8 獅子王の翼
『獅子王の翼』は、王都ステレアの南西、ユーリの借家から十分ほど歩いた商業区の広場の真ん前にどっしりと城を構えている。
商業区は職人の街とも言われており、鍛治職人達などの手に職のある人々が集中的に暮らしていた。国外から訪れた旅人にとっても、品揃え豊富な商業区は非常に頼りになる場所である。
商業区に近づくにつれて、いかにもな旅人の風貌をしたハンターがそこらを彷徨いている。人が多く行き交うその場でも、ガイバーは頭一つ分抜きん出た存在だった。
燃えるような赤髪と、背中の大剣。
ガイバーから漂う雰囲気は、他のハンターとは違って見える。
そんな彼の後ろを歩いているユーリは、不意に周りに疎かった頃の自分を思い出して苦笑しそうになってしまう。
いつかの自分は彼に向かって「よくわからないんですが、ガイバーさんって凄いハンターなんですね! よくわからないですけど! 凄いです!」キャッキャッキャッキャッ。
――と、無邪気にはしゃいでいたあの頃(と言っても三ヵ月前)の自分に頭を抱えた。
(よくわからないけど凄いですね!……って、実際凄い人なんだよねえ。ねえ……)
ハンターランクS級で、数ヶ月に一度は遺跡を発見したり、村を占領した凶暴な魔物の集団を一人で五千斬りしたりするような人が凄くないわけない。
今ならば重々納得している。
そしてそんなガイバーと同じ立場にいるイリーナも同じく目がひん剥くような武勇伝をお持ちだ。
「ユーリ、ちゃんとついて来てるかー?」
「はい、ガイバーさん」
どれだけ有名でも、名高いハンターでも、周りが恐れおののこうとも、近くでお世話になっているユーリにとっては優しいお兄さんであり、恩人であり、剣の師匠であることには変わらない。
……変わらないのだが、王都ステレアで常に羨みや嫉妬など、沢山の感情の矛先を向けられ注目されている人の隣に立つのは気疲れするものだ。
だから普段ユーリは自分から『獅子王の翼』に近寄らない。
イリーナとガイバーも、記憶喪失という特殊な事情を抱えるユーリの負担にならないよう、この三ヵ月間は公共の場での直接的な関わりを避けていた。
しかし本日、ガイバーは『獅子王の翼』を待ち合わせ場所に指定した。話があるのならユーリの借家などを選んでいたのに、少し意外である。
「さあ、着いたぞ」
商業区の広場に到着した。
王都中心にある穏やかで落ち着いた雰囲気が流れる広場とは異なり、騒がしくもあるが清々しいほど活気づいている。
ハンターギルド『獅子王の翼』はもう目の前。周りより何倍も大きい建物には、獅子の頭と翼を模したようなエンブレムが堂々と刻まれていた。
これはギルドマークでもあり『獅子王の翼』に所属する者は身体のどこかにそのマークを入れなければならない。『獅子王の翼』に限らず、他も同様に所属したギルドのマークを印章に掘って押すのだ。
印章には魔力が加えられており、浄化の魔法以外では消えないらしい。
と言っても、ユーリ自身も魔法には無縁なので仕組みはよくわからない。
多くのハンターは『魔法』という特殊な力を保有している。ガイバーや、イリーナもそうだ。
王族、貴族など高位な人間は強力な魔法の力を持って生まれてくるそうだが、五世紀前から身分関係なしに魔法の才ある者が多く生まれていると本に記されてあった。
ギルドマークの印章も魔法の仕組み用いているが、ユーリには別世界だとあまり魔法学に関して深く勉強したことはない。
ユーリは左側の袖がない衣服を着たガイバーを見つめる。ちょうど目に付いた左肩には『獅子王の翼』のギルドマークが見える。
確かイリーナは、右の太股にマークがあったような気がする。かなり前、一緒に暮らしていた際、お風呂上がりにちらりと見えていた。
「……ユーリ、驚くなよ?」
「?」
とことことガイバーの背中を追って進めば、ピタリと止まったガイバーが『獅子王の翼』の入り口の前でごくりと唾を飲み込む。
自分といると注目されてしまうから、ガイバーはそう言ったのだろうか。
ここまで来てさすがに逃げはしない。
ユーリはうんと軽く頷くと、ガイバーはその扉を思いっきり開いた。