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6 便利屋ハンターの成り立ち




 最近、王都『ステレア』では、とある新人ハンターがひっそりと噂になって話題に挙げられていた。

 

 『便利屋ハンター』


 なんだそれは、と初めて耳にした者は首を傾げるかもしれないが、三ヵ月前から確実に王都ステレアの間では定着しつつある。

 そのハンターは、何も人々に危害を加える強力な魔物を討伐しているわけでもなければ、ハンターランクを急速に上げて周りにど注目されているわけでもありはしない。


 あくまでもひっそりと、ちまたでじわじわと、それも「知ってます奥さん?」「あらーそうなんですか」ぐらいの会話の中に織り交ぜられるくらいの濃さに出てくるような話題。


『昨日迷子の猫を見つけてもらった』

『ちょっと娘が熱を出して夕方まで店番を任せた』

『腰が悪いので一週間分の食料の買い出しを頼んだ』

『鬼ごっこの人数が足りないから入ってもらった』

『意中のあの子に想いを綴った手紙を自分の代わりに渡してもらった(相手が拒否した場合は依頼人に返します)』


 些細なことにすぎないが、確実に民の信用を獲得しつつある便利屋を名乗るハンター。

 言わずもがな三ヵ月前に闇市からイリーナとガイバーに助け出され、記憶喪失と医療ハンターテヴァ先生の診断を受けた少女のことだ。

 現在少女は『ユーリ』という仮の名を付けてもらい、この王都ステレアでの生活を始めている。


 三ヵ月前、記憶を失ってしまったユーリは、イリーナとガイバーに手を引かれて王都へ足を踏み入れた。

 多くのハンターギルドや、ハンター機関本部が現存する中央大陸最大国家アシュタルトの王都であれば、何かしらの手がかりが入ってくるかもしれないという恩人二人の考えを呑み、ユーリも首を縦にして王都に来たはいいが、めぼしい情報も手がかりすらも大して見つからなかった。


 王都に入ってすぐの頃、ユーリはイリーナの部屋を借りて共に暮らしていた。生活する上での必要な物や金銭はすべて二人が請け負い、ユーリは恩情を募らせながらも、進展のない情報集めに途中からは申し訳ない気持ちが優ってしまっていた。



 イリーナは場所を与えてくれた。

 ガイバーは心身を鍛えてくれた。


 ユーリは始め料理が全くといっていいほどできなかった。それどころか火のつけ方さえも曖昧であり、テヴァからは常識は備わっているという話だったが、いざ生活してみると時折戸惑うことも多かったようだ。

 しかし物覚えは早く、ちょっとイリーナが教えればどんどん吸収するので手はかからず、ユーリ自身もできる限りの努力をした。


 そんな貧相な筋力のままではいけないと、ガイバーは体を鍛えるために剣術をユーリに指南した。

 ガイバーから剣を教えてもらう事実は衝撃なものらしい。三ヵ月前のユーリは親切に教えてくれてありがたい程度の気持ちであったが、日を追うごとにそれがどういうことなのか嫌でも理解した。


 どうやらガイバーは若いハンターの間で剣術に長けている人間として、教えを乞うことを熱望し、憧れの対象であるらしいのだ。


 ガイバーがユーリに剣を教えようと思った理由は二つある。一つはもちろん奴隷としての扱いを受けたであろう日々に弱体化した身体の体力向上のため。もう一つは、剣を扱えるかどうかを確かめるためだ。

 記憶を失っていたとしても、もし剣の心得があるのなら、立ち方から素人とは違ってくる。

 普通の者なら見逃すようなわずかの変化でも、ガイバーの目からして見れば違いが見分けられるのだ。


 剣が扱えた場合、その構えや動きから変わってくる地域特有のものが無意識に出るのではとガイバーは考えた。そうすれば、ユーリの生まれ故郷が絞り込めるかもしれない。

 そしていざユーリと剣を構えた時、すぐさま多少の剣の腕が備わっていることはわかった。


 しかし、謎もまた生まれた。

 ユーリの剣は……交えた剣の太刀筋は、今まで見たこともないものだったからだ。

 ガイバーの剣はあくまでも自分流である。

 比べてユーリは、幾つかの剣術を組み合わせたような違和感のあるものであり、至る仕草から品が感じられた。


 誰かに教わっていたのかもしれない。

 けれど、一体誰から?

