詩の骨格
わたしたちを縛り付ける知覚(身体で感じる全て)を超えて、この世界は広がっている。虫の目をわたしたちは持たず、魚の耳を持たない。しかし、怯え、緩み、そして皆全て死ぬ。一万年生きる木を思う時、その孤独と静寂と、古きものたちの語らいを想像する。月光の下、巌の深く刻まれた陰影との。眠る蜥蜴の幾億年の血統との。東風の生まれた銀嶺の渓谷との。
音の無い声が聞こえるとき、何気なさが語りだす。ひび割れたアスファルトのざらついた肌合いが。日に焼け雨に晒されたトタンの壁の親しみが。橋の下の冷たくなった川岸に佇むようなアオサギの面持ちが。今、全てが時を同じくしている。そして、過ぎていく。果てしなく思える宇宙の暗闇でさえ、彗星は次第に速度を増している。
形の無いわたしたちを、姿の無い何気なさが包んでいる。空気のように密度が薄く、それでいてそれがなくては速やかに立ちいかなくなってしまうもの。平穏。静かな安寧。その均衡が破れるとき、騒めきと揺らぎがわたしたちを襲う。
晒されている声に。満ちている声に。崩壊する体表の見えない壁が、言葉を呼ぶ。流れ出す景色のように。言葉が目から飛び込んでくる。内耳より聞こえない声がする。記憶の香りが記録される。体中が空っぽになったようになり、反響していく。連鎖する声と声が、姿の無い表情を作り出す。詩の骨格は見えない造形で出来ている。