【11】智慧を愛することについて
【11】
2018.04.14
今日は土曜日ということで、多くのお客様と接し、働かせて頂いておりましたが、ある時ふと、こんな想いが湧いてきました。
「理性や智慧、叡智を愛することによって、愛の聖域を守ることが出来る」
という想いでした。理性を愛することによって、愛の品格を生きて、守り、愛を継続させ、愛の天然性を大切にすることが出来ると、改めて気付いたのです。人にもしも、理性や秩序というものが無ければ、愛に目覚めていない存在達は、野蛮な行いを愛だと、勘違いして捉えて、愛を堕としめてしまう可能性が出てきてしまいます。これは、残念なことです。そのような、発想をもう少し、進展させて頂きますと「愛のなかに、理性や智慧や秩序がある」ということだと、思うのです。理性や秩序を想い浮かべるときに、人は、原初のイデアの骨組みを想起することが、同時に起き、愛の輪郭やディテールや性質を、復興させることが可能となるのでしょう。
これは、求道する人間としては、大事な大事な心の営みだと、僕は思いました。理性や智慧や秩序は、いわば、愛の子供達であり、愛は、それらの産みの親に相当すると、思います。さらに、進展していきますと、愛という営みが親であり、命という営みが子供である、ということです。僕達は、皆、愛から産まれた子です。だからこそ、命には愛が宿っており、命はやがて愛に目覚めて、命という子を創造するほどの力を秘めているのです。
つまり、命である、理性や智慧のなかには、必ず、愛の破片があり、愛を導き出し、愛に還り、愛を復活させる力があるのです。人間に宿る、理性や智慧の力によって、僕達は、本来のあるがままの姿、御命の姿に回帰して、神の御本尊であられる、愛そのものに、なれるのです。しかも、一人一人に宿っている、この愛の形や影響力や役割が、元々違いますから、愛に一人一人が目覚めるときに、持てる個性も最大限に発揮されていき、この百花繚乱の彩り溢れる自然の如く、人も全世界の一人として、役目を発揮していくことが出来ます。一人一人、ひとつひとつが、かけがえのない存在で、誰一人何一つ、欠けても、この宇宙は成り立ちません。もしも、小さな砂利一つを消してしまいましたら、この宇宙は、総崩れ、してしまうことでしょう。
また、太陽でたとえますと、熱やあたたかさが、愛であり胎蔵界、光が智慧や理性、叡智の金剛界に、相当することでしょう。
総じて、理性や智慧とは、混沌としたエネルギーに秩序を与える力を持ち(ヌースは純粋精神や虚空であるプルシャと近似している)、本来の一体性や全体性、マンダラで現される、あるべきポジショニングを想起させ、愛のパワーや総合への完成を導く役目を担っていると、考えられます。理性や智慧とは、愛を復活させる、アイデアであり、あらゆるものを溶かす、万物融解液のようなものなのでしょう。
ソロモン王が『雅歌』などで、理性や叡智、智慧を可憐な乙女や花嫁、花婿にたとえて、希求し、愛していた由縁が、こんな僕にでも、少しばかりかは、分かる気が致します。