 このような剣術を教えるには、本人もそれほどの実力があると言っていい。


 結局わからずじまいだったが、ユーリは剣術の基礎がしっかりしており、鍛えればどんどん強くなっていくだろうとガイバーは確信した。

 それからガイバーは任務のない暇な日など、気が向けばユーリに剣の稽古をすることしたのだった。



 王都ステレア入りをして一ヶ月経った頃、さすがのユーリもお世話になりっぱなしの状況を変えたいと、任せっきりではまずいと行動を起こそうと思い立った。

 一番初めに思いついたのは、ハンターとして依頼を受けてお金を稼ぐこと。

 イリーナとガイバーに少しずつでも自分のために使わせてしまった費用を返したい。そしてハンターとして依頼を受けて多くの人間と関わっていけば情報も取り入れられ、記憶にも影響が起こる可能性もあるのではとユーリは考えた。


 自分の意思を伝えると、イリーナとガイバーは渋い表情で困っていたが、難易度の高い任務を受けるわけではないと言って説得した。

 ユーリは魔物の討伐や、遺跡の発掘、大陸の調査などといった依頼を受けるためにハンターになろうとしたのではない。あくまでも自分に刺激を与えつつ、ハンター登録をすると与えられる特典目当てにすぎない。

 ハンター登録をすると、あらゆる待遇が付いてくるが、ユーリが欲しかったのは身分証明の代わりになる

ハンター証と、ハンター証の提示でハンター機関本部内の書庫に出入り自由が可能になるということだ。

 ハンター機関本部の書庫は、言わば知識の宝庫。ありとあらゆる世界中の本が取り揃えられ、他の大陸で起こった事件や、情勢などが綴られた新聞が代わる代わる置かれている。ユーリのお目当ては、そこであった。


 ハンターになって大物を狩ろうなどとんでもない。とりあえずユーリはお金を稼げて、情報収集ができればそれで満足だったのだ。



 ユーリのハンターとしての初依頼は、迷子の子猫探しである。依頼と言っていいのかは本人の捉え方次第で随分と変わってくるが。

 王都の中心に造られた広場には、大きな掲示板が建てられており、そこには毎日毎日王都に暮らす人々からのちょっとした頼み事が書かれてある紙が多く貼られていた。

 依頼をお願いしたいけれど、わざわざハンターギルドに通すまでもない。王都に暮らす人々の小さなお願いや、求人情報の類が主の掲示板。それにハンター登録したばかりのユーリは目を付けた。


 これなら、自分にも出来る!

 よく見ると、少々ややこしい依頼も混ざっている掲示板を前にユーリは目を輝かせたものだ。

 ハンターギルドに依頼したはいいが、ハンターからしてみれば簡単すぎる故に誰も受けてはくれず、仕方ないからと広場の掲示板に貼ったという依頼もあり、そういった依頼は報酬も跳ね上がった。


 ユーリは迷わず、広場の掲示板に貼られた王都の人々のお困り事を自分のできる範囲で受けていった。

 その初依頼が、迷子の子猫探しだったのだ。


 そうしているうちに、ユーリの評判は小さいながら広まっていった。


 

 いつしか『便利屋』『何でも屋』『お困り相談屋』などと勝手に周りが言い始めてしまい。


 ――――その結果、王都へ滞在し始めて三ヵ月目には、立派な「便利屋ハンター」として、ユーリは順応していたのだった。



 

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