、何事にも順序や適正時期や場所がある。先ずは、世界はひとつ、を説いていくんだ!」と…。
この夢は、とても躍動感があり「生き生きしている!生きている!」という実感があり、全身全霊が高鳴りました。町中で不特定多数の方々に、何かを伝える、という行為は、シンガーソングライター時代に、横浜駅の路上でライブをしたことがありましたが、それ以来の体験でした(僕は、夢もれっきとした体験であると、捉えている人間です)。
やはり、このような伝導活動というものは、来て立ち止まって、耳を澄ませて、聞いて下さる方もいれば、そのまま素通りされる方や、立ち去っていかれる方々もいるものです。
僕の経験上そこで、大事にしている言葉があります。それが…
「来るもの拒まず、去るもの追わず」
この言葉によって、僕は煩わしく、優先順位の低い、一時の感情のようなものに、支配されなくなり、振り回されなくなります(アフターケアは後で、存分にして良いと、思いますが…)。また、この言葉に隠されているテーマとして
「周りに影響されずに、自分のありのままで、在り続けなさい。自分が自分のままで、立ち続けなさい」
というテーマがあるように、感じて、なりません。
人は時には、強い覚悟と意志を持って「決死の大ジャンプ」をしなければ、ならない時があると、思います。そのような時には、「当たって砕けろ」とか「あとは、野となれ山となれ」のような言葉もあると、思いますが、それ以上の心構えと志が必要であると、僕個人的には、思っております。それは
「天に身を任せる。天に委ねる」
という感覚です。「来るもの拒まず、去るもの追わず」の言葉のテーマの可能性として、ひょっとしたら、あるかも知れません。
翼を大きく広げ
風を友として
ただ身を委ね
風とひとつになる
あの鳥達のように
このようなことが、あるのかも、知れませんね。これは、前から書いている人間に宿る「自然」であり、これを実践していくことは、自然性の回復や復興であり、「自然に還る」ということなのかも知れません。
であるとするならば、
「来るもの拒まず、去るもの追わず」
とは、「天然自然になること」と、言いましても、過言ではないように、僕は、感じるのです。
また、このように一つの事柄を、算出していくことは、自然の営みと同様の活動であり、「自然は加算、減算、乗法、累乗をしている」と、ノヴァーリスは、しばしば言及していました。
また、それが、ロマンであると…。
これからも、このような
僕のロマン活動は、続いていきます。




