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「ユーリ! 遅かったじゃない」
「イリーナさん、すみません。寝坊してしまって……ガイバーさんが起こしに来てくれなかったら今頃まだ寝ていました」
「昨日も依頼で街を駆け回ってたでしょ? 疲れが祟ったのね。でも、あまり無理はしないで」
「はい、ありがとうございます」
手厚い抱擁で出迎えたイリーナに、ユーリは謝罪をしながら周りに目線を動かした。
多くのハンターがこちらの様子を見ている。
若干視界の右端に映った若いハンター達は、いきなりガイバーが入り口から現れたことに驚愕しつつも、目を輝かせた。
「おい、あれガイバーさんじゃねえか!」
「嘘だろ本人!? もしかしたらと思って寄ってみたけど、まさか本当にいるなんて!」
「くううっ、かっけえ! とんだ幸運だぜ……!」
周囲より一段と気分の高揚した様子の二人組の少年のハンターは、こちらに近付きたくてそわそわしている。
会話の内容からして少年二人は旅のハンターなのだろう。ユーリと歳は近そうであるが、旅をしているということはそれなりの実力もありそうだ。
「ここだと周りが煩いわね……ユーリ、こっちにおいで。ガイバーから話は聞いた? マスターがあなたに会いたいんだって。こっちよ」
騒がしくなる周囲に、イリーナは眉尻を下げながらユーリの手を引く。ここにいては注目を集めっぱなしだと思ったのだろう。人の少ない二階にユーリを連れて行くと、さらにその上の三階を上がっていく。
三階は限られた者しか立ち入りが制限されているようで、下の騒がしさとは一転して静かである。
三階からも一階を見渡すことができるようで、ユーリがそっと覗き込むと、先ほどいた二人組の少年のハンターの一人と目が合ってしまった。
「あのー。大丈夫なんですか? ギルド員でもない私がここまで上がってきてしまって……下にいるハンターの皆さんが興味津々見上げてますけど」
「そんなのいちいち気にしていたら限りがないわよ。ギルドの長であるマスターがユーリに会いたいって望んだんだもの。みんな文句なんて言えっこないわ」
イリーナの言う通りではあるが、文句があると言うよりは二人に挟まれて親しげに話しているユーリが気になっているのだろう。
便利屋ハンターとして民から噂されているといっても、顔はそこまで知れ渡っていないので、ユーリを初めて目にしたであろう殆どのハンターは彼女に対して「あの少女は何者だ?」と疑問を抱いたようだ。
「それよりガイバー、さっきの子たちあんたと話し掛けたかったみたいよ」
「おお?……どれだ?」
ガイバーは一階を見下ろして目を細める。
きっとあの二人組だろう。一番ガイバーの姿を見て感激していたし、話しかけるかかけまいかで口論していたようだから。
イリーナは「さっきの子たち」の特徴をさらりと述べていく。ユーリの思った通り、あの二人組のようだ。
「んー……ああ! あいつらか!」
ガイバーの目がぱっと開く。
どうやら見つけたようで、手をひらひらと振っていた。下からは「うおおおお」と、雄叫びのような歓声があがる。
「ははっ、飛び跳ねてらあ。ちょっくら行ってくる。少ししたら戻るな」
「いってらっしゃい、ガイバーさん」
「あっ、ちょっと!……もう、忙しないわね」
面白そうに階段を降りていったガイバーの姿に、イリーナは呆れた声を漏らしている。
そんなガイバーを見送りながら、ユーリはここに来た理由を思い出してぽつりと呟いた。
「マスターさんは……」
――その時。
「あら、呼んだ? 子猫ちゃん」
ユーリの耳元で、艶のある低声が響き渡った。