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7 ギルドに行きます



 先程まで自分が寝ていたソファの上で膝を折り、ユーリは精一杯に頭を下げた。

 ようやく頭が覚醒したユーリは、ちらりと面をあげて自分の暮らす住まいに乗り込んできた己の剣の師匠を盗み見る。少しだけ伸びた赤髪が顰められた眉をさらりと撫でる。


「はあ……ったく、本当にお前は……頼むからもう少し朝起きる耐性をつけてくれ」


 ため息を吐きながら、ガイバーはユーリの額を指で弾いた。


「はい、すみませんガイバーさん……」

 

 ユーリはがくりと気を落として謝罪する。

 ぶっちゃけるとガイバーはもう何とも思っていないのだが、最近のユーリの私生活は少々ルーズ過ぎるのでしっかりと釘を刺すことにした。


「まず、不用心に鍵を開けたまま寝てるんじゃねえ。というより扉が半開きってどういうことだ。危なすぎんだろ」

「はい……」

「もうちょい危機感を持て。でないと俺が口煩くしないとならねーんだ。すっかり父親だってイリーナにからかわれちまった。俺はまだ二十一だぞ。それにあいつ、俺のこと汗臭いだの汚いだの、最近いちいち突っかかってきやがる。だいたいイリーナは――――」

 

 なぜか後半から日頃のイリーナに対する不満を漏らし始めたガイバーであったが、傍で聞いているユーリからしたら「また痴話喧嘩ですかー」という感じである。

 彼らと出会い数ヶ月経って改めてわかったことだが、イリーナとガイバーはよくお互いの主張で衝突し合っていた。険悪というわけではない、喧嘩するほど仲がいいの方だ。中には夫婦喧嘩と影で茶化す者もいるくらいなのだが、当人達はまるで知らない。


 それと、一応自分の剣の師匠である彼の名誉を尊重して言っておくが、ガイバーは汗臭くもなければ、不潔でもない。むしろ見た目は体格のいい爽やかな好青年である。

 ハンターとしての彼を知る女性達は、よくガイバーに雌の視線を向けているのだが、彼は全く気づいていない。自分の師匠は乙女心というやつをてんで理解していないのだろう。……そのせいで、イリーナの機嫌が左右されているのだとも知らずに。




 ともあれ、約束の時間は大幅に過ぎてしまったが、ガイバーが直々に迎えに来てしまった。

 ユーリは急ぎで支度を始める。


 嫁入り前の娘が男を前に寝間着姿で大胆に肩を出していたというのに、ユーリもガイバーもまるでお構い無しだった。

 貴族の女性であろうと、平民の女性であろうと、年頃の娘にはそれなりの恥じらいがなくてはならないのだが、ユーリは肩ぐらい平気だろうと軽い考えである。ガイバーはガイバーで、彼女を妹のように思っているので下心の欠片も生まれてはこない。

 ある意味、この二人だから何も起こらないと言っていい。それだけこの数ヶ月でユーリは恩人のガイバーを信頼しきっていた。男女関係なく、イリーナもガイバーもユーリの中では特別な位置にいる人達なのだ。


「そういえばガイバーさん、私は一体何の用事で『獅子王の翼』に呼ばれてたんですか?」


 支度を終えたユーリは、その間に大剣の手入れをしていたガイバーに向き直る。

 元々ユーリはイリーナとガイバーの所属ギルド『獅子王の翼』に朝九時に出向く予定であった。


 正直な話、ユーリはあまり『獅子王の翼』には行きたくない。

 ユーリが初めて『獅子王の翼』に訪れた際、両隣りにはイリーナとガイバーがいた。ハンターとして名前が知れ渡っている二人に挟まれるようにして現れたユーリを、その時いたギルド員は逸らすことなく穴があくほど凝視していた。ユーリはそれがトラウマである。居心地が悪すぎて勘弁してくれと心の中でボヤいていた。


 あの(・・)S級ハンターのイリーナとガイバーが、見たこともない女を連れている。

 ハンター達にはそれぞれの実力に見合ったランクが与えられるが、二人は最高ランクのS級であるため、王都に到着したばかりの小汚い格好をしたユーリを珍しがっていたのだろう。


 ユーリはその時思った。

 ――――あ。私、こういうの無理、と。


 人混みというよりは、ギラギラさせたハンター達の視線に居心地の悪さを感じたユーリだったのだが、あの日以来ギルドには近づいていない。

 

 一人なら尚のこと行きたくない。一歩でも踏み入れるとユーリは『獅子王の翼』のハンター達から「あの時の女だ」と一斉に注目を浴びてしまうから。

 髪を切り、毎日お腹いっぱい食事を摂って見違えるようになったユーリだけれど、今でも闘争心むき出しのギラギラハンターは苦手なようだ。


 出来れば待ち合わせ場所も別が良かったが、そこまでわがままを言うつもりはない。



 ギラギラハンターは避けたいが、もちろん、似たような気性を持つガイバーは別枠である。




「ああ…………マスターがユーリに会いたいんだってよ」

「え」

「ほら、前に行ったときはマスター留守だったろ。それっきりお前もギルドに近寄らなかったからな。そもそも俺たちも隠してたからな……」

「あ、あー……そうでしたね。マスターですかあ、そんな凄い人に会っちゃっていいんですか?」

「もう勘づいてて連れてこいって煩くてな。それと……いや、それは向こうに行った時でもいいか」


 何か言いかけたガイバーは、一つ咳払いをして口を噤んだ。ユーリは乗り気ではないものの、ガイバーの後ろをついて『獅子王の翼』を目指した。



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