【14】Super Sonic
【14】
2017.04.17
一度、書いたことを白紙に戻してから、今、また、綴り初めております。なんでしょう…、白紙に戻すことによって、「無音」や「静寂」といったものを楽しんでいたのかも、知れません。音楽とは、休符を楽しむ芸術であるとも、僕は感じて止まないのです。といいますのも、とある日の朝、突然「SuperSonic」という言葉が脳裏に浮かび、離れて止みませんでした。スーパーソニックとは、「超音速」ということですので、僕は、直感的に、音速を超える、音を超えるものを希求し、求道することによって、何か、人生に有意義なものをもたらしてくれるのではないかと、ふつふつと思案をしておりました。そうしましたら、何故か、ラファエロなどの画家が描く、天上の絵画やその雰囲気が、静止したものというよりも、動的なビジョンとして、優雅な旋律と共に、鮮明に浮かんできたのです。これは、僕にとってみましたら、大切な発見であったと、思います。このような天上の至福のヴィジュアライズをする機会を、改めて神様から与えられたんだ!と、一人、強く感銘しておりました。それと同時に、何故か、想い浮かぶことがありました。「言葉とは、音楽や音であり、音とは、生命の原理や源であり、その働きや営みである」と。これは一つ、僕の中のスーパーソニックとして、焼き付き、刻印された、心や魂の体験であるように、思います。
「名は体をあらわす」ということわざが、ありますが、一人一人や一つ一つの存在には、生命が奏でて、披瀝する、音楽やリズムがあると、僕は、思います。その脈動する音色や声を感じとって、命名しているように、感じるのです。詩人は、その神秘を読みとき、歌い上げることが、つとめなのでしょう。
僕は、そんな中で、この世界の陰の陰から、奥の奥、源の源から、統べている存在やその原因を「アミュー」と名付けることにしたのです。これは、どこかスピノザの『エチカ』の影響を受けているところも、あると思います。僕は、この「アミュー」から吐露されたり、創造されたり、破壊されたり、引き上げられたり、継続されたり、アミューの自然たる働きや悠久を研究し、表現していこうと、している人物なのです。
僕の見解からいきますと、人やこの宇宙万物や神々は、この「アミュー」から全て産まれて、やがて、みんなで「アミュー」に帰還するという、見解を持っております。ですから、「アミュー」には、「世界はひとつ」という意味合いも含まれています。「アミュー」からは、一様生と多様性があり、変幻自在、不可思議光であり、メルヒェン、彩り溢れ、無限に広がっているエネルギーでもあります。
この「アミュー」こそ、僕の中では「SuperSonic」なのです。ですから、「アミュー」は、本当の親のような存在でもあり、僕達は、皆、「アミュー」である、スーパーソニックの働きから産まれた子でもあるように、感じます。やはり、生命はエネルギーであり、音でもあります。人は生きながら、休符を必要としますし、休符の中には、音符が宿っており、死ぬことによって、弛緩され、音符や旋律が奏でられることもあります。
この世界は、たとえば、「スーパーソニック」の世界です。これからも、この音を超えた「アミュー」の世界、「スーパーソニック」の世界の営みを探求し、続けていこうと、思います。




